第148話麗のシンプルなメッセージに蘭は苦しむ。九条家の風呂場で麗は驚く。

麗から蘭に届いたメッセージは、実にシンプルなもの。

「九条家との面会が終わった、九条家の養子になる」


蘭は腹が立った。

「事実だけ!何も感情がない!」

「お別れの言葉もくれないの?」


腹が立つし、悔しくて涙も出てくる。

「今まで、ずっと長い間一緒に暮らしたんだよ?」

「それを結果の一言二言で済ませるってことなの?」

「もーーー!やだ!」

「麗兄ちゃんにとって、私って、そんな軽い存在なの?」

「九条家に戻って、偉くなったら、ポイ?」

「田舎育ちの田舎娘なの?芋娘ってだけ?」


蘭は、涙が止まらないけれど、麗の声を聞きたい。

「うるさいって怒られても聞きたい」

「ずーっと私が文句を言って、麗兄ちゃんが、うんうんって、言っているだけでもいい」

「何でもいいから・・・聞きたい」


しかし、蘭はどうしても通話のボタンをタップ出来ない。

「もし・・・大旦那と麗兄ちゃんが真面目な話をしていると、邪魔になる」

「ますます、麗兄ちゃんは嫌そうな声になるし」

「それに、麗兄ちゃんは九条家のお屋敷の中にいるんだよ?」

「無理だ・・・手が届かない人だよ」


蘭はスマホを手から離し、机の上に置いた。

そして、その顔には諦めが浮かぶ。

「無理だもん、もう、他人ってことだよね」

「麗兄ちゃんじゃないよね」

「・・・麗様になったんだよね」

「そうだよね、私なんて、声かけたら迷惑だよね」

「だから・・・メッセージも返信しない」

「そうでしょ?私なんかが返信すると、迷惑でしょ?」


「机の上だと、見ちゃうから」

蘭は、スマホをマナーモードにして、引き出しの中に押し込んでしまった。



麗は、京都九条家での夕食を終え風呂に入った。

子供の頃は、入ることがなかった立派な檜の大風呂である。


「まさか。ここの風呂に入るとは・・・」

麗は本当に信じられない。


「夏の暑い時期、冬の寒い時期にしろ」

「あの恵理と結がいる限りは、入れるなんて思いもしなかった」


「は?田舎者の麗なんて、泥水で十分やろ」

「お前みたいな下民が風呂なんぞ、百年早い」

「ゴミ虫はゴミ虫のままで、ええんや」

「汗を落とす?」

「お前なんぞに、きれいな水は使わん」

「水が汚れるやろ?ゴミ虫のために」


恵理と結には、ありとあらゆる暴言や嫌みを言われたことを思い出す。


「しかし、恵理も結も、戻ることもなく」

「ようやく、この家の風呂に入れることになったわけだ」

「生まれて、初めてか」


麗が、そんなことを思っていると、脱衣場に人影が見える。

麗は首を傾げた。

「一体、誰だ」

「大旦那は、俺より先に入り、もう出た」

「もしかして、使用人も、この風呂に入るのか」

「そうなると、俺の子供時代は、使用人以下なのか」


その麗の耳に、若い女性の声が聞こえてきた。

「麗様、お背中をお流ししたいのですが」


麗は、驚いた。

「茜姉さんの声ではない」

「茜姉さん以外に、若い女性が、このお屋敷に?」


麗は、またしても困惑に包まれている。

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