三十曲目『バカの集まり』

「や、やよい!? ど、どうしたんだ、ノックもしないで……」

「いいから! 緊急事態だから、早く!」


 突然のことに驚いている俺をお構いなしに、やよいが連れ出そうとしてきた。

 困惑していると、ロイドさんがやれやれと呆れながら声をかける。


「おいおい、やよい。ちょっとは事情を話したらどうなんだ?」

「そんな暇は……って、ロイドさん!? 起きたの!? よかった! でも今はあと!」


 ロイドさんが目を覚ましていることに驚くものの、やよいはキッパリと後回しにした。

 ちょっと悲しげにしているロイドさんを尻目に、やよいは俺の腕を掴む。


「ほら、早く! 急いで!」

「だから、ちょっとは落ち着けって。一体どうしたんだよ?」

「そんな落ち着いてられないんだってば!」


 どうにか宥めようとしても、効果がなかった。

 そして、やよいは我慢の限界が来たのか、俺たちに向かって言い放つ。


「__マーゼナル王国が、大変なことになってるんだよ!」


 マーゼナル王国、と聞いて俺はすぐに察した。

 どうやら闇属性が動いたらしい。弾かれたように立ち上がった俺はチラッとロイドさんの方に目を向けると、ロイドさんは真剣な表情で頷いた。


「俺のことはいい。行ってこい」

「分かりました! 行くぞ、やよい!」

「うん! ロイドさん、無事でよかった! あとでゆっくり話そうね!」


 俺たちは病室から出て、みんなが集まっている会議室へと急ぐ。

 勢いよく会議室の扉を開くと、重い空気が立ち込めていた。


「……来たわね、タケル。とりあえず、座って」


 深刻そうな表情を浮かべたレイラさんに言われて席に座ると、レイラさんは深いため息を吐いてから口を開く。


「今から緊急の聖石会議を始めるわ。シリウスさん、お願いします」

「分かりました」


 シリウスさんは立ち上がると、この場にいる全員の顔を見渡してから静かに話し始めた。


「先ほど、マーゼナル王国を監視しているユニオンメンバーから情報が届きました。マーゼナル王国全域を覆い尽くすかのように黒い魔力が侵食しているようです……まるで、結界のように」

「マーゼナルは一位、二位を争うほどの大国。それを城下町だけでなく、全域だと……?」

「えぇ。しかも報告によると__徐々に範囲を広げているようです」


 シリウスさんからの報告を聞いて、レイドは愕然としながら呟く。

 かなりの大国のマーゼナル全域を黒い魔力が覆い尽くし、しかもまだ範囲を広げて侵食している。

 ありえない。普通じゃ考えられない。異常な力を見せつけてきた闇属性に、ここにいる全員が何も言えずに黙り込んだ。

 それだけじゃないと、シリウスさんは話を続ける。


「黒い結界の内部には、闇属性と同化したモンスターが蠢いているようです。その数は__数え切れないほど。少なくとも、一万は超えているとのことですね」

「おいおい、嘘だろ? 一万超えのモンスターの軍勢なんて、見たことねぇぜ?」


 話を聞いていたアスワドは、頬に冷や汗を流しながら目を見開いた。

 ここにいる全員が、そんな数のモンスターなんて見たことがない。

 圧倒的な物量、しかも一体一体が闇属性と同化してて、普通の魔法や武器じゃ太刀打ち出来ない。

 聞けば聞くほど絶望的な報告を受けたレイラさんは、ギリッと歯を鳴らした。


「まさか、こんなに早く動き出すなんてね。まだこっちの準備が終わってないってのに……ッ!」


 そして、レイラさんはバンッとテーブルを殴りつけて立ち上がると、声を張り上げる。


「__これは世界に対する、闇属性からの宣戦布告よ! マーゼナルの隣国にすぐに避難指示を出して! 協力してくれる各国、種族、ユニオンに通達して連合軍を結成し、全面戦争の用意を! 急いで!」


 レイラさんの号令に、レイド、ヴァイク、レンカ、ローグさん、ストラの六聖石の面々が動き出した。

 バタバタと忙しなくなった会議室で、俺は声を震わせながらレイラさんに問いかける。


「……レイラさん、準備ってどのぐらいかかりますか?」

「早くて二日よ。それ以上は急げない」


 早くて、二日。それを聞いた俺は、震える手をギュッと握り締めて唇を噛む。


「__ダメだ。それじゃ、間に合わない」


 絞り出すように、呟いた。

 今もなお、闇属性は侵食を続けている。その速度がどれぐらい速いのかは分からないけど、二日も待ってたら間に合わない。

 椅子を倒しながら立ち上がり、レイラさんに向かって言い放った。


「__早く闇属性を叩かないと、絶対に間に合いません! 動ける人を集めて、今すぐマーゼナルに行きましょう!」


 俺の中の光属性が、まるで急かすように活発に動き出している。

 二日も待ってたら、取り返しのつかないことになると警告するように。

 だけど、レイラさんは俺の提案に首を横に振った。


「いいえ、絶対にダメ。全戦力を集めて攻めないと、犬死になるわ。それぐらい、闇属性の力は圧倒的よ」

「ですが……ッ!」

「落ち着きなさい。みんな、同じ気持ちよ。すぐに闇属性を止めないといけないことは、全員が分かってるわ。でもね、だからといって無策で突っ走ってもどうにもならない。今は、待ちなさい」


 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、レイラさんは俺を宥める。

 レイラさんが言ってることは、正論だ。そんなの、俺だって分かってる。

 今ここで飛び出したところで、一万を超えるモンスターと実験により改造された闇の兵士、宿敵のフェイルを突破して、強大な力を持つ闇属性に勝てるはずがない。

 無茶で無謀な、バカがやることだ。今は大人しく全勢力が集まるまで待つ方が、賢い選択だ。


「__だけど」


 血が出るほど拳を握りしめながら、ボソッと呟く。

 すると、俺の肩を真紅郎が掴んできた。


「真紅郎……?」

「ねぇ、タケル」


 真紅郎は真っ直ぐに、俺と目を合わせる。


「まさかとは思うけど__バカなこと・・・・・、考えてないよね?」


 まるで俺の心を見透かしたように、真紅郎は言い放つ。

 ジッと俺を見つめる真紅郎に、思わず苦笑いを浮かべた。


「さすが、真紅郎。長い付き合いなだけあるなぁ」

「分かってるよね、タケル? その考えが、色んな人に迷惑をかけること」


 はぐらかすな、と言わんばかりに真紅郎は目つきを鋭くさせる。

 誤魔化せないな、と俺は諦めて頷いた。


「あぁ、分かってるよ。全部、分かってる」

「そっか。うん、それならいいんだ」

「まったくその通りだ。本当、バカとしか思えない考えだよ」

「うん、そうだね。バカだと思うよ」


 本当、俺自身もバカとしか思えない。

 俺はゆっくりと深呼吸してから、真っ直ぐに見つめてくる真紅郎と目を合わせた。


「分かってるだろ、真紅郎__俺が、バカだって・・・・・


 長い付き合いだ、俺がバカなのはみんな知ってるはずだ。

 すると、真紅郎は呆れたように深い深いため息を吐いてうなだれる。


「あー、やっぱりね。まぁ、そう言うと思ってたよ……」

「ハッハッハ! ヘイ、真紅郎! 何を今更! タケルが生粋のバカなのは、前からだろ!?」


 ウォレスは爆笑しながら真紅郎の肩に手を回すと、真剣な表情を浮かべた。


「そんなタケルについて行くオレたちも、同じバカだろ?」


 そう言ってウォレスは真紅郎から離れ、俺の前に立つ。

 そして、拳を突き出してニヤリと不敵に笑った。


「やってやろうぜ、ブラザー。ここまで来たんだ、最後まで突っ走ろうぜ?」

「__あぁ、派手に行こう」


 突き出された拳に、俺も拳を押し当てる。

 すると、やよいが腰に手を当てながらため息を漏らした。


「本当、バカばっかり。なんでRealizeのメンバーってバカな奴しかいないんだろ?」

「えっと、やよい? もしかして、ボクもバカの中に入ってる?」


 苦笑いしながら真紅郎が聞くと、やよいは鼻を鳴らしてジロッと真紅郎を睨む。


「だって真紅郎も、そのつもり・・・・・なんでしょ?」

「……あははー、バレてるみたいだね。でも、ちょっと違うよ。ボクの場合は、これが最善策・・・だと思ってるからね」


 乾いた笑い声を上げた真紅郎は、顎に手を当てながら自分の考えを話し始めた。


「二日以上も闇属性の侵食を放置していると、確実に取り返しがつかない。奴は間違いなく、こっちの準備が整うのに時間がかかると分かっていて、動き出した」

「……猶予が、ない」


 サクヤがボソッと呟くと、肯定するように真紅郎は頷く。


「タケルの判断は英断・・だと思う。だから、ボクもそれに乗るんだよ」

「どちらにせよ、バカなことには変わりなくない?」

「あはは、まぁね。でも、それがRealizeでしょ?」


 真紅郎はそう言って俺とウォレスに近づくと、拳を突き出してきた。


「タケルは自分が思うままに突っ走っていい。考えるのはボクの仕事だからね」

「あぁ。頼んだぞ、頭脳担当」


 俺とウォレス、真紅郎は拳を押し当てる。

 すると、横からサクヤも同じように拳を突き出して押し当ててきた。


「……難しいことは、分かんない。でも、今動かないと後悔する。そんな、気がする」


 そう言って、サクヤは頬を緩ませる。


「……自分の直感と、みんなを信じる。今までと、同じように」


 これで、四人のバカが揃った。

 やよいの方をチラッと見ると、やよいはやれやれと肩をすくめる。


「本当、男ってバカな生き物だよね。こんなんでよく、ここまで来れたと感心しちゃう」

「そんなこと言ってるけど、やよいはどうなんだ?」


 煽るように言うと、やよいはフフンっと胸を張った。


「あたしはタケルたちみたいにバカじゃないし。これでもテストの成績はいい方なんだからね」

「ほとんど不登校になってたくせに……」

「何か言った、タケル?」


 ジロッと睨まれ、ソッと目を逸らした。

 そして、やよいは俺たちの方に近づくと__。


「でも、まぁ……たまには、バカになってみるのも悪くないかもね?」


 俺たちの拳に、同じように拳を突き出して押し当てる。

 これで五人。Realize全員の考えが、一致した。


「きゅきゅー!」


 と思っていると、会議室に白い小さな影が入ってくる。

 その白い影はピョンっとジャンプすると、五人の拳の真ん中に着地した。


「キュウちゃん?」

「きゅ! きゅきゅ、きゅー!」


 キュウちゃんはまるで、自分を忘れるなと言いたげに鳴き声を上げる。

 そうだな、キュウちゃんを含めた俺たち全員で__Realizeだ。

 俺たちは顔を見合わせ、同時にニヤリと笑い合う。


「__Realizeが全員揃えば、無敵だ」


 全員が頷いたのを確認してから、俺たちは会議室から出ようとする。

 すると、レイラさんが慌てた様子で呼び止めてきた。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! まさか、あなたたちだけで攻め込むつもり!?」


 俺たちは示し合わせたように立ち止まり、レイラさんに向かって振り返る。


「はい。二日も待ってたら、取り返しのつかないことになりますから」

「分かってるの!? あなたたちだけで勝てるような相手じゃ……」

「すいません、レイラさん。でも__」


 一度言葉を切ってから、口角を上げて言い放った。


「__俺たちは、止まれないんで」


 その言葉を最後に、俺たちはレイラさんの呼び止める声を振り切って会議室から飛び出した。



 

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