二十七曲目『アスワドからの宣戦布告』

 木の影から出てきたアスワドは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。

 その様子から、さっきのミリアとの会話を聞かれていたみたいだ。

 今もなおニヤついた顔をしているアスワドに、俺は舌打ちしながら目を逸らす。


「なんだよ、アスワド」

「なんだよとはなんだ、色男?」

「……その色男って呼び方、やめろ」


 俺をからかうように話しかけてくるアスワドに、苛つきが止まらない。

 だけど、俺の気持ちなんて気にしないとばかりに、アスワドは俺の肩に手を回してきた。


「色男に色男って言って、何が悪いんだ、あぁ?」

「……離れろ」

「いやぁ、こんな夜中に気配がすると思って出てみれば、まさかてめぇとあの王女様の逢瀬を見ることになるなんてなぁ?」


 人の気も知らないで、好き勝手言いやがって。

 肩に回された腕を思い切り払いながら、アスワドを睨みつける。


「うるさい、そんなんじゃない」

「おー、怖い怖い。さすがは女を振った色男だ」

「お前……ッ!」


 明らかに喧嘩を売ってきているアスワドに、俺は無意識に魔装を展開しそうになった。

 すると、それを見たアスワドはヘラヘラと笑いながら俺から離れる。


「おいおい、待てよ色男。別に俺はてめぇと戦うつもりなんてねぇっての」

「……だったら今すぐここから消えろ」

「はぁ? なんでてめぇの言うことを聞かねぇといけねぇんだ、あぁ? 俺がどこにいようと、俺の勝手だろうが」

「……じゃあ、いい。俺が行く」


 これ以上付き合ってられない。

 俺が城に戻ろうとすると、やれやれと肩をすくめながらアスワドが声をかけてきた。


「んだよ、つれねぇな。ちょっとは俺と話しても損はねぇだろ?」

「損だらけだ。俺はお前と話したくない」

「クハハッ、なんだそりゃ。てめぇよぉ……」


 クツクツと笑ったアスワドは、ニヤリと笑いながら言い放つ。


「__王女様の告白を断ったの、後悔してんのか?」


 アスワドの言葉に、ピタリと足を止める。

 立ち止まった俺を見て、アスワドは鼻を鳴らしてヘラヘラと笑った。


「なんだ、図星か」

「……なぁ、アスワド」


 アスワドの方に振り返った俺は、本能の赴くままに魔力を練り上げる。

 俺の体から紫色の魔力が噴き出し、メキメキと音を立てて拳を握りしめながらアスワドを鋭く睨みつけた。


「__喧嘩売ってるなら、買うぞ?」


 今の俺に喧嘩を売るなんて、いい度胸してるな。

 握りしめた拳を構え、すぐにでも飛び出せるように姿勢を低くすると、アスワドは両手を上げて首を横に振った。


「待てっての。さっきも言っただろ? てめぇと戦うつもりはねぇってよ?」

「だったら、すぐにそのうるさい口を閉じろ」

「おー、怖い。図星を突かれた男の癇癪ほど、怖いもんはねぇぜ」


 こいつ、本気でぶっ飛ばしてやろうか?

 沸き上がってくる怒りのままに足に力を入れた瞬間、アスワドは呆れたようにため息を漏らす。


「てめぇよぉ、図星じゃねぇって言うならどうしてそんなに苛ついてるんだ?」

「お前には関係ないだろ……ッ!」

「まぁ、たしかに? てめぇが王女様の告白を断ろうが、受け入れようが……俺には一切関係ねぇし、興味もねぇ」


 アスワドはスッと笑みを消すと、「でもなぁ」と呟きながら俺を睨み返してきた。


「まるで、てめぇ一人・・・・・が傷ついているように思ってる、その態度が気にくわねぇんだよ」


 ナイフのように鋭い言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 言葉を失った俺が口を開け閉めしていると、アスワドはそのまま責め立てるように話を続けた。


「あの王女様はてめぇが断ると分かってて、告白した。強い嬢ちゃんだよ、そう簡単に出来るもんじゃねぇ。それでも自分が前に進むために、てめぇに想いを告げた」

「……それは」


 アスワドに言われなくても、分かってる。

 真っ直ぐに睨んでくるアスワドの視線から逃げるように目を逸らしながら呟くと、アスワドは鼻を鳴らした。


「フンッ、分かってるつもり・・・なだけだろうが。だから、てめぇは勝手に自分一人だけ傷ついている気になって、俺の言葉にいちいち苛ついてんだろ」


 何も、言い返せない。

 黙り込んでいると、アスワドは少し口角を上げて笑みを浮かべる。


「だが、まぁ……はっきり断ったのは評価してやるよ。なぁなぁにするよか、きっぱり断った方が王女様も変に期待しなくて済む。でもなぁ、一番傷ついてんのはあの王女様の方だ。てめぇじゃねぇ」


 アスワドは「ケッ」と悪態を吐くと、また俺を睨みつけながら人差し指を向けてきた。


「王女様をフった事実は変わらねぇ。傷つけたくなかった、なんて甘っちょろいこと考えてんじゃねぇよ。相手を傷つけずに断る方法なんて、この世に存在しねぇ。そして、一番傷ついてんのは断られた側だ」


 矢継ぎ早に言い放ちながらアスワドは俺に近づくと、人差し指で俺の胸を突く。


「__フったてめぇが、ウジウジしてんじゃねぇよ。男だろうが」


 アスワドの喝に、俺は何も言い返せない。

 何故なら__それが正論だと、思ってしまったからだ。

 深く息を吐きながら、空を見上げる。


「あぁ、そうだな。その通りだ」


 素直に反省し、苦笑しながらアスワドの方に目を向けた。


「まったく……お前なんかに教わる時が来るなんてな」

「ハンッ、隠密のコツを教えただろうが」


 アスワドは俺の胸から指を離し、鼻を鳴らす。

 そういえばそんなこともあったなと後頭部を掻いていると、アスワドはクルッと俺に背中を向けた。


「それで、だ。ここからが本題だ・・・


 まだ何か言うことがあるのか、とアスワドが何を言うのか待つ。

 アスワドは深い深いため息を吐くと、振り返りながら言い放った。


「__てめぇ、やよい・・・たんのことをどう思ってるんだ?」

「…………は?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。

 どうしてここで、やよいの名前が出てくるんだ?

 予想外の言葉に動揺していると、アスワドは真剣な表情で俺をジッと見つめていた。


「え、いや、え? な、なんで、やよい?」

「……てめぇ、本気で言ってんのか?」

「本気も何も、意味が分からないんだけど」

「意味が分からない、ねぇ? そうか、そうか。なるほどなぁ」


 俺の答えにアスワドは腕組みしながら何度も頷くと、またため息を漏らす。

 そして__。


「__気付いてねぇなんて言わせねぇぞ、あぁ?」


 静かな怒りが込められた冷たい眼差しを向け、俺の襟首を掴んできた。

 突然ことに驚いていると、アスワドはギリッと襟首を掴む手の力を強くする。


「ぐ……いきなり、何を……」

「本気で言ってんなら、大層めでたい頭してんな、おい」


 アスワドの怒りに呼応して、体から冷気のような魔力が噴き出した。

 パキパキと足元が凍っていき、白い息が漏れる。

 困惑している俺を、アスワドは冷ややかな視線を向けながら真面目な表情を浮かべていた。


「知らぬ存ぜぬじゃあ、もう納得出来ねぇんだよ。その鈍い頭を解剖して、脳みそ冷凍してやろうか、こらぁ」

「な、なんなんだよ! なんでそんなに怒って……」

「__いい加減、はっきりさせてぇんだよ」


 襟首を掴まれていることと、凍っていく空気に息が出来なくなる。

 どうにか腕を払おうとしても、力が強すぎて振り払うことも出来なかった。

 ギリッと歯を鳴らしたアスワドの冷たい視線と、混乱している俺の視線が交錯する。


「やよいたんの気持ちに気付かねぇ、てめぇの鈍感さ加減には飽き飽きだ。本気で分からねぇって言うなら、俺はもう遠慮はしねぇ」

「ぐ、あ……ッ!」

「だがなぁ、気付かねぇフリ・・・・・・・をしてるってんなら……この場でてめぇを氷像にして飾ってやるよ」


 アスワドは、本気だ。

 言葉の端々から、俺を氷漬けにしようとしているのが分かった。

 このままだと本当に、氷像にされてしまう。


「離せ、アスワド……ッ!」

「たしかになぁ、やよいたんがてめぇに向けている想いは恋じゃねぇかもしれねぇ。歳の近い、年上の男に憧れる感情かもしれねぇ」


 アスワドはポツリポツリと小声で呟く。


「やよいたんの想いは、やよいたんしか分からねぇ。でもなぁ、いつまでも見て見ないフリしている、てめぇの態度が本当に気にくわねぇ」

「だ、から、何を……」

「男ならはっきりしろ。分かってんだろ__ずっとこのままなんて、ありえねぇってよ」


 ドクンッ。心臓が、跳ねる。

 アスワドの言っていることは、理解出来ない。出来ないけど、心の奥底……本能的な何かが、それを肯定していた。

 アスワドは舌打ちすると、俺を突き飛ばす。たたらを踏んで尻餅を着くと、アスワドは俺を見下していた。


「てめぇがどういう答えを出すかは知らねぇし、どうでもいい。てめぇがどう思おうが、俺はやよいたんを奪い取る」


 怒りが鎮まるのと同時に、アスワドの体から噴き出していた魔力が霧散していく。

 アスワドは短く息を吐いてから、俺に背中を向けた。


「てめぇがあの王女様の告白を断った理由、もうちょっと考えてみろ。出来ねぇなら、黙ってやよいたんが俺の物になるのを、指咥えて眺めてろや。じゃあな、色男」


 そう吐き捨てて、アスワドは手を振りながら去っていく。

 取り残された俺はそのまま地面に倒れ、大の字になった。


「俺がミリアの告白を断った、本当の理由……」


 タケルという人間が、自己中心的で自分勝手な男だから。

 タケルという人間が、音楽に惚れ込んでいる音楽バカだから。

 ミリアにはそう言った。俺自身、そう思っている。


「俺は……」


 ふと、夜空を眺めていると、一人の女の子の顔が思い浮かんだ。

 辛い時も楽しい時も、ずっと一緒に音楽をしてきたRealizeのギタリストの顔が。


 __タケル!


「はぁ……」


 ため息を漏らし、静かに目を閉じる。

 俺は、本当はどう思ってるんだろう?

 答えが出ないまま、俺はそのまま一時間ぐらい地面に寝転びながら考えるのだった。








 

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