第30話九条家の大旦那は直接面前で麗と話したいと言う。

麗は、晃叔父に「連休頃」と言ったことを思い出した。

それは、休みが続くという理由もあるけれど、本当の理由は「口座の残高」にある。

「京都で逢う場合に、新幹線では金がかかる、往復では辛い」

「ホテルはどうする?母の実家に泊まるとなると、神経を使うし、中途半端なお土産では泊まれない、それでまたお金がかかる」

そんなことを思い出したので、ますますスマホが重い。


ただ、麗の心配は、茜があっさりと打ち消す。

「大旦那と一緒に銀座に出るんや」

「そこでどうやろ」

「もちろん、麗ちゃんの予定通り、連休中にするんやけど」


麗は、実にホッとした。

そうなれば新幹線代も浮くし、多少の東京土産でも持たせるのみと思う。

ただ、はるばる高齢の大旦那が京都から銀座まで出向く、その際に自分の顔を見る、その理由がさっぱりわからない。

「ところで茜さん、僕は何を?」と聞き返すことになる。


すると茜は、声を少し低くする。

「あのな、大旦那がどうしても、話しておきたいことがあるということ」

「京都では、話しづらいということ」

「うちも、実は知っとることやけど・・・」

「麗君は知らん」

「でもな、本当に大切なことや、麗君にとっても、皆にとっても」


麗には、茜の言うことが、全くわからない。

「秘密のこと?そんなことが僕にあるんですか?」

つい、聞き返す。


茜は、そこで少し黙った。

そして間ができた。


麗が戸惑っていると、聞こえて来たのは、九条家の大旦那の声。

「ああ、麗か、なつかしいなあ、わしや」


麗は、いきなり声が聞こえて来た大旦那の声に、驚く。

「はい!麗です!たいへんご無沙汰しております」

まさに緊張している麗となる。


大旦那は、柔らかい声。

「まあ、茜が京都では話しづらいと言うたけどな」

「と言うよりは、麗と直接が一番と思うたんや」

「大事なことは、顔を見て言うもんや」


麗は、まだ緊張が抜けない。

「はあ・・・」程度。

それでも、大旦那の意向に逆らうことは、無理なことはわかっている。

「わかりました、銀座にて待ちます」


大旦那は、実にうれしそうな声に変わった。

「ああ、ありがとさん、わしも楽しみや」

「細かいことは、茜に連絡させる」


直後に、相手が茜に変わった。

「はい、おっとり慎重派の麗ちゃん、よしなにな」

「時間と場所は、新幹線のチケットを取った時点で連絡する」


麗は、もはや銀座で何を話されるか、気にしても無駄と思う。

おっとり慎重派と言われても、今さらしかたがない。

「わかりました」と電話を終えた。



その思いがけない急な展開に、麗は実に疲れた。

神保町で買った「ローマ史論」も「ガリア戦記」を読む気にもならない。

「はぁ・・・」とため息をついて、ベッドのしばらく横になり、悶々とする。


「しかし、どういうこと?」

「茜さんが知っていて、俺が知らない秘密のこと?」

「対面でないと話せない重要なこと?」

「・・・気が重い・・・」

「胃が痛い・・・だから京都は難しい」


麗は、様々に悩み考え、結局夜中の三時まで、まったく寝付けなかった。

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