第177話麗の京都観に少しの変化が起きる。

お世話係たちの麗に寄せる好感、茜や五月、大旦那、面会した関係筋の安心感や期待感に関わらず、麗の内心は変わることはない。


「出来るだけ、相手とイザコザを起こさないように発言をしただけだ」

「九条家に戻るしかないことを受け入れた以上は、最低限の対応はする」

「だからと言って、この九条家とか京都に対する感情は、すぐに変わるものではない」

「この俺に対して頭を下げて来るのは、俺が九条家の唯一の男子後継であるからに過ぎない」

「決して、俺が持つ実力ではない、それを考えずに、何の発言も行動も起こすべきではない」

「要するに、評価以上のお世辞を聞いているに過ぎない、ただ、それだけだ」

「とにかく京都人の言うことを、信頼などするべきではない、見ていないところで何をしている、何を言っているのか、わからないのだから」

「俺の両親を殺しておいて、真っ赤な嘘を平然と言う医師を見ればわかることだ」


しかし、麗が内心、そんな状態であっても、京都にいる間は、表面には出さず対応しなければならない。

茜が昼食後、「賀茂斎院跡と平野神社参拝に」と言ってきたので、表情は変えずに、そのまま玄関に出る。

するとお世話係全員で、お見送りをするので、軽く頷く程度の反応を返す。


「ご苦労なことだ、こんな地味な俺に」

と思うけれど、無視をして悲しそうな顔にさせるのも、得策ではない。

「見慣れた品になるかもしれないけれど、土産の一つでも」と、殊勝なことを考えたりもする。

「彼女たちとは、それぞれ最低でも一週間ずつ、顔を寝起きの際に合わせることになる」

だから、下手に機嫌を損ねたくもないと思う。


屋敷を出る時は、立派な黒ベンツ。

乗り込むなり、茜が声をかけてきた。

「麗ちゃん、お疲れさん、ってこれから出かけるんやけど」

麗は、軽く頷く。

「あれで、よかったのかな」


茜は麗の腕を組む。

「まさか、とは思うたけど、正解や」

「ひとまずここで、角は立たん」

「お姉さんたち、大喜びや」


麗は、大喜びの理由がわからない。

「東京に出るのが?どうして?」

京都人は、京都一番主義であって、東京に出るなどは「都落ち」なのではないかと思う。

だから、その大喜びが全く理解できない。


茜は、腕を組む力を強くする。

「うちも同じやけど、出来れば東京に出たい」

「京都やと、どうしても、あちこち気を遣う」

「それが一旦、見知らぬ東京に出れば、その心配がない」

「そのうえ、麗ちゃんと一緒や、そんな幸せはないよ」


麗は、まだ理解が出来ない。

京都の名家出身で、何一つ不自由なく育って、その名家のお嬢様が、何故「東下り」を欲するのか、心の底では馬鹿にして軽蔑する東京に何故出たいのか。

確かに京都は気を遣う社会、一度でも粗相をすると、ほぼ永遠に語り継がれる厳しく陰湿な社会。

しかし、名家のお嬢様には、そもそも大勢のお世話をする人がいるから、それほどの心配も不安もない。

そのお世話をする人の言う通り動いていれば、ほとんど大きな問題は生じない。

それなのに、そんな便利で気楽な生活を捨てて、本心では馬鹿にして軽蔑する「東下り」を欲するのか、理解が出来ないのである。


黙ってしまった麗に茜。

「みんな、好きで、京都に生まれたわけやない」

「生まれてしまったら京都やった、それだけや」

「東京のような、きれいさっぱりの実力社会やない」

「実力がなくても、あるように見せなあかん」

「実力がないのがわかっていても、実力がある人に、立派に対応せなあかん」

「もちろん、誤魔化しや、実力がないんや、それしか出来ん」

「虚構の社会と世界、それが千年以上続いて来たのが京都や」

「もともと、実の力はなく、実力ある国や人を操って来ただけの京都や」

「でも、つぶすわけにはいかん、無くすにはならんのが京都や」

「日本国中、最近は世界もあるけど、誰がそれを望む?」


麗は、ようやく答えた。

「京都も辛い、だから、一度は出て見たいのかな」


頑なな麗の京都観に、少しの変化が生じた瞬間だった。

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