第125話九条様との面会(5)

大旦那は麗に尋ねた。

「どや、宗雄と奈々子に未練はあるか」


麗は、目を閉じた。

たまに帰って来ては、暴言と暴力だけの「父」宗雄。

そして、その宗雄から、自分がどれほど酷い折檻をされようが、ほとんど止めることもせず、部屋の隅で泣いて見ているだけの「母」奈々子。

そもそも血がつながっていなくて、押しつけられただけの「厄介者」の子供だったとしても、いかにも酷過ぎると思う。

自分より体力がない子供を、その場その場の怒りやら気分で、折檻し続け、見ていただけの両親。

しかも、その「父」は既に逮捕、「母」も離婚の意思を決めたとのこと。

そして、18まで暮らした家も、売り払うと言う。

となると、麗に帰る家はない。


麗として、そんな「父」と「母」にも、暮らしてきた家にも何の未練が残せるのか。

何の期待がかけられるのか、実は全くない。


麗は思った。

帰る家がなくなった以上、血がつながっている九条の大旦那との養子縁組が、自然なのかもしれないと。


「未練は・・・ありません」

蘭の泣き顔も浮かんだけれど、こうして血縁関係がなかった以上は、蘭は「他人様」になる。

そんな「他人様」に、何の未練を残すべきか。

それこそ、「他人様」の蘭にも、母だった奈々子にも、「厄介者の」麗からの未練など、迷惑でしかないのではないかと思う。

つまり「未練」など、持つのもおこがましいと思う。


大旦那は深く頷いた。

「そうか」

「それも辛いな」

その頭を下げた。

「申し訳ないな、堪忍や」


今度は麗が大旦那に尋ねた。

「養子縁組とは、よくわかりません」

具体的に、麗自身が何をしていいのか、わからない。


茜が答えた。

「麗ちゃん、全て段取りだけや、弁護士にも役所にも話を通してある」

「心配はいらん」


麗は「はい」と頷く。

と、この時点で拒否は難しいと思う。

これ以上、血縁のない人々と家族の関係を続けることもできないのだから。


大旦那が話題を変えた。

「大学はどうや」


麗は素直に答えた。

「四月から通いまして、少しずつ慣れてきました」

もしや、京都の大学に転入やらが心配になる。


大旦那は笑顔になった。

「源氏の日向先生が、麗をほめておった」

「文や着想、知識が素晴らしいとな」

「そのまま学者にしたいとも」


麗は恥ずかしい。

「いえ、全て大旦那様の教え通りで」


大旦那はまだ笑顔。

「まあ、道長様にしろ、紫式部にしろ、我が家の千年前に深く関わっとる」

「その血が、反応するんや、自然にな」


麗は、ここで確認する必要があると思った。

「養子」となる、九条家の中に入る以上は、この東京の大学にいていいのか、あるいは京都の大学に転入するべきなのか、それは引っ越しを伴うけれど、確認は必要となると思う。


それと、麗には、どうしても、気にかかっていたことがあった。

今まで、誰にも言えず、それが心の苦しみとなり続けて来た「あの事実」を大旦那自らに確認しなければならないと思った。

それでなくても、簡単には面会が難しかった九条家の大旦那が目の前に、しかも自分に逢いに来ている。

この機会を外してはならない、そして誰にも言えなかった秘事ゆえ、本当に一対一で確認をしたいと思った。


麗は、それを思った時点で、茜が同じ部屋にいることが、実に邪魔になっている。

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