第36話 ウナギのさばき方

 賢者さんは歩いていた。


 ダンジョンを1人……屈辱と口内の血を噛み締めながら……




 すべては順調だった。 あの憎たらしいオーガを戦闘不能まで追い込んだ。


 しかし、洗脳・・されたチートくんを盾にするなんて……


 さらに卑怯にも伏兵を配置していたなんて……




 伏兵を配置していたのは、賢者さんも同じだったはずだ。


 だが、1日で2度も刻まれた敗北感は正常な判断力を奪っていた。




 不意に賢者さんは足を止めて自分の手を見る。


 その両手は震えていた。 まだ脳へのダメージも残っているのだろう。


 しかし、それ以上にこれは物理的なダメージではなく、深層心理に叩き込まれたダメージによるもの。


 恐怖心を払拭するまで暫くの休息は必要。……あるいは一生、冒険者に復帰できない傷を与えられたのかもしれない。


 けれども、賢者さんは、それを――――




 (おもしろいじゃないか。愛は困難が多ければ多いほど燃え上がる)




 そう考えた時だけ、彼女の両手は振るえが止まった。


 もしかしたら、彼女の再起は早いのかもしれない。 




 (それでも、暫くは復讐を諦めなければならない。なら、彼女に頼ってみるとしよう)




 賢者さんが手にしたのは連絡用の札。連絡したい相手を思い浮かべ、念を送ると――――




 「もしもし、私だよ。シーラちゃん元気? 実は頼みたい事があるんだけど……」




 賢者が連絡した相手は妹。名前はシーラと言う。


 かつて、賢者さんが持っていた『宮廷魔術師の3姉妹』の異名。


 その異名通り、賢者さんは3姉妹の長女。


 だが、この時……賢者さんは知らされていなかった。


 実妹であるシーラが最強のSクラス冒険者である勇者アッシュの仲間になっていることを……




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 「腹減った!」




 オーガさんは、そう叫ぶと大の字になって寝転んだ。




 「駄目よ、内臓まで焼き尽くされて良い匂いがしているのに安静にしておかないと」とオークの若奥さん。




 良い匂いなのか? 


 と言うか、内臓を焼き尽くされているはずなのに普段どおりに元気いっぱいなのはどうしてなんだ?


 亮は、どこから突っ込んでいいのかわからなくなっていた。


 とりあえず、現実逃避。 最初に受けた依頼を遂行するためにまな板の前に立った。


 最初の依頼――――




 つまり、オークの旦那さまの性欲を増加するような食べ物を作ってほしいという依頼の事だ。




 亮は冷蔵庫からウナギを取り出す。


 活きたままの状態で約30分間冷蔵庫に入れていたウナギだ。


 あまり知られていないがウナギの血や粘膜には毒がある。


 ……まぁ、手に傷とかなければ気にしなくてもいいほどの毒だ。


 亮は突然、武器を装備した。


 手にした武器は――――刺突専用の武器。 


 錐のような形状で、鎧通し――――敵の鎧の隙間を狙う対人武器だ。


 本来なら千枚通し(たこ焼き屋さんがたこ焼きをひっくり返す時のアレだ)を使うのだが……


 どうやら、この世界には千枚通しが存在していないらしい。そのための代用品だ。




 目的は無論、ウナギをさばくためだ。




 亮はまな板の上、ウナギの頭部付近にあるヒレに鎧通しを突き刺した。


 鎧通しでウナギを押さえつけ、ヒレの左側に包丁を入れる。


 やがて骨に当たる感触。中骨だ。


 ここから刃を左側に向けてゆっくりと進む。 


 スーパーで売ってるウナギの蒲焼を想像してもらいたい。


 アレみたいにウナギの胴体をパッカリと開くのが目的だ。気をつけないと……うっかり、真っ二つにしてしまう。


 少しづつ、刃を引いては戻して……




 「よし!」




 ウナギを開く。次は肝と中骨の切除だ。


 肝は手で取り除く事ができる。……できない部分は包丁で切断だ!


 問題は中骨。最初の切り口となった部分から中骨を切断。 中骨を持ち上げるように隙間と作ると、包丁を下に潜り込ませ中骨を切り取っていく。




 血合いと言われる部分がある。魚で赤黒くなっている肉の事だ。


 ウナギにもあり、それを取り除いていく。


 そして頭部を切断。 「南無阿弥陀仏」と唱えて切り落とした。


 それから身を水で清めて……


 ひとまずは完成だ。




 「へぇ~ 人間の調理法ですか」




 ヌルリと覗き込んできたのはエルフ……ではなかったハーフオークの旦那さんだ。




 「脅かさないでくださいよ。危ないですよ」


 「それはすいません。つい珍しくて」


 「いえいえ、事前に声をかけてくれれば、見学してくださっても大丈夫ですよ」


 「それではお言葉に甘え……しかし、慣れたものですね。普段から?」


 「……えぇ、普段から鳥や猪を捌いていれば慣れますよ」




 もうすっかり、亮は動物を捌くのに慣れてしまっていた。




 さて――――




 ここから調理が始まる!






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