二十八曲目『本当の自分』

 ミリアからの告白を断った、次の日の朝。

 どうやって部屋に戻ってきたのかすら記憶に残っていない俺は、ぼんやりとする頭を振りながらベッドから起きる。


「…………はぁ」


 ずしりと肩にのしかかってくる憂鬱な気持ちに、深いため息が漏れた。

 ミリアの告白とアスワドからの叱責の言葉が、頭の中でずっと繰り返される。


「ウジウジするな、か。本当、その通りだよ……ちくしょう」


 アスワドは俺に、男ならウジウジするなと言ってきた。一番傷ついたのは告白を断った俺じゃなく、断られたミリアの方だ、と。

 まさにその通りで、ぐうの音も出ない。それをアスワドなんかに言われたのが、とても癪だけど。


「はぁ。とりあえず、飯食いに行くか」


 部屋には俺以外誰もいない。どうやら俺を置いて朝食を食べに行っているみたいだ。

 俺も部屋を出て、やよいたちがいる食堂に向かう。


「あ……」


 食堂に入った時、一番最初に目に止まったのは__ミリアだった。

 目が赤く腫れ、涙を流した痕が頬にくっきりと残っているミリアは、俺に気付くと声を漏らす。

 そして、俯きながらそそくさと食堂から出て行った。


「……まぁ、そうだよな」


 昨日の今日で、すぐに切り替えられるはずがない。

 去っていくミリアの背中を見送っていると、ウォレスが声をかけてきた。


「ヘイ、タケル! 遅いぜ! 先に食べてるぞ!」

「あぁ」

「あと少し遅かったら、お前の分も全部食べるつもりだったぜ!」

「あぁ」


 元気よく話しかけてくるウォレスに反して、俺は気が抜けた返事しか出来なかった。

 それを見たウォレスは気まずげに頬を掻くと、勢いよくパンを咥える。


「んー! このパン、最高オーサムだぜ! タケルも食えよ!」

「……あぁ」


 ウォレスの隣に座ってパンを一口食べたけど、どうにも味がしない。

 それでも一応は全部食べ、すぐに立ち上がる。


「悪い、俺はもういいや。あと全部食べていいぞ」

「え……あ、あぁ! んじゃ、遠慮なく食べるぜ! ハッハッハ!」


 俺の言葉に最初は戸惑っていたウォレスは、焦ったように俺の分の朝食を食べ始めた。

 気を遣わせちゃってるな。これでも長い付き合いだ、ウォレスなりに俺のことを元気付けようとしてるのは分かってる。

 だけど、ごめんなウォレス。今は、無理だ。


「ロイドさんの様子を見てくる」


 重い足取りでロイドさんがいる医務室に向かおうとすると、サクヤが俺の袖を掴んできた。


「……タケル、大丈夫?」

「……あぁ」


 心配そうに俺を見上げるサクヤの頭をワシワシと撫でてから、歩き出す。

 サクヤにまで心配かけるなんて、余程今の俺の顔が酷いんだろうな。

 苦笑いを浮かべていると、次に真紅郎が声をかけてきた。


「タケル。レイラさんが会議をしたいって言ってたけど、ボクたちが参加するから。タケルはゆっくり休んで。昨日はかなり大変だったからね」

「そうする。悪いな」

「ううん、気にしないで。会議って言っても、昨日の会議の続きみたいなものだし。何かあったら、報告するよ」


 真紅郎の優しい言葉に思わず頬が緩む。

 そして、最後に……。


「ねぇ、タケル」


 やよいが、声をかけてきた。

 やよいの顔を見た瞬間、昨日の夜にアスワドが言っていたことが頭を過ぎる。


 分かってんだろ__ずっとこのままなんて、ありえねぇってよ。


 その言葉が、心に刺さったまま抜けないでいた。

 やよいのことを黙って見つめていると、やよいは呆れたようにやれやれと首を振る。


「顔、洗ってきたら? いつも以上に酷い顔してるよ」

「……いつも以上って、なんだよ」

「いいから、ほら。早く行って行って」


 随分な言い草に眉をひそめると、やよいは追っ払うようにシッシと手で払ってきた。

 人の気も知らないで、可愛くない奴だ。そう思いながら食堂を出て扉を閉める直前、やよいと真紅郎の話し声が耳に入ってくる。


「やよい、流石に言い過ぎじゃない?」

「あんな辛気臭い顔されてると、せっかくのご飯が美味しくなくなるし」

「ヘイ、やよい。心配じゃねぇのか?」


 真紅郎に嗜められ、やよいは吐き捨てるように答えていた。 次にウォレスが真紅郎に続けて声をかけると、やよいは鼻を鳴らす。


「ふんっ、別に。そもそも、あたしが心配しても意味ないもん」

「……どうして?」

「だってさぁ」


 サクヤの問いかけに、やよいはため息を吐きながら答えた。


「今回のは、タケルが・・・・解決しないと意味がないからだよ」

 

 扉の向こうから聞こえた、やよいの言葉が胸に突き刺さる。

 ミリアとのことは誰のも話していないのに、まるで全部分かっているような口振りだった。


「だから、今回はあたしは何もしないよ」

「ヘイ、やよい。タケルが元気がない理由、知ってるのか?」

「知らないよ。でも、大体は察しがつくでしょ。ね、真紅郎?」


 やよいが話を振ると、真紅郎は乾いた笑い声を上げる。


「あはは……まぁね。ウォレスも、実は気付いてるでしょ?」

「あー、まぁ、なんとなくなカインドオフ

「……ぼく、分からない」


 やよいと真紅郎は察している様子で、ウォレスもある程度は察しているようだ。

 さすがにサクヤは分かってないみたいだけど、長い付き合いのウォレスたちには丸分かりだったか。


「馬鹿だな、俺は」


 扉に背中を預けて、天井を見上げて自嘲する。

 仲間に心配かけて、気を遣わせて。本当に、馬鹿だ。

 やよいが言った通り、これは俺が解決しないといけない。ミリアとのこと、そして__アスワドが言っていたこと。


「……とりあえず、ロイドさんの所に行くか」


 ここで悩んでても仕方ない。フラフラとした足取りで歩き出し、医務室へと向かった。

 医務室に向かう間も、頭の中でグルグルと思考が空回りしている。


「ミリアの告白を断った、本当の理由か」


 ボソッと頭で考えていたことが、口から出た。

 元の世界に戻る俺が、この世界の住人のミリアと付き合うことは出来ない。

 俺が音楽に惚れ込んでる音楽バカだから、付き合えない。

 ミリアが思っているような人間じゃないから、付き合えない。


「全部、本当の気持ちだ。だけど……」


 アスワドの言葉を聞いてから、心の奥底で何かが囁く。

 違うだろ、タケル。本当の理由は__。


「オヤオヤ、タケル。ロイドの様子でも見に来たのかナ?」


 ストラの声に、ハッと我に返る。どうやらいつの間にか医務室の前に立っていたようだ。 医務室から出てきたストラは、何も答えない俺を見て首を傾げる。


「違うのかナ?」

「あ、あぁ。そうだよ、ロイドさんの様子を見に来た」

「ハイハイ、そうだと思ったヨ。とりあえず、峠は越えたネ。治療は無事、成功だヨ」

「そ、そうか。よかった……」


 ストラの報告に、胸を撫で下ろした。

 あれだけ酷い状態だったロイドさんは、今は治療を終えて眠っているらしい。

 そう話ながら、ストラは口角を上げて笑みを浮かべる。


「それにしても、とんでもない生命力だヨ。執着と言ってもいいネ。何がなんでも生き残るって意思が強かったからこそ、あれだけの状態から持ち直した。相当、生き延びたい理由があるんだろうネ」

「生き延びたい、理由」



 ロイドさんがそうまでして生き延びたい理由、それは間違いなく__アスカさんだろう。

 ずっと会いたいと思い、本当ならもう会えない人。だけど、俺たちのライブ魔法によって、ロイドさんはもう一度、アスカさんと出会うことが出来た。

 多分、それが執着と言っていいほどの意志の強さに繋がってる。またアスカさんと会う、そのために。


「さて、と。ちょっと用事があるから、ロイドを見ててネ。頼んだヨー」


 ふと、ストラは後頭部をガシガシと掻きながら、寝ているロイドさんを俺に任せてきた。

 俺が返事をする前に、ストラはヒラヒラと手を振りながら背中を向けて去っていく。


「……もしかして、ストラにも気を遣わせたか?」


 ストラの背中を見つめながら、なんとなくそう思った。

 色んな人に気を遣わせてるな、と苦笑いしながら病室に入る。

 すると、そこには至る所に包帯を巻かれたロイドさんが、ベッドの上で静かに寝息を立ていた。


「大丈夫そうだな」


 寝顔は穏やかで、息遣いも落ち着いてる。どうやら本当に峠は越えたみたいだ。

 ベッドの近くに置いてあった椅子に座り、ロイドさんの顔を見つめる。


「ロイドさんは俺たちが旅をしている間、ずっと地下牢獄に幽閉されていた。しかも、こんなに酷い仕打ちを受けながら」


 ロイドさんは長い間、あの暗い牢獄で心も体もボロボロにされていた。常人なら心が壊れるか、命を落とすほどに。

 だけど、ロイドさんは衰弱してても、心は折れてなかった。

 チラッとベッドの脇にある小灯台に置かれた、血がこびり付いたマイクに目を向ける。


「もう一度、アスカさんと出会うために。本当、凄い人だよなぁ」


 アスカさんの形見とも言える、マイク。ロイドさんはずっと、そのマイクを肌身離さず持っていた。

 いや、その前から__アスカさんが姿を消した時から、ロイドさんはずっとアスカさんを探し続けていた。

 なんて真っ直ぐな想いだろう。アスカさんが生きていると信じて、諦めずに、ずっとずっと。


「敵わないなぁ……」


 ため息を漏らしながら、天井を見上げる。

 もしも。もしも俺がロイドさんと同じ立場にいたとしたら。

 

 __果たして、俺も同じことが出来るだろうか?


「ロイドさんにとって、アスカさんは大事な存在。なら、俺は……」


 ぼんやりと天井を見つめながら、考える。

 俺だったら、誰になるだろう?

 ウォレス? もちろん、大事な仲間だ。探しに行く。

 真紅郎? 当然、探す。

 サクヤ? 答えるまでもない。探す。


 じゃあ__やよいなら?


「__探すに決まってるだろ。大事な仲間で、妹のような存在なんだか、ら……?」


 妹のような存在。そう口にして、首を傾げる。

 本当に、そうなのか? 俺にとって、やよいは妹のような存在なのか?

 元の世界にいた時はそう思っていた。旅を始めた辺りも、そう思っていた。


 なら、今は?


「……なんなんだよ、本当に」


 喉に何かが引っかかっているような感覚に、思わず頭をガシガシと掻く。

 自分のことなのに、自分が分からない。

 同時に、それこそが答えだと心の奥底で何かが囁いている気がした。


「あー、もう! モヤモヤするなぁ!」


 自分に苛立って、声を荒げる。

 すると、寝ていたロイドさんの瞼がピクリと動いた。


「……うるせぇぞ、人が眠っている横でギャーギャーと」

「ロイドさん!?」


 俺の声にうるさそうに顔をしかめながら、ロイドさんが目を覚ました。



 

  

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