一曲目『開戦』

 俺たちを乗せたセレスタイトが、闇属性の魔力で出来たドームに近づいていく。

 すると、渦を巻いていたドームが意思を持っているかのように蠢き出した。


「__来る」


 それを見た瞬間、本能が警鐘を鳴らす。

 そして、俺が呟くのと同時に__蠢いていたドームの一部が弾け飛んで、そこからモンスターの大群が飛び出してきた。

 その姿は、人型。だけど血のように赤い瞳が浮かんでいるだけの、黒いヘドロで構成された体だ。

 モンスターたちは闇属性の魔力の影響で色素を失った草原を、獣のように四足歩行で駆け抜けていく。


「セレスタイト!」

「キュル!」


 俺の呼びかけに答えたセレスタイトが、一気に急降下する。

 ドームから飛び出したモンスターの大群は、扇状に広がりながら地表に近づいていく俺たちに向かって来ていた。

 セレスタイトは背中に乗った俺たちをチラッと見てから、大きな翼を畳む。その視線から、捕まってろと言っているのを察した俺たちは、振り落とされないようにセレスタイトの甲殻にしがみついた。

 どんどん速度を上げながら、地表へと直滑降していくセレスタイト。ぶつかってくる風圧に負けないように、俺たちは必死に堪える。


「キュルゥオォォォォォンッ!」


 そして、セレスタイトは雄叫びを上げるとモンスターの大群の目の前で翼を大きく羽ばたかせ、地表スレスレで方向を変えた。

 スピードを落とさないままモンスターの大群に向かって行ったセレスタイトは、牙を剥き出しにしながらグルンと横に一回転。

 長く綺麗な尻尾を鞭のようにしならせ、押し寄せてくるモンスターの大群を一気に薙ぎ払った。


「__今だ!」


 俺の合図で全員が同時に、セレスタイトの背中から飛び降りる。

 地面に着地した瞬間、俺たちは示し合わせたように<魔装>を展開し、武器を構えた。


「俺とウォレスで先陣を切る! やよいとサクヤはサイドから来る敵の対処! 真紅郎は後方支援と殿! 一気に突っ切って、城を目指すぞ!」


 返事を待たずに、モンスターの大群を睨みつける。

 魔装__柄の先にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を手に、俺は地面を蹴った。


「<アレグロ><フォルテ!>」


 <音属性魔法>の敏捷強化アレグロ一撃強化フォルテを使い、向かってくる敵を見据えながら剣身と魔力を一体化させる。

 音属性の魔力を纏い、一気に加速して紫色の閃光となった俺は、襲いかかってくるモンスターに向かって剣を薙ぎ払った。


「__<レイ・スラッシュ・五重奏クインテット!>」


 魔力と共に斬撃を放つ、レイ・スラッシュ。

 紫色の三日月型の斬撃がモンスターの大群を飲み込み、音の衝撃が地面を砕きながら爆発する。

 続いて二撃目、三撃目、四撃目と音の衝撃が重なり、その都度モンスターたちが宙を舞い、体を構成している黒いヘドロが弾け飛んでいく。

 そして、最後の五撃目の衝撃によって、後方にいるモンスターをも巻き込んで吹き飛ばした。

 一撃強化を施した、俺が放てる最大数の音の衝撃を叩き込むレイ・スラッシュ。

 だけど__。


「数が、多すぎる……ッ!」


 今の一撃でも、モンスターの大群の一割も倒せていなかった。

 それどころか吹き飛ばしたモンスターはすぐに起き上がり、俺たちに向かってきている。

 舌打ちして剣を構え直していると、俺の後ろからウォレスが笑いながら飛び出していった。


「ハッハッハ! だったら、さらにぶっ飛ばせばいいだけだろ!?」


 ウォレスは魔装__両手に持った魔力刃を纏わせた二本のドラムスティックを振り被り、目の前に紫色の魔法陣を展開する。

 それを見た俺は剣身と魔力を一体化させ、ウォレスが展開した魔法陣に向かって剣を振り下ろした。


ぶっ飛べブラストオフ! <ストローク!>」

「<レイ・スラッシュ・ストローク!>」


 俺とウォレスが同時に魔法陣に一撃を喰らわせると、その衝撃を増大させた音の衝撃波が放たれる。

 竜巻のように渦を巻いた衝撃波は、地面を削りながらモンスターの大群に向かっていった。

 モンスターたちは体を切り刻まれ、黒いヘドロを撒き散らしながら遠くへ吹っ飛んでいき、俺たちが通りやすいように道が出来る。

 その道の先、遠くに見えるのはマーゼナル王国の城下町。


 そして、その向こうにある__闇属性がいる城を見据えた。


「一気に駆け抜けるぞ! 絶対に、たどり着いてみせる!」


 地面を踏み砕き、加速する。

 俺に並走するようにウォレスが、追従するようにサクヤとやよいが駆け抜け、一番後方に真紅郎が追いかける。


 「ハッハッハ! オラオラ、Realizeのお通りだ! 退け退け退けぇぇぇぇッ!」


 ウォレスは二本のドラムスティックを荒々しく操り、魔力刃でモンスターを斬り刻みながら鼓舞するように笑う。


「てぁぁぁッ!」


 やよいは魔装__赤いボディのエレキギター型の斧を振り回し、見た目にそぐわない膂力でモンスターを押し潰す。


「……キュウちゃん、振り落とされないでね」

「キュ!」


 頭の上にいるキュウちゃんに一言声をかけてから、サクヤは両腕に装備した蒼色の籠手を打ち鳴らし、拳をギリッと握りしめた。

 そして、拳と魔力を一体化させ、短く息を吐きながらモンスターに向かって拳を突き出す。


「<レイ・ブロー>」


 強く踏み込んだ足が地面を砕き、全身の力を余すことなく伝えた拳がモンスターに叩き込まれる。

 レイ・スラッシュと同じ原理で放たれた魔力と一体化した拳が触れた瞬間、音の衝撃が爆発した。

 そのままモンスターの体が軽々と弾かれたように吹き飛び、他のモンスターを巻き込みながら遠くへと消える。


「ボクたちの邪魔をするな……ッ!」


 真紅郎は魔装__木目調の銃型ベースを構え、弦を指で速弾きした。

 ネックの先端にある銃口から無数の魔力弾が放たれ、その全てを真紅郎は操作する。

 縦横無尽に飛び回る魔力弾がモンスターに着弾し、黒いヘドロが爆散していった。


「キュルォォォォォォン!」


 すると、上空にいたセレスタイトが雄叫びを上げながら急降下して、モンスターの大群に突っ込む。

 大きな翼でモンスターを弾き飛ばし、長い尻尾で薙ぎ払い、口から吐き出された青白い魔力の光線が大群を飲み込んでいった。

 全員が協力し、助け合い、城に向かって突き進んでいくけど……。


「もう! キリがないって!」


 モンスターを斧で叩き潰しながら、やよいが叫ぶ。

 やよいが言うように、これだけ倒してもモンスターの数は一向に減らない。

 そこで、やよいの背後から襲いかかってきたモンスターを斬り捨てたウォレスが、俺たちに向かって声を張り上げた。


「ヘイ! こうなったら、<ライブ魔法>で一気に……」

「ダメだよ! こんな数のモンスターに囲まれた状態だと、ライブ魔法を発動させる暇なんてない!」


 俺たちの力を結集させて使う、大規模な<合体魔法>__ライブ魔法。

 ライブ魔法を使えば、この数のモンスターでも蹂躙することが出来るだろう。

 だけど、すぐに否定した真紅郎は魔力弾を放ちながら、必死な形相で口を開く。


「ライブ中のボクたちは無防備だ! 四方八方から襲いかかってくるモンスターを対処しながらは無理だよ!」

「……でも、このままだとジリ貧」


 モンスターを蹴り飛ばしたサクヤの言う通り、このまま突き進むのは難しい。

 かといって諦める訳にはいかない。ここで退けば、それこそジリ貧だ。

 すると、ウォレスがニヤリと不敵に笑ってみせた。


「__ヘイ、だったらライブ魔法とは違う、オレたちの協力プレー・・・・・でどうにかするしかねぇな?」


 何か考えがあるのか、ウォレスは自信ありげに笑う。

 どうするつもりなのか聞く前に、ウォレスは動き出していた。


「ハッハッハ! ヘイ、サクヤ!」

「……何?」

「どうにかして合わせろよ! お前らもだ!」


 作戦を伝えることなく、ウォレスは魔法陣を展開する。

 そして、ドラムスティックを思い切り振り被り__。


「全力でいくぜ! 受け流せ・・・・、サクヤ! <ストローク!>」


 そう言って、ウォレスは魔法陣にドラムスティックを叩き込んだ。

 爆音と共に音の衝撃波が放たれ、モンスターの大群を巻き込みながらサクヤに・・・・向かっていく。

 唖然としている俺とは違い、サクヤは納得したように手をポンッと打ち鳴らした。


「……無茶言う。でも、やる」

「きゅ!? きゅきゅ!?」


 慌てているキュウちゃんを無視して、サクヤは長く息を吐くと向かってくる音の衝撃波を睨みながら拳を構える。


「<グリッサンド>」


 衝撃波に対して自分から前に出たサクヤは、両手を盾のように伸ばした。

 そして、体を半回転させながら衝撃波に両手を沿わせ、流れるように受け流していく。

 ピアノの鍵盤を指で滑らせて弾くグリッサンド奏法の音色を響かせながら、サクヤは衝撃波を受け流してその勢いを加速させ、そのままモンスターの大群へと襲わせた。


「あー、そういうことね。少しは相談ぐらいしたらいいでしょ、バカウォレス」


 ウォレスがやりたいことを察したのか、やよいがやれやれと呆れたようにため息を漏らす。

 そして、ギュッと力強く斧を握り締めた。


「要するに、あたしたちの力を合わせてどんどん衝撃波を加速させるってことね。だったら、思い切り行くよ! <エネルジコ!>」


 そう言って、やよいは筋力強化エネルジコを使い、強化された脚力で一気に跳び上がる。

 空中で斧を振り上げ、やよいは全体重を乗せて地面に向かって斧を振り下ろした。


「__<ディストーション!>」


 地面を震わせ、大地を隆起させながら音の衝撃が伝わっていく。

 やよいが放った衝撃と、勢いを増した衝撃波が合わさり、さらに速度を加速させた。


「だったらボクは、補助に回ろうかな」


 真紅郎は衝撃波に対して協力するのではなく、その補助に回ると言いながらベースを構える。

 そして、目つきを鋭くさせながら姿勢を低くした。


「<スラップ>」


 静かに魔法を唱え、スリーフィンガーでベースを掻き鳴らす。

 高密度に圧縮された無数の魔力弾が銃口から放たれ、モンスターの大群を襲う衝撃波に合わせて飛んでいった。

 魔力弾が着弾したモンスターが姿勢を崩し、衝撃波に飲まれていく。離れようとするモンスターの足を止めさせ、また衝撃波に飲み込ませる。

 ウォレスから始まった、全員の協力プレー。その最後を飾るのは、俺だ。

 剣を居合のように腰元に構え、集中する。

 

「さぁ、出番だ」


 俺の体に眠る光属性の魔力に呼びかけ、剣身と一体化させた。

 地面を蹴り、白く光り輝く剣を一息に薙ぎ払う__ッ!


「<レイ・スラッシュ・讃美歌キャロル!>」


 光属性の魔力を込めた、聖なる斬撃。

 放った白い三日月型の斬撃が音の衝撃波と合体し、白く染め上げた。

 光属性の斬撃が合わさって渦になり、黒いヘドロを浄化しながら大群を吹き飛ばしていく。

 俺たちの協力プレーによって、城下町まで届くほどの大きな道が出来上がった。


「今だ! 走れぇぇッ!」


 この隙を見逃さない。

 俺たちは一気に走り出し、作り上げた大きな道を駆け抜けて城下町へと向かう。

 モンスターの大群はまた数を増やし、道を狭めるよう動いている。

 このまま突破するのは難しいけど、さっきよりも前に進めた。


「この調子で、どんどん前に……ッ!?」


 そう思っていると、ゾクッと背筋が凍りつく。

 感じた気配は__上だ。

 すぐに空を見上げると、そこには黒いヘドロを纏った飛竜……<ワイバーン>が向かってきていた。


「ギュルオォォォォォッ!」


 正気を失った赤い瞳が俺たちを睨み、黒いヘドロの翼を羽ばたかせてワイバーンが大きく息を吸う。

 その口から闇属性のどす黒い魔力が漏れ出し、バチバチと紫電を迸らせていた。

 ブレスが来る。絶対に当っちゃいけない。ビリビリと肌で感じる危機感に、俺は全員に向かって声を張り上げた。


「__全員、回避ぃぃぃッ!」


 俺の叫びに全員がすぐに反応し、動き出す。

 だけど、ワイバーンは口を大きく開いてそこから紫電を纏った黒いブレスを放ってきた。

 その範囲は確実に俺たちを飲み込む。それでもどうにかその範囲から逃げようとしていると__。


「キュルォォォッ!」


 そこで、俺たちを守るように立ち塞がったセレスタイトは思い切り息を吸い込むと、同じように口から青白いブレスを吐いた。

 どす黒いブレスと青白いブレスがせめぎ合い、拮抗する。それを見た俺は、すぐに腰元にある道具・・に手をかけた。


「<ア・カペラ!>」


 腰元の道具、<パワーアンプ>のつまみを回しながら魔法を使う。

 俺の固有魔法、ア・カペラによって爆発的に増大した魔力がパワーアンプによって調節され、体が強化される。

 敏捷強化アレグロ一撃超強化フォルテッシモを同時に使ったのと同等の力を得た俺は、セレスタイトに向かって跳び上がった。

 そして、拮抗していたブレスが爆発したのと同時に、俺はセレスタイトの背中に着地する。


「背中を借りるぞ、セレスタイト!」


 そのまま背中を蹴り、ブレスを吐き終わって動きを止めているワイバーンに飛びかかった。

 弾丸のように一直線にワイバーンに突撃し、すれ違い様にワイバーンの翼を一閃。


「ギャルアァァアァァッ!?」


 片翼を両断されたワイバーンは悲痛の叫びを上げながら、錐揉み回転して地面へと落下した。

 同時に、俺も地面に着地してア・カペラを止める。

 

「危ねぇ……」

「タケル、大丈夫!?」


 咄嗟の判断で動いたけど、どうにか成功してよかった。

 ホッと胸を撫で下ろしてから、駆け寄ってくるやよいに笑みを浮かべて返す。


「あぁ、大丈夫だ。セレスタイトのおかげだよ。ありがとうな」

「キュル!」


 俺たちの隣に着地したセレスタイトは、気にするなと鳴いた。

 下にいたモンスターを巻き込んで地面に落下したワイバーンは、砂煙が立ち込めていてどうなっているのか見えない。

 徐々に砂煙が晴れていくと……その光景を見て、やよいが口元を手で覆った。


「何、あれ……?」


 俺も、やよいも、ウォレスたちも、セレスタイトですら、そのおぞましい光景を見て唖然とした。

 片翼を両断されて動けなくなったワイバーンに、人型のモンスターたちが取り囲んでいる。


 そして、口角が裂けるほど大きく口を開き、ワイバーンを貪り食っていた。


  翼を引き千切り、首に噛みつき、嫌な音を立てながら肉を喰らっている。

 ワイバーンは声にならない悲鳴を上げ、モンスターは黙らせるように頭を地面に押し潰しながらかぶりつく。

 理性などなく、本能の赴くままに肉を喰らい、自分の糧にするその姿。

 まさに、獣だ。


「そんな……仲間じゃ、ないの?」


 やよいはあまりの光景に、顔を青ざめさせる。

 俺たちの何も言えずにただ呆然と見つめていると、骨も残さずにワイバーンを平らげたモンスターたちが一斉にこちらに目を向けてきた。

 なんの感情も感じられない血のように赤い瞳に睨まれ、ゾクゾクと背筋が凍る。

 すると、モンスターたちは同時に口を開いた。


「__よくここまで来れたものだと、褒めてやろう」


 同時に喋り出したモンスター。その声は聞き覚えのあるものだった。

 ギリッと歯を食いしばった俺は、その声の正体を呟く。


「……ガーディ」


 この戦争を引き起こし、この世界を滅ぼそうとしている全ての元凶。

 闇属性によって操られている、マーゼナル王国の国王。


 ガーディ・マーゼナルの、声だった。



 

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