プロローグ『最終決戦の幕開け』

 眼下に広がる雲の海の上を、俺たちを乗せた青白色のドラゴン__セレスタイトが大きく両翼を羽ばたかせながら飛んで行く。

 突き刺すような冷たい風を一身に受けながら真紅のマントを口元まで持っていき、目を細めて白い雲の海の先をジッと見つめた。


「もうすぐ、だな」


 ボソッと俺の呟く声が、風に乗って消えていく。

 徐々に近づく決戦の地__<マーゼナル王国>。

 そこで待つ強大な敵、<闇属性>の気配を感じ取って、心臓の鼓動が早くなっていった。

 闇属性の魔力に呼応するように、俺の中に眠る<光属性>の魔力がざわつき始めている。

 チラッと後ろを振り返ると、そこにいるのは四人と一匹。

 俺の大事な仲間、<Realize>のメンバーが、緊張した面持ちで俺と同じように向かっている先を見つめていた。


「みんな、聞いてくれ」


 吹き付ける風の音に負けないように、みんなに声をかける。

 全員の意識が向いたのを確認してから、静かに口を開いた。


「多分、これが最後の戦いだ。この異世界と、俺たちの世界を守るため。そして、またみんなでライブをするために__絶対に、勝つぞ」


 インディーズでの最後のライブの時に、俺たちRealizeの四人はこの異世界に召喚された。

 それからメンバーが増えて五人になり、マスコットキャラクターとして一匹加入し、今まで旅をしてきた。

 楽しいことも、辛いことも、厳しい戦いも、悲しい別れも。全部を俺たちは共有して、ここまで来た。


 その旅が、ようやく終わる。諸悪の根源、闇属性を打ち倒すことが出来れば。


 ゆっくりと深呼吸してから、みんなを……自分を鼓舞するように、言い放った。


「__全員で、生きて帰ろう」


 ただ勝つだけじゃない。ここにいる全員が生き残らないと、意味がない。たった一人でも欠ければ、例え闇属性を倒しても__負けと同義だ。


 だから勝って、その上で生きて帰る。


 それが綺麗事の理想論だとしても、そこだけは譲れない。

 それが、俺の覚悟だ。あえて言葉にして伝えると、表情を強張らせていたみんなが頬を緩ませる。


「ハッハッハ! 当然だ! 全員で勝って、生き残って、ライブをする! それが、オレたちRealizeってもんだろ!」


 短く切り揃えた金髪の外国人ドラマー__ウォレスが拳を手のひらに打ち付けながらニヤリと笑う。


「うん、そうだね。みんな無事のまま、完全な勝利を掴み取ろう」


 栗色の髪をボブカットにした、中性的な顔立ちのベーシスト__真紅郎が柔和な笑みを浮かべながら頷く。


「……戦いが終わったら、お腹いっぱいご飯食べる。そして、ライブもする」


 異世界に来てから加入した、白髪褐色肌の<ダークエルフ族>の少年キーボーディスト__サクヤがムンッと気合を入れながら呟く。


「きゅきゅ! きゅー!」


 そのサクヤの頭の上にいるRealizeのマスコット、額に楕円型の蒼い宝石が付いている白い小狐型モンスター__キュウちゃんが鳴き声を上げる。


「みんなは、あたしが守る。絶対に死なせない。みんなで元の世界に戻るんだから……ッ!」


 Realizeの紅一点、長い黒髪をなびかせる女子高生ギタリスト__やよいが、拳を握り締めながら力強く返事をした。

 そして、やよいは俺を心配そうに見つめた。


「分かってると思うけど……無茶なことはしないでね、タケル?」


 今までの俺の行動を考えれば、心配するのも無理はないな。

 苦笑いを浮かべながら、赤い髪のボーカル__タケルは、やよいに頷いて返した。


「あぁ、分かってるよ。無茶なことは、しないって」


 無茶なことはしない。だけど、もしもの時は__無理はする・・・・・

 声にしないで心の中でそう呟きながら、やよいと約束した。


「__キュルル!」


 すると、俺たちを乗せたセレスタイトが赤い瞳をした目を細めながら、危険を知らせるように鳴く。

 向かっている方角に目を向けると、白い雲が広がっていた空が__侵食されるかのように、黒く染まり始めていた。

 セレスタイトは翼を畳みながら一気に高度を下げ、雲の海に突っ込む。

 視界が真っ白になり、風を切り裂きながら進んでいくと、ボフッと音を立てながら雲を突き抜けた。


「あれは__ッ!」


 雲を抜け、地表に出る。

 そして、視界に飛び込んできた光景を見て、唖然とした。

 膨大な黒い魔力が渦巻き、マーゼナル王国全域を包み込んでいる巨大なドーム。

 ドームは緑あふれる平和な土地を脅かすように、少しずつ規模を広げている。

 バチバチと紫電を撒き散らし、侵入を拒むそのドームの内部には__夥しい数の黒いヘドロで構成されたモンスターが溢れかえっていた。


「これ、は……」


 ゴクリと、真紅郎が息を呑む。


「は、ハッハッハ……地獄ヘルにでも来ちまったのか、オレたちは」


 どうにか虚勢を張って笑うも、顔が引きつっているウォレス。


「……数が、多い」


 ドームに蔓延っているモンスターの群れを見て、サクヤが目を見開く。


「きゅー」


 サクヤの頭の上にいるキュウちゃんが、毛を逆立たせながら威嚇するように鳴く。


「こんな数、あたしたちだけでどうにか出来るの……?」


 やよいが表情を青ざめさせながら、俺のマントをギュッと握る。

 まさに、絶望を体現したような光景。圧倒的なまでの戦力差。

 数えるのも馬鹿らしくなるぐらいのモンスターの群れは、ザッと見ただけで一万以上はいる。

 対して俺たちは五人と一匹、セレスタイトの一体。援軍も、まだ準備が整ってないだろうから望めない。

 本能が警鐘を鳴らしている。それ以上近づくな、死ぬぞと囁いていた。


 __だけど、ここで退いたらこの世界が終わる。それどころか、俺たちの世界まで闇属性の手に堕ちる。


 ビビるな。心が折れたら、負けだ。

 そう自分に言い聞かせながら、パチンと両頬を叩いて気合を入れる。


「__行くぞ」


 覚悟を決めた俺の声に反応して、セレスタイトが翼を羽ばたかせながらドームへと飛んでいく。


 __最終決戦が、始まろうとしていた。




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