第165話面会開始

翌日になった。

朝食は中華風のコクのある朝粥、これも麗に少しでも滋養を与えるための工夫らしい。

麗も何とか、出された量を食べ終え、周囲を安心させる。


その朝粥を食べながら、茜が今日の面会相手を説明する。

「午前が、銀行の頭取さん」

「午後が学園の理事たちと学園長さん」

大旦那は黙って頷く。

五月は麗に声をかける。

「麗ちゃんの顔見せや、心配いらん」

「特に話すこともないやろけど、話してもかまわん、麗ちゃんなら安心や」

麗は、「ただ顔を見せるだけ」と思うので、軽く頷くのみ、表情に変化はない。


その打ち合わせの通り、まず、午前に銀行の頭取の面会となった。

そして、茜が言った通りに、妙齢の娘もついて来る。


銀行の頭取は、いかにも丁寧な態度。

「いや、麗様、今後とも、よろしくお願いいたします」

「私たちの銀行が麗様を全力をあげてバックアップいたしますので」

「様々な事業展開に、どうぞご相談ください」


大旦那も深く頷くので、麗も返事をしなければならない。

「ありがとうございます」

「この歴史と伝統のある京都の更なる充実、京都を訪れる人の幸せ、京都に住む人の幸せのために、出来る限りの力を尽くしたいと思います」

麗の答えに、大旦那をはじめ、周囲が感心するけれど、麗自身は真面目な顔を一切崩さない。


銀行の頭取は、連れて来た妙齢の娘を紹介。

「私の娘、直美と申します」

紹介された直美は、顔を赤くして、麗を見る。

「初めまして、直美と申します、今後どうぞ、ごひいきに」

その直美に麗は、あっさりとした態度。

「普段は東京住まいなので、また、もしお逢いするような機会があるならば、お声をおかけください」

全く、何の表情も変えない。


そんな状態で午前の面会が終わった。

大旦那は満足している。

「麗らしい、よく考えた返事や」

五月は直美を心配する。

「少し直美さんが可哀想やった、肩を落としていたし」

茜は安心した。

「これで関係者にも、簡単には落とせないが伝わる」


昼食は、京都丹後風のばら寿司。

焼きさばのそぼろを使い、他に錦糸卵、しいたけ、かまぼこなどの具材を使っている。

ちらし寿司は酢飯の上に具材を散らすけれど、ばら寿司は、酢飯と具材をご飯に混ぜて作ってある。

これも麗の口に問題が無かったようで、一食分を遅いながらも食べ終えている。


午後の面会は、大旦那が経営者である学園の理事たちと学園長、そして今度も妙齢の娘がついて来る。


学園を代表して学園長が麗に挨拶。

「今は都内の大学に進まれたとか」

「いずれは、その経験を活かされまして、本学のためにもお力をいただきたく」

麗は、慎重な対応。

「まだ進学して一月なのです。諸学を学びだした段階」

「まずは、自分自身の修養に尽くしたいと思っております」

「全ては、それに尽きるかと」


学園長は麗の顔をしっかりと見る。

「紫式部顕彰会の日向先生、それから高橋先生からも、お話を伺っております」

「さすが九条家様、素晴らしい学識と、その文章表現力には魅了されるとか」

「その話を伺いまして、本学の源氏講師陣も興味を持ちまして」


麗は、その返事に苦しむ。

「仕組まれたか・・・何でもかんでも源氏か・・・」

「大学に入って一月、何故、また源氏を特定される」と思うけれど、そのまま口には出せない。


そして、ここでも無難な答えを選択する。

「そうですね、またの機会がありましたら」

つまり、麗としては「京都風の、ほぼ拒絶」の意味を込めて、冷淡に答える。


その麗の冷淡な答えと表情を、連れて来られた妙齢の娘が面白そうに見つめている。


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