第247話考え込む麗 

麻友がお屋敷を出た後、麗は自分の部屋に戻った。

香料店の晃に、すぐにでも連絡をするべき、と思うけれど、その話し方、表現には慎重さが求められると思う。

「何しろ、隆さんのことで、笑顔になったばかり」

「それなのに、今また、難儀の種を」

「晃さんとて、何をどうしていいのか、わからないだろう」

「奈々子の病状とて、実際はよくわからない」

「不動産の麻友が、そう言ってきたところで、麻友は医者ではない」

「まずは専門である医師の診断、それをさせないと、晃さんも動きづらい」


麗は奈々子の性格を思う。

「自分から進んで医者に行くなんて、ありえない」

「そんな積極的な性格ではない」

「自分の身を引けるだけ引いて、事なかれ主義で誤魔化していただけだ」

「それも、奈々子自身のための、事なかれ主義だ」

「そんな奈々子が、ましてや、うつ病の診断を受けるために、見知らぬ東京の地で病院なんて行くわけがない」


蘭にも、とても任せられないことは、わかっている。

「ド田舎の高校から、いきなり大都会の高校への転校」

「それでなくても神経を使うのに、うつ病の母の面倒なんて・・・」


唯一、頼れるのは吉祥寺の香苗。

「香苗さんなら、面倒は少し見てくれる」

「しかし、日常の料亭の仕事があって、急場に対応は難しい」

「それでも、久我山と吉祥寺の距離が近いのが、唯一安心か」



麗が、そんな様子で考えこんでいると、部屋のドアにノック音。

「麗ちゃん、うちや」との声、茜だった。


麗がドアを開けると、茜が入ってきて、ベッドに座る。

茜は、心配そうな顔。

「なあ、麗ちゃん、何かあったん?」

「長いこと。麻友さんと話し合っとったけど」

「困ったことがあれば、相談して」

「姉と弟や、遠慮せんと」

「母さんも大旦那も心配しとる」


麗は、そこまで言われても、「奈々子の病気の懸念」を言うのをためらう。

「うーん・・・まだ、何とも」

と、歯切れが悪い。


里子として面倒を見てもらった奈々子に対して、何らかの対応はするべきとは思うけれど、この九条本家として動くべきなのか、それは結論が難しい。

それより先に、香料店の晃に相談してから、と思う。

ただ、晃も典型的な京都人。

自分からは、率先しては、まず動かない。

いつでも誰かの意見を聞いたり、世間の評判を気にしたり、結論はいつまでも先延ばしにする、それでいて、遅くなった結果の責任は取らない。

麻友には、「晃さんに相談します」と言ったものの、結論が出ないのは、最初からわかっている。


じっと見つめてくる茜の表情も気になる。

ここで、何かを言わないと、話が前に進まないのも事実。

麗は、本当にためらったけれど、「聞いた話」を遠回しに言うことにした。

「一般的に、うつ病との病があるけれど」


茜の表情も難しくなる。

「うん、難しい病気や」

麗は、ゆっくりと話す。

「その診断とか、その後の治療とか、よくわからなくて」

茜は、腕を組んだ。

「それは医者でないと、わからん」

「で、そういう人が知っている人に?」

麗は、素直に頷く。


茜は、麗の腰を強めに抱いた。

「はっきり言わんから・・・もう目星はついた」


麗は、それを言われて苦しい。

「どうしていいのか、わからなくて」


茜は、その麗の背中を撫でる。

「一人で苦しんでどうするんや、皆で、仲間で知恵を絞るしかないやろ」


麗は、うつむいて、その顔を上げられない。

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