創作夏祭り企画
辰
第1話
ここは私鉄単線がかろうじて一日何回か止まる駅にある村である。しかし都市部からは何本か長距離バスがでている。そして村祭が開催されると臨時バスまででる。
村祭は三日間開催される。最終日には大会が開催される。ここを目当てにここ何年観光客がSNSの影響で急増された。それが
ベビーカステラ投げキャッチ大会
参加者は前日までにベビーカステラを屋台で購入してその袋を大会委員に提出することを義務づけている。それが参加表明である。観光客も多くなったが参加者も多くなってきた。この大会で優勝したところで高い賞金や名誉を得られるわけではない。それでも小さな村にしては一大イベントにまで成長してしまった。
この競技のルールを説明しよう。
ベビーカステラをどこまで高く垂直に放り投げてそれを口でキャッチして二回以上咀嚼して飲み込めばいいというシンプルなルールだ。直径一メートルの競技円から足を出してはいけない。ただし飲み込んだ後ならセーフである。顔でのバウンドは一回のみセーフとみなす。髪の毛に触れればアウト、首より下の体に当たればアウトである。噛まずに飲んでしまったらアウト(そのために咀嚼アピールが必要である)高さ計測は競技横に設置された板が二十センチ間隔で色分けされて立っている。今はドローンも稼働されてより厳密な計測がされている。人力で投げるということ以外に投げ方については問わない。あくまで放られた高さを計測するものであるため低身長の者は不利とされているが今のところ改正予定なし(検討余地あり)
また予選が行われ上位五名のみが決勝戦に臨むことができる。決勝において同高さになった場合はサドンデスとする。
予選に於いては大会が用意した競技用ベビーカステラを使用してもらうが、決勝戦では各自のベビーカステラを用意してもよい(予選で使われている競技用をそのまま使用してもよい)ベビーカステラの規格に準じたものであればいい。小麦粉、卵、砂糖を基本ベースになっていればよい。ただししっかりと食べられるものであること。
以上がルールである。
予選はともかく決勝になるとベビーカステラの宣伝効果もあるために有力選手にはバックにスポンサーとしてのベビーカステラ屋が控えている。ベビーカステラ大会で優勝したベビーカステラにそれなりの箔がつくのだ。
ここ三年連覇しているキング金城が下馬評ではやはり優勝候補であった。金城は年齢不詳だが中年の域を越えた今まで働いたことのないニートであったが五年前に好物だったベビーカステラを求めてこの村にたどり着き、ベビーカステラ投げを習得して今に至っている。毎日ベビーカステラを食べて過ごしているためみるみる体重が増えて、もとあった高身長もあっているだけで他人を制圧する巨漢へと成長してしまった。五年ですっかりこの村の主になった彼は村一番のベビーカステラ太宰屋のひとり娘を嫁入りさせてしまった。今まで人に気を遣ったことのない金城はその娘を毎日横柄に扱っているが、なにしろ太宰屋の看板をしょっているので誰も口出しできないという噂である。金城は太宰屋の会社役員としてその座にいる。働いているところを見た者はひとりもいないが。
そもそもこの村はベビーカステラ発祥の地でもなければ事業でもなかった。今でこそ名物になったが大会が開催された頃はベビーカステラをつくっている店もなかった。そこに流れ者の津山という人物が寂れた村祭りでベビーカステラの屋台を始めた。といってもたこ焼き用鉄板でたこ焼きと一緒にはじめてウケがよかったベビーカステラを持続させただけであった。前職でベビーカステラをつくっていたわけでもないからはじめ形はいびつで商品にすらならなかった。その商品にならなかったベビーカステラを自分で放って食べてみせて焼くスタイルが受けた。そのうち自分も放って食べるのがうまいと言い出す者が現れた。津山も負けじと放っては口でキャッチした。津山はうまかった。噂は隣村、また町まで広がった。では大会を開こうということになった。第一回開催は五名参加で津山が優勝した。その津山が興した会社が太宰屋であり現在大会運営理事長を勤めている。
金城は津山のベビーカステラキャッチの後継者なのである。金城はその期待に応えていた。
予選会が始まった。参加者は六十人を数えた。他県から来る者はもちろん海外からの参加者もいた。
横並びで十人ずつというやり方で予選一回目が行われた。高く放りすぎるとキャッチが難しく低いと得点にならない。それより直径一メートルという円を外す者が多くいた。どうしても見上げてしまうので下を意識できず動いてしまうのだ。
二回目の予選で金城が登場した。巨漢を沈ませて一気にまっすぐ放り投げた。その高さは観客からは消えたように見えた。金城は軌道を確認するとジャンプした。空中で見事にキャッチして円の中央にしっかりと着地した。観客は開いた口のままその様子を見ていた。ベビーカステラをその口にそれぞれ放り投げたいぐらいに。
金城のパフォーマンスを見て辞退する者が多発した。映像で見るのと実際でみるのとは違った。
津山は審査場で腕を組み二度ほど頷いた。金城の妻は苦虫を噛んだような表情をしていた。
予選が終わって上位五名が発表された。ここで前年二位に終わった海坊主石清水が敗退されたのが会場のどよめきをつくった。彼は顔バウンドの名手として知られていてあえて顔バウンドで落下勢いを軽減させてキャッチする技を持っていた。髪の毛に当たると失格なので毎年大会前日に頭を丸剃りして臨んでいた。髪の毛でなければいいので後頭部に当たってもセーフなのである。しかしその彼が敗れた。
選ばれた上位五名はいかなる人物なのか。
前年三位だったクロコダイル石田。彼は投擲こそ得意ではないが口の開きが半端ではなく投げたものはその口にすべて吸い込まれるように入っていく。その開きはまさにワニ。別名ブラックホール石田。
元プロ野球選手長嶋。プロでの活躍は長くなかったのは打撃が下手だったからという理由であり、守備は規定試合数をこなしていればゴールデングラブ賞も獲れたという逸材である。守備はライト。その強肩で高く放ることもできる。守備は一流でもプロでは生き残れないってどういう世界観なんだろうか。攻撃に偏るのは戦時中からの忌まわしい習わしではないのか。どうでもいいか。
現役新体操選手バタフライ田端。紅一点で決勝まで進出。新体操で鍛えたボールトス、キャッチ、体の柔軟性を備えている。彼女は前体会では新体操の大会と日程が重なっていたため辞退していた。今年はベビーカステラを優先させた。この大会になみなみならぬ意欲を感じられる。
今回初参加にして海坊主石清水を僅差で負かせた大会のダークホース福田輝也。輝也は小学六年生で小柄な少年であった。大会組織も写真判定を何度も確認したが、確かに彼のほうが高く放り口キャッチも完璧であった。キャッチしても笑顔は見せずに淡々としていた。
そしてキング金城。軽くなげても予選でも一位の高さを誇っていた。その風格は余裕を越えてもう別次元であった。海坊主石清水の脱落は金城を遙かに有利にさせていた。
決勝戦。予選通過低い順からのスタートとなる。一番目はクロコダイル石田であった。石田はハングリー精神があって勝利に貪欲であったが貧乏性が災いしてどうしても高く投げられないという欠点があった。投げ方に不安があるわけではない。もし落としてしまって食べ物を粗末にするのが気になるのだ。予選でも落とした者が何人かいた。いくら競技用とはいえそれをどうしたのか。今投げるときにでも気になってしまう。彼のその強靱なアゴをもってしても落とすということにタメライがあるのだ。これが突き抜けられない三位の壁があった。今年もべらぼうな記録を残すことはできない。二位以下はビリも同じだクロコダイル石田。これは国際大会じゃない、ただいち村のイベントにすぎない。三位じゃ記録として村の回覧板にも載らないぞ。
二番手は元プロの長嶋だ。彼は投げては一流キャッチも一流だが競技線というものに関しては素人だ。野球ではファウル線があるにせよ(いや外野はタッチアップとか結構重要じゃないのか)そこまで意識ができない。投げてよし捕ってよしだが、競技線をでてしまった。痛恨のミス。失格である。高さは予選
の金城を上まわっていたのではという見解もある。しかし失格しては記録にも残らない。さっさと帰れ。
続いてはバタフライ田端。彼女は今年も日程が重なった新体操オリンピック最終予選を蹴ってここに参戦してきた。頭のネジがとれて太平洋に沈めてしまったのだろうか。しかし決勝にいたりここにカッパ堂のベビーカステラを有力スポンサーとして使用してきた。バタフライ田端は踊る広告塔なのである。ベビーカステラ投げに特化した金城とは違うのだ。ここを優勝してコスチュームにカッパ堂のベビーカッパをあしらって次回のオリンピックに出場するのである(他のチームの選手もかい)蝶のように舞え田端舞ちゃん。個人的には君を応援しているぞ。さあ華麗なるト。いい感じであがっていく。しかし軌道はやや逸れていく。それでも柔軟な体躯を駆使して体を円から出ないよう伸ばす。なんとか口でキャッチ。土俵際ギリギリ。顔が落ちていく。二回噛む、飲み込む、転倒。審議。審査が行われるもセーフの判定。やりました。高さも充分。著者の判官贔屓も手伝って現在暫定一位を獲得。
ここで福田少年が登場する。
「福田、だと。まさかあの福田の息子じゃあるまいな」
おっと、ここでこの小説やっとセリフが登場した。誰が言ったの。太宰屋をつくりこの大会の総理事長、津山のセリフだ。福田とは誰なのか。
太宰屋はもともとふたりではじめた事業だった。ベビーカステラをいいだしたのは福田のほうで津山はむしろ反対だった。子供のためのお菓子で商売ができるかということと、ベビーカステラをうまくつくれなかったのは津山だった。そこを丁寧に気泡が入らないようだとか辛抱強く教えた。できそこないの物を津山はふてくされて放って食べていた。そしたらそっちのほうがウケてしまった。はじめはひとつひとつ材料を流し込むピッチャー型であったが、津山は一度につくれるレバー式を採用。若い者に屋台を任せて自分はマネージング、代表取り締まりとして仕切るのみ。大会の成功とともに支店を増やしていき、流通にものせることも成功させた。一方の福田はクビにされた。理由はレシピを横流しした罪である。しかしそれも雑誌取材で津山がもらってきた企画であり公開内容も確認している。しかし津山は突っぱねた。
福田をベビーカステラ界から追放を他の有名どころの関西や関東にもおふれを出した。破門状である。背中で泣いてる唐獅子牡丹。津山は福田の生真面目さを恐れていた。いつかベビーカステラ界の王になる気配を感じていた。そのうち大会を乗っ取られてしまう。大会はオレがつくったという気概がある。来年はもっと大きくなる。今はネット拡散というだけのレベルだがそのうちテレビで全国に映され新聞にも載る。現に外国人の参加者もいたところから海外にも。
「オレは世界のベビーカステラ王になる」
その因縁の福田の息子がなぜここにいるんだ。破門じゃカタギだって生きられないぞ。どこか地球の端っこで地味にベビーカステラを焼いているのか。
福田少年は深呼吸をしている。投擲は一回のみである。用意、セッ。投げた。小細工なし。予選とはわけが違う。これぞベビーカステラ投げだと言わんばかり。元プロ野球といえど所詮は硬式ボール。ベビーカステラはベビーカステラの投げ方がある。それぞれ独自のやり方があって金城も金城の投げ方をマスターしている。そしてその投げ方は違うが完全にマスターしている。
「いや、あまりにも垂直すぎる。これでは直線的に落ちすぎる」金城がほくそ笑む。
この大会当日はベストコンディションとして無風状態になっている。しかし調子良すぎた。これだと喉に一直線に入りすぎる。ルールでは二回以上の咀嚼が義務づけられている。これは喉詰まりの危険防止のためにつくられた。福田少年はそのまま大きく口を開けて待っている。
「勝った」金城が立ち上がる。
福田少年の口にベビーカステラが入る。その瞬間首をひねった。三回咬んでベロを出した。
歓声があがった。これは大会史上一番の記録がでた。しかし相変わらず福田少年はにこりともしない。あとは結果を待つのみであった。
キング金城がベビーカステラをつまんで円の上に立った。ここでカメラフラッシュが浴びせられた。
「待った、待った。これから大勝負が行われるというのに光を当てるとは何事だ。競技に影響するだろ。マナーを考えろ」
今までそんなこと一言も言わなかったのに急に津山は叫んだ。さすがは婿殿のため、ひいては会社のためである。この前に好記録も出されてプレッシャーもある中にあって、これはこれで至極真っ当ではあるが。
仕切り直しで金城には蒸らされたタオルを目に乗せてしばし休憩がとられた。
再度サークルに立った。金城の表情はなにもかわらない。身をかがめてせーので、腕を振り上げた。ロケット砲でもついているかのようにベビーカステラは宙に飛んでいった。ドローンもその行方を追う。高さは福田少年を優に超えた。あとはキャッチするだけだ。ベビーカステラが落ちてくる。金城はその姿を捕らえた。飛ぶタイミングを計っている。ジャンプ。見事口でキャッチ。これで金城の四連覇は決まった。かと誰もが思った。
金城はあろうことかベビーカステラを吐き出してしまった。ブーという音とともに金城は崩れ落ちた。まさかの失格であった。大会スタッフが金城の吐いたベビーカステラを拾いにいくと悲鳴が起こった。
「このベビーカステラ、鉛が仕込んである」
場内はどよめいた。
確かに重ければ重いほど飛ぶが。ここまでやるか。そりゃ食べ切れれば証拠隠滅にはなるけど欲張りすぎた。鉛比重多過ぎ。せめてバレない程度にしてほしかった。
津山は気絶してしまった。あーあ。
結果、優勝は福田少年に決まった。
津山が灰になってしまったため、金城の妻がプレゼンターを急遽勤めることになった。金城の妻も従業員だった福田を知っている。そこで別に父に頼まれたわけではないが、こっそり福田少年に父親のことを聞いてみることにした。
「父ちゃんはずっと農家だけど。オレ、別になんか親戚のうちに呼ばれて来ただけだけど。なんか面白そうだからやってみようかなってだけで。まあ、放って投げるのは毎日ポップコーンとかプチトマトでもやってるし」
あの延々とした伏線なんだったの。
「もういいわ。私、金城と離婚してあなたと結婚するわ。私、ベビーカステラ大会で不正もせずに優勝する人がやっぱり好きなの」
リーンゴーン。鐘が鳴る。
来年のベビーカステラ投げキャッチ大会も波乱が起きそうである。
了
創作夏祭り企画 辰 @tatsu55555
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