第54話麗は文房具を購入、そしてまた憂鬱に沈む。

麗は、古書店で「古代ローマ帝国歴史大全」を受け取り、文庫本「マルクス・アウレリス自省録」を合わせて購入し、古書店主の見送りを受けて、また神保町界隈を散歩する。


「なかなか有意義な話だった」

「店主が紹介してくれるという学者にも興味がある」

「日本古典文学よりは、ヨーロッパ史のほうが、しがらみがなくて、素直に学べそうだ」

様々なことを思うけれど、大型本を持っていることもあり、神保町界隈を歩くとしても、これ以上の書籍購入はしない。


その麗は、文房具を探そうと思った。


「ノートとか、文房具の店も面白いかもしれない」

「何しろ育ったのは、ド田舎だ」

「しゃれた文房具一つもない」

「舶来の文房具なんて、雲の上だった」

「文房具店に入っても、干からびたような店主と、年食った顔に染みが出来たようなオバサンが、面倒そうに定価販売するだけ」

「それも、一々ジロッと上目遣いで俺の顔を見る」

「吐く息も臭かった、漬物とかせんべいの匂い」

「同じ空気を吸いたくなかった」

「愛想もいらないけれど、あの嫌気がさすような接客は大嫌いだった」

「田舎特有かもしれない、チンケな町工場やら寂れた商店街の固定客ばかりなので、それにアグラをかいて、何の新しい努力もしない」


そんな文句をブツブツ言いながら入ったのは、日本でも有数の大書店の3階の文房具売り場。

麗は、田舎では考えられないような品揃えに、まず満足。


「あの田舎の文房具屋では絶対に置いていないメモパッドが、こんなにある」

「筆記用具も・・・すごいなあ・・・」

「万年筆の種類も多い、ピンからキリまでかなあ」


麗は、いろいろ考えて、まずメモパッドを購入、そして万年筆を試し書きする。

「日本製は、スルスル書ける」

「ドイツ製かなあ、少しペン先に抵抗がある、でも、この方が書きやすい」

「値段も、それ程ではない」

「アメリカ製は、イマイチ、デザインが軽い、気に入らない」

結局、日本製とドイツ製をインクを含めて購入。


ボールペンには見向きもしない。

「俺は、どうもボールペンはペン先がすべり過ぎる感じがして、字が乱雑になる」

「ボールペンのせいではない、俺の書き方なのだと思うけれど」

「書道の筆もそうだった、あまり柔らかい筆は苦手だった」


ただ、書道を思い出したので、麗の顔が、また曇る。


「本当に嫌だった」

「京都に行けば、必ず従兄弟の隆さんと筆を持って何かを書かされた」

「香料店でも、お呼ばれした九条のお屋敷でも、書かされた」

「しかしお御呼ばれしたのに、九条のお屋敷では結さんに馬鹿にされ・・・」

「お前の墨は、ド田舎の泥水かとか・・・座敷で書くな、地下で書けとか」

「それを茜さんが止めて、その茜さんを恵理さんが、蹴飛ばして叱る」

「いつも大騒ぎになって、最後は大旦那が出てきて、恵理さんを追い払う」

「全く、隆さんなんて、何もフォローもなかった」

「俺の両親だって、見ていながら、何も言わない」

「身分違いだからか?だったら九条のお屋敷なんて呼ばれたからって、連れて行くな!」

「ただ、ボーっとして、子供が苛められるのを見ているだけだ」

「それが親か!」


麗は哀しさと寂しさしかない。

「だいたい、そんなことばかり、だから京都は行きたくない」


麗は、そんなことを思っていると、また胃に痛みを感じた。


「京都のせいだ。京都のことを考えるから、痛くなる」

「行かなければいい、関係を持たなければいい」

「東京で暮らす、あんな親なんて顔も見たくない、声も聞きたくない、だから電話もしない」

「家賃と授業料だけ送ってくれればいい」

「田舎には帰らない、守ってくれる人たちではないから」


ただ、妹の蘭を思うと、また辛い。

「蘭は、馬鹿兄って、懐いていた」

「でも、あの親がいる限り、戻りたくない」


古書店で、少しだけ精気が戻った麗は、また憂鬱な顔になっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る