第246話麗の判断 麻友は麗から目を離せない。

麗は、実に難しいと思う。

麻友からの「奈々子と蘭の生活サポート」申し出は、確かにありがたい。

奈々子にも蘭にも、東京は見知らぬ地。

久我山に近い吉祥寺に、香苗と桃香がいると言っても、彼女たちも料亭の仕事があるので、それほどは期待できない。

その意味で、仕事を通じて面識ができた麻友に面倒を見てもらうのが、手っ取り早い。


しかし、こうも思う。

麻友の家のほうが、香料店の娘だった奈々子よりも、かなり格上。

京都、その中でも京都の女の世界、格付けは「家」で決まる。

いや、判断基準は、「家の格の上下」でしかない。

その意味で、人間として、女性としての実力も実績も、無関係。

そうなると、麻友の申し出は、格上も格上が、下賤の面倒を見ることになる。

そして、そんなことを九条の後継が認めたとなると、京都の女の世界のしきたりも、京都の人間社会のしきたりを壊すことになる。

それも、昨日今日のしきたりではない。

千年以上は続くしきたりであって、その根源には、この九条家も深く関係していることは否めない。


それを思えば、とても「よろしくお願いいたします」など、軽々しく言ってはならないと思う。


麗は、慎重に言葉を選ぶ。

「お申し出には感謝します」

「ただ、それには及びません」

「少し様子を見てから、また考えます」


麗にとっては、奈々子も蘭も不安なことは事実。

しかし、今は養子縁組で、九条家の後継。

奈々子と蘭は、血のつながりもない。

極めて不十分ながら、里子として、預かってもらった縁は認めるけれど。

奈々子に対しては、子供のころから、本音を言ったことはない。

宗雄にあれほどの暴言や暴行をされても、泣いて見ているだけ。

蘭は、小さかったから仕方がないと思ったけれど、蘭のいたずらでも、宗雄に暴行されるのも、日常茶飯事だった。


麗は、結局、考えがまとまらず、そのまま黙ってしまった。


麻友も、それ以上は、言いづらい。

麗の厳しい顔が不安でならない。

「余計なことを、言ったんやろか」

「もしかして、家の格を・・・」

「確かに、家の格を考えれば、あってはならん話や」

「それやから、仕事の一環と言うたんやけど」

「うーん・・・無理筋やろか」

「麗様の言われるように、様子を見るほうが」


少し黙っていた麗が、口を開いた。

「麻友さん、ご心配ありがとう」

「この件につきましては、私から香料店の晃さんに相談をします」

「それからの対応といたします」


麻友は、その答えに、ホッとするような、残念なような思い。

「確かに、兄が妹の面倒を見るほうが、格上とか格下の話にならん」

「晃さんには、隆さんに加えて、また気苦労が増えるけど」

「それでも、京のしきたりの中や、後ろ指はさされん」

「ただ、これで麗様と、お話をする機会が減る」

「葵に取られるかなあ・・・何か、考えんと・・・」


麗は、麻友の顔を見て、話題を変えた。

「高輪の新居とのことですが」


その変化に、麻友の顔が明るくなる。

「はい!すべて、対応します」

「と、申しましょうか、全て今日中に、久我山のアパートの荷物は搬入済みです」

「住所変更とか、その手続きも、こちらで」


麗の顔が、少しやわらかくなった。

「本当に何から何まで」


麻友は、その麗のやわらかな顔に、また胸の動悸が高まる。

「うん・・・この人・・・信じられる・・・」

「私も、もっと信じさせたい」

麻友の目は、麗に引きつけられて離せない。

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