第194話麗は展開の早さに驚くばかり

麗は直美と京都風朝粥の朝食を食べ、直美が作った弁当を持った。

アパートの出がけに直美に礼を言う、

「直美さん、ありがとう」

「朝粥が実に美味しかった、それに加えて弁当まで」

「留守中は、身体を休めて」


直美は、顔を輝かせる。

「おやさしいお心遣い、ありがとうございます」

「麗様、本当に美味しそうに食べていただいて」

「私も元気がでます」

「お弁当も心こめて作りました」


麗は、もう一度直美をしっかり抱きしめて、アパートを後にした。

そして、道中、様々思う。

「しかし、満腹だ」

「考えられないほどの食べ過ぎが続いている」

「そもそも弁当を持って学校などに通った経験はない」

「母をやってくれた奈々子は、弁当など一度も作らなかった」

「金を渡しただけ」

「結局、俺はあの家では、単なる居候で、その程度の扱いでしかなかったのか」

「だから、恵理と結に血まみれになるまで痛めつけられても、見ているだけ」

「宗雄も、居候だから、やりたい放題、殴り蹴りたい放題」

「奈々子も、泣いて見ているだけ」


結局、胃が痛くなった麗が、校門を抜けると、九条財団の葵が声をかけてきた。

「麗様、おはようございます!」

「直美さんのお弁当をお持ちですね」

「お昼は、ご一緒しましょう」

お屋敷以上に快活な表情と言葉の連続。


麗は、断りようがなかった。

何しろ、午前中の講義は、英語で葵と同じ教室。

気にするのは、満員の学食で食べるのか、あるいは他の場所で食べるのか程度になる。


葵は、その麗の考えを察したようだ。

「高橋先生にもお声をかけまして、古典文化研究室でとなっております」

「それで、よろしいでしょうか」


麗は、驚いた。

いつの間に、高橋麻央と関係を作ったのか、全く予想がつかない葵の動きである。


葵は、驚く麗に、スッと身体を寄せた。

「高橋先生と、その御両親の先生、日向先生にも、九条財団にご協力をお願いしたのです」

「もともとが、大旦那様との長いお付き合いもございますし」

「新規の講演や書籍出版も、お手伝いをしていただくことに」


麗は、ため息をつくと同時に、書籍出版のことを思い出した。

「そう言えば、高橋麻央は共著とか言っていた」

「あの時点の俺は、京都との関係を知られたくなかった」

「だから、丁寧に学生の身分を理由に、共著の名前入れは、断った」

「しかし・・・その前提が、ほぼ崩れた」

「まあ、大学一年生になりたてとの理由は、まだ使えるけれど」

「いずれにしても、俺も研究の手伝いは、避けられそうにない」


そんなことを考えながら、葵と教室に歩きだした麗のスマホが鳴った。

麗がスマホを見ると、九条家の不動産部専務の娘、麻友からだった。


「はい、麗です、何でしょうか」

麻友は、落ち着いた声。

「麗様、おはようございます、先日は御面会ありがとうございました」

「それで、早速ですが、養子縁組の手続きが九条家弁護士により全て滞りなく済みました」

「つきましては、大学内での学生証変更に必要な資料を持ち、早速上京いたしたいのですが」

麗は、「忙しい」と思いながらも、応じることにした。

「はい、本日は大学構内におります、ご連絡をお願いします」


電話を終えると、葵が頭を深く下げた。

「これで、法的にも九条麗様になられました」

麗は、これにも頷くしかない。


少し黙っていると、葵は恥ずかしそうな顔。

「実は麗様のアパート、もう二軒、もう少ししたら空くそうなんです」

「麗様、そうなりましたら・・・あの・・・私・・・」


麗は、あまりの展開の早さに、驚くばかりになっている。

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