第47話麗の事情を香苗は語らない 

吉祥寺の料亭に戻った桃香は、その顔を赤らめて叔母でもある女将香苗に報告をする。

「ありがとうございます。何とか・・・麗ちゃんと・・・」


香苗は、その桃香の顔色に安心する。

「そうか・・・麗ちゃんと、ようやく・・・桃香も幸せや」

「少々無理やりやけど、桃香の気持も抑えられんと思うたし」

「うちとしては、大歓迎や」


そして、香苗の顔が少し沈み、不思議な言葉。

「何とか・・・麗ちゃんも出来ただけでも、上出来や」

「麗ちゃんも、ホッとしとるやろ」


桃香には、香苗の言葉の意味がわからない。

「なあ、香苗さん、それは、どういう意味や?」

「教えてはもらえん?」

桃香も下を向く。

「・・・それが・・・大人の事情なん?」

「それに含まれる?」


香苗は、口を濁したい様子。

「うーん・・・とある事情がなあ・・・」

「言えんなあ・・・」


そして、ますます桃香にはわからない言葉。

「知っとるのは・・・当事者では麗ちゃんと、もう一人」

「もう一人の名前は言えん」

「それ以外では、九条の大旦那、茜様、香料店の晃さんと現当主の隆さん、麗ちゃんのご両親、それから名前を言えないもう一人」


桃香は、必死に頭の中で、実名の出ない人を思い浮かべる。

そして、それさえわかれば、「ある程度の事情」は、考えられるかもしれないと思った。

そう思ったので、香苗に問い詰めることは止めた。


香苗は、その「問い詰め」を止めた桃香の顔を見て、苦しそうな顔。

「桃香も、麗ちゃんと、身体の関係まで進んだんや、知っていてもいいと思うけどな」

「何しろ・・・凄まじいドロドロや・・・口に出したくないんや」


ただ、まだ桃香は、香苗の「出来ただけでも上出来」が気になっている。

「麗ちゃんは、出来ない人だったのか」と思うけれど、自分との時には、しっかりと出来たことは事実。

そもそも、若い男が、「出来なくなる」とか、全く考えられない。

麗は、確かに栄養不足だったけれど、自分とは、しっかり「男女の営み」は出来た。

そして、桃香自身が気が遠くなるほどの、強さと悦楽を感じるほどだったのも、事実。

それを思いだして、桃香は顔が赤くなる。


そんな桃香の心を読んだのか、香苗がまた、不思議なことを言う。

「あのな、麗ちゃんは・・・最初の時に・・・ひどい目にあったらしい」

「それもあるんやろな、それから麗ちゃんは能面」

「言えるのは、そこまでや・・・ほんの一部や」


香苗は、そこまで言うと、口を閉じた。

桃香も、「いづれはわかる」と思い、聞くこともしない。

そのまま、料亭の開店準備に取り掛かる。



麗は、桃香が去った後、しばらく虚脱状態だったけれど、スマホが鳴っていることに気づき、現実世界に戻る。


相手は、神保町の古本屋店主だった。

「お探しの古代ローマ帝国の本、入荷いたしました」

「えーっと・・・お値段は5千円となります」


麗は、その気分がようやく桃香と京都から離れた。

爽快感を持って、古書店主に返事。

「ありがとうございます、今日の授業終了後、早速いただきにまいります」


古書店主は、うれしそうな声。

「お送りしてもと思ったのですが、わざわざ・・・」


麗は、古書店主に再びお礼。

「いえ、ありがとうございます、しかし、また他の本も探したいので」


麗の声に、久々に精気が戻っている。

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