エピローグ『決戦の地へ』

 会議室から出て、俺たちは廊下を走り抜ける。

 慌ただしく動き出している騎士たちを間をくぐり抜け、城から出ようとすると__。


「__待って下さい」


 ミリアが、俺たちの行手を阻んだ。

 硬い表情を浮かべたミリアは、閉じられた瞼で俺たちをジッと見つめる。


「どこに、行くおつもりですか?」


 まるで責めるように、ミリアは俺たちに問いかけた。

 ミリアは分かってるんだろう。俺たちが、単身でマーゼナル王国に向かおうとしていることを。

 だからこそ、ミリアは止めようとしている。心配してるからこそ、毅然とした態度で。

 俺は一歩前に出て、ミリアの前に立つ。


「分かってるだろ? マーゼナルに」

「いけません」


 俺が言い切る前に、ミリアは首を振って止めてきた。

 だけど、俺たちも退く訳にはいかない。

 また一歩足を踏み出すと、ミリアは両手を広げる。


「絶対に、行かせません」

「ミリア……どいてくれ」

「嫌です。絶対に、嫌です」


 ミリアは首を横に振って、ここから先には行かせないと立ちはだかった。

 すると、ミリアの頬に一筋の雫が流れる。


「皆様だけでマーゼナルに、あの恐ろしい闇属性に勝てるはずがありません。私は……皆様に、タケル様に、死んで欲しくありません」


 泣きじゃくるミリアは、それでも俺たちを止めようとしていた。

 たしかに、俺たちだけで闇属性に勝つことは難しい。そんなこと、分かりきってる。


「__ミリア」


 だけど、俺たちは止まれない。止まる訳にはいかないんだ。

 涙を流して俯くミリアの頭に、ポンッと手を乗せる。


「大丈夫。俺たちRealizeが揃えば、無敵だ」


 優しく、宥めるように言葉を紡いだ。

 それでも、ミリアは首をブンブンッと横に振る。


「皆様がお強いのは分かっています! だけど、そんな根拠もない自信で勝てるような相手じゃありません!」

「あぁ、そうかもな」

「でしたら……ッ!」

「でも、俺たちは行くよ。ここで闇属性を止めないと、多くの人に被害が及ぶ」


 はっきりと言い放ち、ミリアの横を抜けた。

 俺に続いてウォレス、真紅郎、やよい、サクヤ、キュウちゃんもミリアの横を通る。

 俺たちを止めずに、ミリアは歯をギリッと食いしばる。

 そして、背中を向けている俺たちに向かって声を張り上げた。


「どうしてなんですか!? 皆様がそこまでする必要があるんですか!? なんで、私たちの世界のことなのに、そこまで出来るんですか!」


 ミリアは感情を爆発させ、泣き叫ぶ。

 その通りだ。俺たちは別の世界の住人、この異世界とは無関係な人間だ。

 一度足を止め、振り向かずにミリアの問いに答える。


「__今ここで見捨てたら、俺の中の何かを捨てるような気がするんだよ。そうすると俺の歌声が、俺たちの音楽が……死ぬ気がするんだ」


 別に正義感が強い訳じゃない。ただ、自分のために誰かを助けようとしているだけだ。

 俺たちは英雄じゃない。勇者でもない。


 どこにでもいる、ロックバンドだ。


「だから、俺たちは行くよ。元の世界に戻るついでに、この世界も救ってやる」


 その言葉を最後に、俺たちはミリアを置いて走り出した。

 後ろでミリアが崩れ落ちる気配を、感じながら。

 そのまま城を抜けて、外に出る。そこで、真紅郎が声をかけてきた。


「さて、と。タケル、どうやってマーゼナルに行くの?」

「あー、えっと……」


 どうやってマーゼナルまで行くか……何も考えてなかったな。

 言い淀んでいると、真紅郎はため息を漏らす。


「だと思ったよ」

「ハッハッハ! タケルが考えて行動するような奴じゃないだろ!」

「本当、猪突猛進だよね」

「……一番バカなのはウォレスじゃなくて、タケル?」

「きゅー」

「お、お前ら、好き勝手言いやがって……ッ!」


 こんなことになるとは思ってなかったんだ、仕方ないだろ。

 ぐぬぬ、とうめきながら睨んでいると、顎に手を当てながら思考を巡らせていた真紅郎が口を開く。


「とりあえず、機竜艇は使えないだろうね」

「ベリオさんが許可してくれるとは思えないもんね」


 真紅郎に同意するように、やよいが肩をすくめた。

 機竜艇が使えないとなると、他に方法は……。


「きゅ! きゅきゅ!」

「どうした、キュウちゃん?」


 すると、キュウちゃんが俺の裾を噛んで引っ張ってきた。

 何かを伝えたいんだろうけど、分からない。

 首を傾げていると、キュウちゃんは俺の足をよじ登ってポケットを噛んできた。


「ポケット? 何か入ってたか?」


 疑問に思いながらポケットを漁ると、そこに入っていたのは__。


「あ、忘れてた」


 あるドラゴンが眠っている、赤い鉱石だった。

 すると、赤い鉱石からドクン、ドクンと命が躍動し、激しく光を放つ。


「熱ッ!?」


 鮮やかな赤色の光を放つ鉱石が一気に熱くなり、思わず投げてしまった。

 ポンッと弧を描いた鉱石が、ゆっくりと空へと浮かんでいく。

 そして、一層激しく光を放つと、ドラゴンの形に変わっていった。


「__キュルオォォォォォォォォォォォォン!」


 天高く響き渡る、綺麗な高音の咆哮。

 陽の光に反射する青白色の鱗、雄大な空を想起させる蒼い翼幕の一対の大きな翼。

 滑らかで細長い尻尾を揺らめかせ、大地を震わせながら着地したのは、ルビーのような光沢のある赤色の瞳をしたドラゴン。

 災禍の竜が生まれ変わった姿の、そのドラゴンの名前は__。


「セレスタイト……」


 ずっと鉱石の中で眠ったままだった、セレスタイトが顕現した。

 セレスタイトは優しげな瞳で俺たちを見つめると、両手を地面に置いて四つん這いになる。

 そして、クイッと首をもたげて小さく鳴いた。


「ヘイ、まさかとは思うけどよ」

「うん、そのまさかだろうね」


 ウォレスが目をパチクリさせて呟くと、呆気に取られながら真紅郎が頷く。


「ねぇ、タケル。この子、もしかして」

「……心強い」

「きゅきゅー!」


 セレスタイトを見つめたまま、やよいが俺の袖をクイッと引っ張ってきた。

 サクヤがムンッと拳を握ると、キュウちゃんが嬉しそうにセレスタイトに顔を擦り寄せる。

 そして、俺はセレスタイトの赤い瞳を見つめ返しながら、頬を緩ませた。


「俺たちを、運んでくれるのか?」


 俺の問いに、セレスタイトは静かに頷くと俺たちが乗りやすいように姿勢を低くさせた。

 災禍の竜よりも小さいけど、俺たち五人と一匹を乗せられるぐらいには大きい体をしている。

 それでも恐る恐る俺たちが背中に乗ると、セレスタイトは満足げに空に向かって吠えた。


「キュルオォォォッ!」

「お、おぉ!」


 バサッと大きな翼を羽ばたかせたセレスタイトは、地面を踏み砕きながら空へと舞い上がる。

 そのままどんどん高度を上げていき、ヴァべナロストが小さくなっていった。

 これなら、マーゼナルまで行ける。そう確信を持った俺は、セレスタイトの首を優しく撫でた。


「頼んだぞ、セレスタイト。急いでくれ」

「キュルッ!」


 力強く返事をしたセレスタイトは、翼を大きく羽ばたかせて一気に加速する。

 グングンと速度を上げ、セレスタイトは雄大な青空を駆け抜けていった。

 向かう先は、マーゼナル王国。俺たちの旅の、始まりの場所。


「__今日で、全部終わらせる」


 異世界に召喚されたあの日からずっと、俺たちはこの世界を漂流してきた。

 音楽を知らない人たちに向けて、ライブをした。

 楽しいことも、辛かったこともあった。


 その旅が、今日で終わる。終わらせる。


 最後の戦いが目の前まで迫っているのを肌で感じながら、俺たちは決戦の地へと向かうのだった。




 

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