病室

どこへ行こうか

真白い天井を見上げながら思う

遮蔽カーテンの向こう側

こんなん着けてたんじゃトイレにもいけん

付き添いの妻に愚痴る声がする

着けてても行かれますよ

紙くずを放るように妻が言う

天井ボードの穴が

仕方も無しに

僕を見ている

無機質な観察

海がみたいな


ここを出たら

江ノ島にでも行こうか

息を切らし

だらだらと汗を流して

石段の昇降に

音をあげる膝を叱咤して

蝋燭を下げて洞窟をまわったら

海鮮丼を食べ

羊羹を買って

もし時間が余ったら

水族館まで歩いてみようか

長い橋の上で

時折足を休め

夏らしい夏を

身体中に感じながら


   ★


君が話をしている

柔らかな朝の微笑と

窓辺の花の寂しさを添えて

僕には

君の声が聞こえていなくて

唇の動きを読み取ろともするのだけれど

その速さには追いつけなくて

当たり障りのない相槌を

その場しのぎで口にしたら

君は病葉を踏むように悲しそうな顔をした

体に残った薬の副作用で見た

夢の話


    ★


台風の残滓が去った後

病室を抜け出し

裏山の道を進んだ

所有者から見放された

荒れた雑木の坂を下りると

青田一面が白くぼやけ

風景が揺蕩っていた

これほどまで晴れた午後に

霧がでている

如何なる気象条件なのか解らないが

一瞬

自分が泣いているのかと

思った

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