第24話麗は三井芳香に完全非対応、三井芳香は大恥をかく。

三井芳香は、再び大きな声。

「麗君!どこに行くの?」

その大きな声が周囲を歩く他の学生の耳に入ったようで、立ち止まって見ている人もいる。


麗は、そもそも行き先を、そんな怒り口調で問われることが、よくわからない。

それでも、他人も見ていることであるし、無視することもどうかと思う。

しかし、何を理由に答えなければならないのか、それをまず、逆に聞くことにする。


「えっと・・・先々日、お逢いした・・・三井・・・さんでしたっけ」

この言葉の出し方で、麗が三井芳香の名前も実にうろ覚えなことがよくわかる。


その麗の最初の反応で、三井芳香の顔に朱が走るけれど、麗にとっては、その理由などは知らない。

そして、関係を遮断する場合の麗の言葉は、実にスムーズ。


「どこに行くとか、行かないとか、そもそも、僕が貴方に聞かれる理由も、答える義務もないのでは?」

「僕は貴方の家来でも何でもありません」


三井芳香は、その麗の返し言葉に、ますます顔に朱が入るけれど、麗の言葉が正論なことは、理性では、理解している。

麗は古典研究室の一員になりたいと、自分から申し出たわけではなく、先々日の面談と会食は、高橋麻央に言われるまでもなく、あくまでも「特別参加」として、「お誘い」をしたに過ぎないのだから。


ただ、三井芳香にもメンツもあるし、そんな能面のような顔をして、自分を避け、廊下で会っても顔も見ず、声を三回もかけないと振り向かない麗は、ことごとく憎らしい。

そのうえ、周囲にたくさん学生が歩いている中、しれっとして正論を延べ、またしても自分の前から嫌そうに消えようとする。



三井芳香の耳に、周囲の学生の声も飛び込んできた。

「ああ、あの三井さん?美魔女気取りでね」

「けっこう男子学生とかにコクられてね、思わせぶりして、断るのが趣味みたい」

「うん、何人もいるみたい、大学生ばかりでなくて、院生とかね」

「でもさ、話を聞いていると、一年生の男の子を呼び止めていたけど・・・逆に文句を言われているみたい」

「うん、あの男の子が正論だね、聞く限りは」


そんな周囲の学生に声が耳に入り、ますます三井芳香は焦る。

そして焦りのため、全くその次の言葉が出ない。



麗は、そんな三井芳香に、いつもの能面にて、最終通告。

「じゃあ、用件も何もないようなので」

そのまま、くるっと背中を見せ、スタスタと歩き出してしまった。



呆然として立ち尽くす三井芳香に、また周囲の学生のヒソヒソ声。

「三井芳香・・・完敗」

「下級生を呼びつけて・・・追ってきたのかな、それも恥ずかしいけれど、それで大声出して呼び止めて、逃げられた」

「マジ、みっともない」

「哀れよね、あの女」

「確か源氏の勉強をしているって、有名な先生についているって高飛車だったけどさ、あれじゃあ・・・笑える」


三井芳香は、涙があふれてきて止まらない。

あれほど見つけ出して、ゲットして、振り回して、土下座までさせようと思った麗に、声をかけただけ、あっさりと逃げられ、返す言葉もない。

自信喪失と自己嫌悪、恥ずかしさに支配されるなど、自分にはありえないと思っていたけれど、それが来てしまった。

それも、麗と面と向かって、毎日通う大学の多くの学生の目の前で。


「許せない!あの麗!」

三井芳香は、我慢の限界だった。

理性などはない、涙を流しがら駅の方向に去った麗を走って追いかける。

「どうせ、自宅に帰るだけでしょ?井の頭線で見つかるかもしれない!」

「絶対捕まえてやる!もう許さない!」


しかし、麗が見つかるわけがない。

麗は、別方向、すでに京王線に乗り、神保町を目指しているのだから。

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