第164話麗は「湯女」に慎重な態度を貫く 高橋麻央の思い

昨日の夜に一悶着があった麗に対する湯女は今夜はない。

それは麗が、鷹司執事の失脚により執事に昇格した三条に、「湯女はお断りの意向」を伝えたため。

麗に近寄ることを狙っていた、それなりの年齢の女性使用人たちは、落胆もあるけれど「望まれない」以上は仕方がない。

そして「麗様は簡単には落とせない」との思いを抱かせることにいたっている。


それでも慎重な麗は、脱衣場の入り口にも、風呂場の入り口にも鍵をかけて、風呂に入る。

その上、万が一の「合鍵を使って入る湯女」を懸念し、「お断りを無視して湯女として入った女性」は、「今後の処遇を考えさせていただく」との意向も、抜かりなく伝えてある。


「少しやり過ぎたか」

麗は、安心して湯船につかるけれど、今までの九条家の伝統などを思うと、やり過ぎとも思う。

「しかし、何より安全が第一だ」

「女でトラブルは起こしたくはない」

「そもそも好きではない女と不用意な関係を持ち、後で問題になるなど、実に時間と神経の無駄になる」

「場合によっては、かなりな額の金の無駄になる」

「それが社会的地位の高い人は、その地位まで失うケースも多々ある」

「ならば、危険な行為は慎む、出来る限り寄せ付けないのが当たり前ではないか」


麗は、九条家伝統という「湯女サービス」そのものが好きではない。

「平安期からの伝統と言っても、召人などの時代ではない」

「一夫多妻の時代は、そんなサービスをして、布や高価な物をせしめて金や米に換える」

「うまくいけば、子供の就職の世話とか、それも期待する」

「愛情目当てではない、実態は性を売り物にして、対価を得る仕事に過ぎない」


「そんなことより」

麗は、もっと別に時間を費やしたいことがある。

「京都から離れて、都内で自由に動いて、好きな古代ローマとか西洋史の勉強をしたい」

「命を救ってもらった山本さんにもお礼をしたい」

「古書店の山本店主が紹介してくれる西洋史の佐藤先生にも逢いたい」

「都内であれば、外国の絵画などを展示する美術展にしろ、京都よりは先に展示がある」


そこまで思って佐保のことを思い出した。

「そういえば都内の香料店の取材の話があった」

「晃叔父に紹介させないと困るかな」

「簡単なのは、鎌倉の瞳さんの店か」

「しかし、小さ過ぎるかも」

「やはり紹介してもらうとなると、銀座かな」

「しかし、銀座は派手過ぎる、地味な俺には似合わない場所だ」

と、なかなか決まらない。



さて、麗が、そんな慎重な風呂、考えごとをしている時間。高橋麻央は三井芳香の母から連絡を受けていた。


三井芳香の母。

「残念ながら大学を中退することになりました」

「このまま東京にいますと、何をしでかすか、心配でなりません」

「本人もそれは不安なようで、栃木の実家で暮らさせます」

「いろいろとご心配をおかけして、申し訳ありません」


高橋麻央は、事務的な対応を貫いた。

「そうですか、こちらとしても残念ですが、本人が納得していれば、いたし方ありません」


三井芳香の母との話を終え、高橋麻央は安堵する。

「あとは、麗君を待つばかり」

「心配なく麗君を助手に誘える」

「麗君も今度は共同著者を嫌がらないかもしれない」

「絶対に離したくない、私の学者としての将来に欠かせない」


そして麗との房事を思い出し、顔が赤らむ。

「ほんと、いい感じだった」

「思い出すと、身体が今でも火照るし、眠れなくなる」

「年がもう少し近ければ・・・召人くらいにはなれたかなあ」

「うーん・・・佐保でも離れ過ぎかな、」

「でも、召人と割り切れば、あまり年齢差も身分も関係ないかな」

「うん、麗君の本妻をヤキモキさせる召人も面白いかも」


高橋麻央は、麗を思うあまり、「悪女も面白い」とまで、考え始めている。


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