確かめに行こう(仮)
白夏緑自
第1話 夏の前の雨音に
雨だ。
それもけっこうの雨。
ザザ降り。どんぶりをひっくり返したような雨とはまさにこのこと。バス停の屋根に落ちてくる雨粒がくぐもった鉄琴楽器みたいな音を奏でる。決して、いい音とは言えない。暴力的過ぎて。耳を傾ければ、小さな雑音がジャブで他の音をシャットダウン。心地よくはない。どんぐり共和国に鎮座するアイツも、さすがに森の奥で引きこもるぐらいに。
いやあ、参る。
雨が降るとバスを使わざるを得ない。
普段は自転車通学だから、定期も持っていない。乗るたびに払わなくちゃいけない乗車賃。片道二四〇円。往復四八〇円。小遣い制のしがない学生である僕にとっては、そこそこ痛い出費。だから、できれば乗りたくないのが実情。
「あんたもバスなんだ」
「雨だからね」
そんなに仲のいい訳でもないやつと一緒になるし。
「カッパでも着ればいいじゃん」
「……」
「なんで黙るのよ」
寓の音も出なかったからです。
合羽着たら自転車で走れるじゃん。
「次雨降ったらそうするかな」
「そうしたら私一人じゃん」
校門から坂をくだった所にあるこのバス停。公共交通機関としては、二つあるうちの最寄りの一つにあたるのだけれど、バスを待っているのは僕と彼女しかいない。部活動も終わる、完全下校時間だと言うのに。誰もバスを待っていないのだ。おしゃべりの声もないから、余計に雨音が響く。
彼女の声が透き通った氷みたいなおかげで雨に負けず聞き取れている。
「バス、遅いね」
「一本逃したからね」
辺鄙な田舎街の、さらに外れにある学校だ。ましてや時刻は一九時を回って、二〇時を向かえようとしている。僕らを迎えに来るバスの本数は当然少なくなる。採算が取れないから。
「練習が長引いちゃったから仕方ないけど」
彼女が例によって氷じみた声で、熱っぽく吐いた。
僕はその横顔を見られなかった。
「吹奏楽?」
その代わり、答えのわかりきった質問をする。そうだよ、と彼女も返してくれる。
「コンクールが近いんだっけ」
「それもあるし、ほら、応援とか」
ローファーが地面を擦り、彼女のつま先は反対側を向いた。
その方角に野球部専用のグラウンドがある。毎年、野球部の夏の大会の応援に、彼女たち吹奏楽部が駆り出される。弱い学校ならまだしも、我が校は強豪校だ。応援にも熱が入っている。全校をあげて応援に駆け付け……なんてことはしないが、まあ、友達がいたら賑やかしに行くかぐらいにはなる。──友達がいない野球部員とかそうそういないので、なんやかんや大勢やってくることにはなるのだけれど。
それとこれと、バスを逃した話は別だ。
本数が少ないのはわかりきっている事実なのだから、間に合うように練習を切り上げてくれてもいいと思う。
「本気だから、しょうがないよ」
「僕は違うけど」
皆か、自分も含めてか。彼女はきっと後者だ。目標や目的のためになら、己に多少の不利益がかかっても、それを遂行させようとするタイプ。
熱くなって、他が見えなくなって、それで何か面倒が起きても、きっとそのことを後悔したりしない。
「あんたって何部だっけ?」
「民族遊戯部」
「博打部じゃなかったっけ?」
「そんな名前で部活申請通ると思う?」
「やってることはそうでしょ?」
その通りです。
「ちゃんと部名通りのこともするよ?カルタとか」
「他は?」
「……百人一首とか、坊主捲りとか……かな」
「要はカルタじゃん」
「見回りとか生徒会の監査さえ乗り切ればいいから、わかりやすいほうがいいんだよ。
だいたい部活動強制加入っていう校則がおかしい」
「なんでウチのガッコ受けたのよ……って、あんたはヤンキー校に入るタマでもないか」
「本当だよ……」
ここらが田舎の象徴。地元を出ない限り、地元中学生はそこそこ勉強しないと入れない学校か、タバコとペンキの匂いが充満したトイレしかない学校への入学を余儀なくされる。中卒で働く選択肢もなくはないけれど。僕は第三の選択肢を取れるほど肝が据わっておらず、煙草ともまだ無縁でいたかったから、この高校に入学した。かなり無理はしたけれど。おかげで今は落ちこぼれ。底辺に寝そべって、クラスの中心を眺めている。
こんなんだから人って優しいんだなと改めて感じることも多い。地面に唾を吐きつける人もいれば、そうじゃない人もいる。と言うか、そうじゃない方が多い。
おかげで僕は今もこうやって学校に来れる。
「バス来たみたい」
雨音にエンジン音をミックスさせて、面倒くさそうに僕らを乗せにやってきた。これが最終便。
「ああ、けど、向こうも向こうで強い部活があって──」
こうやって話題が尽きないおかげで僕はまた、学校から一人にならず帰ることができる。
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