第50話麗は山本由紀子に好感を抱く。

麗が首を傾げていると、山本由紀子はまた笑う。

「何だ、親父が言っていた大学生って麗君だったんだ」

「かなりレア本を頼まれて驚いたって言っていたけれど」


これで麗も事態を理解した。

「というと、あの古本屋の御主人がお父様なのですか?」

「それはそれは・・・」


山本由紀子の顔がパッと明るくなる。

「そういう御縁があるのねえ・・・面白い」


麗は恐縮する。

「でも、親切に探していただいて助かります」

麗にしては、珍しく話が続く。


山本由紀子は、また笑う。

「そうね、麗君は図書館でも、古書店でもお得意様だね」


麗は、山本由紀子に頭を下げた。

あまり、司書に仕事を邪魔してもよろしくないと思った。

「それでは、お父様にお逢いしてまいります」


山本由紀子は。またウィンク。

「私からも連絡しておく、珈琲くらい出せってね、お得意様だもの」

「偏屈な親父だけど、知識は深いよ、他の本も探させてね」

「老人のボケ防止に、ご協力をお願いします」


麗は「はぁ・・・」と、山本由紀子に再び頭を下げ、図書館を出て、神保町に向かう。


さて、京王線に乗り込んだ麗は、運よく座ることが出来た。

これで座ったまま、都営線直通なので、神保町まで座っているだけになる。

そして、ため息をつき、いろいろと考える。


「それにしても、あちこち関係を作らないことを信条としている俺が、実に厄介だ」

「たまたま香苗さんには見つかってしまったし」

「桃香は、彼女・・・?この状態では・・・」

「お嫁さんでも妾でもいいって・・・意味が不明だ」

「結婚していないのに、嫁さんも妾もないだろう」

「高橋麻央は、どうするかなあ、受けないと成績に響くかなあ」

「山本由紀子さんは正解、やわらかいし、あっさりとしていて、頼りになる」

「年は離れているけれど、妙に話が合う」

「いいお姉さんって感じ」

「少なくとも、京都の面倒くさい連中とは違う」

「普通に思ったことを口に出せる」


京都のことを思い出した麗は、連休中の面会を、どうしても考えることになる。

「九条様の大旦那かあ・・・茜さんは高齢者の付き添いかな」

「それにしても、直接対面しての話って何だ?」

「まあ、聞かないと、わからない話ではあるけれど」


京都の母の実家の香料店の従兄の隆の様子も心配になる。

「重篤って言っていたけれど、死んじゃったら葬式かなあ」

「また、京都に行くのかな、嫌だ」

「あちこちにペコペコ頭を下げて、気を使って」

「葬式になっても、欠席は出来ないものだろうか」

「急に風邪を引くとか」


また、不安もある。

「あの家は、隆さんしか子供がいない、後を継ぐ人がいない」

「俺は・・・絶対に嫌だ・・・京都に閉じ込められるなんて、絶対に嫌だ」

「だから。簡単に死んで欲しくない」


麗の頭は、京都を思い出すと、実に堂々巡り。

そして、その顔も、どんどん暗くなる。


「九条様のお屋敷だって・・・」

「あんなことされて・・・」

「あんなひどいことを言われて・・・」

「・・・ほんと・・・何で、あんなことを・・・」


そこまで思い出した時点で、「神保町」のアナウンス。

麗は、ようやく、心を東京千代田区神保町に戻す。


「山本さんだけが救いかな」

麗の口元は、ほんの少しだけ、緩んでいる。

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