第91話茜からの連絡

麻央と佐保は、名残惜しそうに、麗のアパートを去った。

麗は、ようやく一人きりになる。

飲み終えた珈琲カップなどを洗い、ため息をつく。


「本当に疲れた、いい人ばかりなので安心はするけれど」

「小町で瞳さんと美里に逢ったのは、危険だ」

「面倒なことにならないといいけれど」


洗い物を終えれば、すでに夕方。

しかし、食欲はない。


「昨日から今日まで食べ過ぎだ」

「二日で四食も食べてしまった」

「今までの生活から考えれば、量といい、カロリーといい、実に栄養過多だ」

「今日も明日も、水分補給だけで充分だ」


そう思うので、近所のコンビニに食べ物を買いに行く気持ちにはならない。

相変わらず、冷蔵庫には水と珈琲豆のみ。

とにかく、食べる物は、何も無い。


その麗が明日からの講義予定を確認していると、スマホが光った。

スマホを手に取ると、九条家の茜だった。

「麗ちゃん、久しぶりやな、元気?」


麗は、「はい、相変わらずですが」との当たり障りのない応え。

おそらく連休中の九条の大旦那との話と思うので、姿勢は正す。


茜が、少々済まなそうな声に変わった。

「あのな、麗ちゃん、最初は銀座にしようかと思うたんやけどな」

麗は、「はい」とだけ答え、茜の次の言葉を待つ。


茜は声を低くした。

「大旦那が麗ちゃんのアパートにしたいと言い出したんや」


麗は慌てた。

「え・・・狭いです、それに・・・下々のアパートです」

まさか京都、いや日本でも有数の超名家の九条の大旦那が自分のアパートにいる姿など、全く思いつかないし、そもそも失礼に当たるとしか考えられない。


茜は低い声のまま。

「うーん・・・壁に耳あり、障子に目ありと言うやろ?」

「とにかく他人の目を気にしとうないって、ことや」

「そもそも学生のアパートや、下々も何もないやろ」


麗は「はぁ・・・」と答えるしかない。

そして、部屋を見まわして、あまりの殺風景を恥ずかしく思う。


それでも麗は、素直に茜に相談することにした。

「あの・・・準備・・・お茶を買ったり、お菓子を買ったり・・・」

「そういうことを、あの・・・したことがないので」


茜の声が明るく変わった。

「あはは、それ知っとる」

「吉祥寺の桃香ちゃんから情報が入った」

「冷蔵庫に、水と珈琲だけやろ?」

「ガリガリの骨川筋衛門の麗ちゃん」


そして麗を責めた。

「もーーー!何やっとるんや!」

「食事と身体は全ての基本や、教えたやろ?」


麗は、本当に恥ずかしいし、京都人の情報ネットワークを恐ろしいと思う。

何故、俺の冷蔵庫の中身を、京都の九条家の人間が知るのか、恐ろしさを通り越して、疎ましさも感じてきた。


麗が少し黙っていると、茜。

「それは心配しなくていい、麗ちゃんにそれは期待しない」

「大旦那は、麗ちゃんと対面で話をしたい、細かいことはうちが準備するよ」


麗が素直に「助かります」と答えると、茜の声が湿った。

「ようやくや・・・麗ちゃん、いろいろ動き出した」

「早う・・・逢いたい・・・な・・・麗ちゃん・・・」


麗は、茜の泣き声が、全く理解できない、ただスマホを握るだけとなっている。

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