第22話 外来種の敗走

その炎は、まるで閃光。


 刹那の時間も許さず、亮がいた場所を真紅に染め抜いた。


 亮は死んだ。


 そこにいたゴブリンの誰もがそう思った。


 しかし、彼は生きていた。


 反射的に炎にかざした腕が、不可視の盾のように火炎を遮っていた。


 何が起きたのか? それは本人である亮すらもわからない。




 「こ、これは一体?」




 動揺する亮の側面。薄っすらと半透明の女性が現れた。


 「え? 幽霊?」と思わず口走った亮に対して女性は――――




 『誰が幽霊ですか!』




 死者とは思えない粋の良さ。そして、亮は声で、女性の正体がわかった。




 「魔道書の精霊……さん?」


 『えぇ、その通りです。私が授けた魔法がありながら、こんな火遊び程度の熱量に負けるなんて情けない』




 精霊はため息混じりに言った。 どうやら、本気で言ってるみたいだ。




 「いやいや、火球ファイアボールじゃ、勝負になりませんよ。初級魔法でしょ? あれは?」


 『面白い事を言いますね。では、どうして、この火炎を防げているのですか?』


 「それは、貴方が力を貸してくれてるとか?」




 『いいえ。違います!』と精霊はニンマリと笑った。




 『これこそ、火球の力。 その真骨頂は攻撃にあらずなのです!』


 「攻撃魔法じゃない?」


 『はい、そうです。火球の本質は火を操る力。さぁ、想像しなさい。自身に向う炎をまた――――火球であると!』




 イメージする。 ―――ーイマジン


 そして、インターセプト




 俺の周りの炎は全て俺の所有物だと――――




 横にいたはずの精霊は、亮の腕に自身の腕をそっと重ねると、溶け込むように亮の体内へ。


 そして姿を完全に消した。




 「火球ファイアボール




 それは小さな呟き。だが、ゴブリンも、外来種と言われる敵もはっきりと亮の声は聞こえた。


 炎の燃料として周囲の酸素は失われ、空気の振動である声は他者に届かないはずなのに――――




 最初に異変に気がついたのは炎は吐き続ける外来種だ。


 自身の炎は防ぐのはいい。 そういう人間を相手に何度も戦っている。


 しかし、これは違う。


 まるで、要求するが如く、炎は吐き出されている。


 やがて、体内に貯めていた燃料が尽き、炎が途切れる。


 強化と共に狂い落ち、言葉を捨てた外来種であったが、この時の彼の言葉を代わりに言うとすれば――――




 (何が起きた? 炎が奪われた……のか?) 




 木でできた門の上。


 そこに立つ人間の頭上。太陽のような球体が浮かんでいる。


 離れていて感じる危うい熱量。 




 (……まずい、あれを受けるのはまずい!)




 外来種の選択は撤退の二文字。


 しかし、その動作よりもは早く――――




 「火球ファイヤボール




 再び人間が唱えたソレは、人間の頭上に浮かぶ太陽と同調して――――




 外来種に直撃した。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 「やった……のか?」




 誰かが言った。


 炎に包まれた外来種。 今もまだ、その炎は消えていない。


 仰向けに倒れた外来種は燃え続けている。




 「いや、動くぞ!」




 ゴブリンの誰かが叫んだ。その直後、外来種は立ち上がる。


 無論、炎に包まれたままだ。 辛うじて敵意を秘めた瞳だけが判別できる。


 そう思った直後――――




 外来種の口から咆哮が発せられる。




 凶悪の空気の振動は、彼に纏わりつく炎すら消化してみせた。




 「あ、あれでも倒せない……のか」




 全身を焼かれ、それでも動き続ける敵。 魔物であるゴブリンたちですらその姿に戦慄を覚える。


 だが、亮は、その変化に気づいた。




 「黒い靄もやが消えている?」




 確かに、外来種を覆っていた黒い靄が消えていた。


 いや、よく見れば、外来種の体内を薄く覆い、体内へ入り込んでいっているのは分かる。




 「あれが、あの靄もやが外来種を回復させている?」




 その言葉に隣のゴブリンAが反応した。




 「ならば、今がチャンスです。追い討ちを!」




 その言葉にゴブリンたちは弓矢の弦を絞る。




 「放て!」の号令に従い、一斉に矢が降り注いでいく。


 まるでシャワーを浴びるように矢を受けていた外来種が、今度は怯んだ。




 「やはり、回復能力と防御力が低下している」




 さらに追い討ちを狙うゴブリンたち。


 しかし、降り注ぐ矢を前に、恥も外聞もなく外来種は背中を見せ、全力疾走を開始した。




 後に残ったのは、今も燃える僅かな火種と大量の矢だけだった。




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