第45話 亮の剣

 刹那だった。


 まばたきの時間すら与えず、黒い道化師は勇者パーティの2人を無効化した。




 ロザリーは胸を貫かれて倒れた。


 シーラは錯乱している。




 だが、アッシュは勇者だ。


 勇者とは勇気あるもの代名詞。どんな逆境でも心が折れ、敗北を恐れる事はない。




 「シーラ! 気を強く持て! お前が回復魔法を使用しないとロザリーは死ぬんだぞ!」




 言葉で活を入れられ、シーラは正気を取り戻した。




 「は、はい! すぐに!」




 ロザリーの元に駆け寄り、彼女の傷を確認する。




 「――――ッ!?」




 魔法によって体を貫通した傷。


 その箇所は左胸。


 辛うじて心臓を避けているが……当然ながら、心臓の左右には肺がある。


 その肺に直撃を受け穴が開いていた。


 まるで決壊したダムのように、穴が開いた肺に血液がなだれ込んでいる。


 呼吸器官である肺が液体によって満たされる。それは溺死のような、地獄のような苦しさのはずである。




 「回復魔法をかけながら、肺から血液を除去。細胞の活性化を……」とシーラは診断しながら、その治療の難易度に額に汗を浮かべる。


 しかし――――




 「大丈夫。まだ、戦える」




 意識を取り戻したロザリーは立ち上がった。


 その代名詞である盾を地面に突き刺し、体を支えて強引に立ち上がったのだ。




 「私は勇者の盾だからね!」




 だが――――




 「火球ファイヤーボール




 亮の指先から放出された赤い熱線は彼女の盾を溶解。


 慈悲もなく、真っ二つに切断した。


 支えを失い、ロザリーは転倒。そのまま意識も失い動かなくなる。




 シーラは急ぎ治療を開始するも、亮の姿に驚く。


 亮の周囲には半透明の女性――――赤い髪の女性が、蛇のように四肢を亮の体に巻きつかせているのが見えたからだ。




 「精霊……魔法の源が、あんなにもはっきりと……具現化して見えるなんて!」




 勇者アッシュもシーラの呟きが聞こえ、その脅威を理解した。


 理解したうえで攻撃を開始する。




 相手が放つのは強烈な魔法。




 ならば――――




 「接近戦だ」




 一瞬で間合いを詰めると同時に聖剣を振るう。


 横薙ぎの一撃。


 亮は武器のナイフを縦に構えて受けようとした。


 しかし、出来なかった。




 斬鉄




 勇者の聖剣は鋼鉄なんて溶けたバターのように切断する。


 亮のナイフを切断すると、そのまま肉体へ届かんと――――




 接触の直前に亮の前蹴りが決まった。


 接近したアッシュを蹴り剥がすための前蹴り。


 さらにインパクトの直後、亮は自ら後ろに飛んだ。




 聖剣が空を切る。




 アッシュの奇襲は失敗に終わる。しかし、成果は得た。




 武器破壊成る。




 無手になった亮の戦闘力――――特に接近戦において、脅威度が低下した。


 アッシュが間合いを詰める時に使った前後運動に亮は反応できていなかった。


 ならば、もう一度、接近して聖剣の一撃を放てば勝機――――




 ある。




 だが、そんなアッシュの戦略に対して――――


 亮は、その場にしゃがみ込んだ。




 いや、違う。




 何かを引き抜こうとしている。


 では、何を?


 そこには何もない……はずである。


 しかし、亮の腕には剣の柄(つか)らしき物が握られ、徐々に刀身が地面から……




 生えていた。




 まるで植物のように剣が地面から生えてきたのだ。




 それを見たアッシュは――――


 今日、何度目かの驚愕の表情をみせ――――


 こう呟いた。




 「あれは……魔王が持っていた……魔剣?」




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る