二十曲目『挟み撃ち』

 ロイドさんを背負ったレイドを先頭に地下牢獄を走っていくと、巨大な岩で塞がれた大穴の前にたどり着いた。

 レイドは岩をコツコツと叩くと、確信を持ったように頷く。


「間違いない、ここが外に繋がっている抜け道だ」

「うーん、でもこの岩はそう簡単には壊せそうにないねぇ」


 アシッドが言う通り、道を塞いでいる岩はかなりの大きさ。壊すのも一苦労だし、壊すとなると絶対に気付かれるほどの音が響くだろう。

 だけど、あとはここから脱出するだけだ。一撃でぶっ壊せば、問題ないはず。


「どうする、タケル?」


 真紅郎の呼びかけに、俺はニヤリと不敵に笑って返す。


「みんなで岩に向かって、全力で攻撃するか」

「ハッハッハ! いいな、派手に行こうぜ!」


 俺の提案に、我先にとウォレスが賛成した。

 すると、やよいがやれやれと呆れたように首を横に振る。


「まぁ、そうなるよねぇ。仕方ない、やろっか」

「……全力で、ぶっ壊す」


 やよいは魔装を展開して斧を構えると、サクヤは気合充分に拳を握りしめた。

 俺とウォレス、真紅郎も魔装を展開し、それぞれ武器を構える。

 俺は剣、ウォレスはドラムスティックに紫色の魔力刃を纏わせ、真紅郎は銃型のベースを岩に向けた。

 それぞれが準備を終えて、岩に向かって全力で攻撃しようとすると__。


「__侵入者だぁぁッ! 重罪人ロイド・ドライセンの姿もない! 脱獄だぁぁ!」


 ロイドさんがいないことと、俺たちが侵入してきたことがバレたみたいだ。

 遠くの方で響いてきた兵士の声と、大量の足音がこちらに向かってきているのが聞こえる。


「みんな、急ぐぞ」


 時間がない。すぐに俺たちは武器を構え直し、魔力を練り上げた。

 そして、最初に俺から動き出す。剣を左腰に置いて居合のように構え、剣身と魔力を一体化させる。

 短く息を吐き、一気に駆け出した俺は岩に向かって剣を抜き放つように薙ぎ払った。


「__<レイ・スラッシュ・三重奏トリオ!>」


 ロイドさん直伝の技、レイ・スラッシュ。

 紫色の音属性の魔力を込めた一撃を、岩に叩き込んだ。

 轟音と共に音の衝撃が一つ、二つと重なり、岩に大きなヒビが入っていく。最後の三撃目の衝撃が岩を砕くのと同時に、ベースを構えていた真紅郎が弦を指で叩くように弾いた。


「<スラップ>」


 真紅郎が固有魔法のスラップを使うと、ネックの先端にある銃口から高密度に圧縮された魔力弾が放たれる。

 魔力弾は一直線に岩に向かっていき、俺がレイ・スラッシュを叩き込んだ箇所に寸分違わず着弾した。

 また轟音が響き、岩がメキメキと崩れていく。


「ハッハッハ! 喰らいやがれ! <ストローク!>」


 次にウォレスは豪快に笑いながら、目の前に展開していた魔法陣に向かってドラムスティックを振り下ろした。

 すると、魔法陣から音の衝撃波が放たれ、岩の破片が爆散しながらまた大きくヒビが入る。

 そこで、アシッドが後ろを睨みながら俺たちに向かって声を張り上げた。


「急いで、みんなぁ! もうすぐ追っ手が来るよぉ!」


 地下牢獄に響いた音に気付いた兵士たちが、こっちに向かってきている。

 剣を構えるアシッドに急かされ、やよいは斧を振り上げた。


「もう! 分かってるから急がせないでよ! <ディストーション!>」


 思い切り振り上げた斧を、やよいは地面に叩きつける。

 音の衝撃が地面を隆起させながら岩へと向かっていき、爆音と共に岩に大きな亀裂が走った。

 あと少しだ。俺は拳を構えて集中しているサクヤに向かって、叫ぶ。


「ラストだ! サクヤ、決めろ!」

「……任せて」


 サクヤは地面を蹴り、岩に向かって駆け出す。

 レイ・スラッシュと同じように音属性の魔力を纏わせ、一体化させた拳を振り被った。


「<レイ・ブロー>」


 今までで一番大きな轟音を響き渡らせ、サクヤの一撃が岩に叩き込まれる。

 音の衝撃波が岩を突き抜けると、亀裂が全体に走っていき__ガラガラと音を立てて砕け散った。

 岩がなくなると、外に繋がっている抜け穴に風が流れてくる。やった、と喜ぶ暇もなく後ろから兵士たちがこっちに向かって走って来ているのが見えた。


「俺が押し留めるから、タケルたちは先に急いで!」


 自ら殿を務めると、アシッドが兵士たちに向かって走り出す。

 アシッドは先頭にいた兵士を蹴り飛ばし、手のひらを向けた。


「<我放つは戦神の一撃>__<ライトニング・ショック>」


 スラスラと流れるように詠唱を終えると、手のひらから雷が放たれる。薄暗い地下牢獄に眩い閃光が迸ると、兵士たちの悲鳴が響いた。

 アシッドが足止めしている間に、俺たちは抜け道を駆け抜ける。


「レイド! この抜け道ってどのぐらい長いんだ!?」

「そこまで長くはない! だが、出口も塞がれているはずだ!」

「えぇ!? もう追っ手が来てるのに、またさっきみたいなことしなきゃいけないの!?」


 やよいは戦っているアシッドの方をチラッと見ながら、焦りに表情を曇らせていた。

 だけど、並走していたウォレスが笑い声を上げる。


「ハッハッハ! 問題ねぇノープロブレム! 行くぜ、サクヤ!」

「……分かった」


 ウォレスはサクヤに声をかけてから、二人で前を走り出した。

 すると、向かっている先に出口を塞いでいる大きな鉄の扉が見えてくる。

 分厚く、しかも補強までされた鉄の扉。あれを壊さないと、外に出られない。


「おい、ウォレス! どうするつもりなんだ!? あれ、さっきの岩とは比べ物にならないぞ!?」

「ハッハッハ! まぁ、見てろよ!」


 俺の心配をよそに、ウォレスとサクヤは鉄の扉に向かって猛進していく。

 そして、ウォレスは地面を削りながら急ブレーキすると、目の前に魔法陣を展開した。


「<ストローク!>」

「……フゥゥゥ」


 サクヤは頷き、ウォレスと同じように急ブレーキ。同時に、深く息を吸いながら拳に音属性の魔力を込めて振り被った。

 ウォレスもサクヤの隣で拳を握りしめると、足を強く踏み込む。


「合わせろよ、サクヤ! <エネルジコ><スピリトーゾ><フォルテ!>」

「……うん」


 以前までの音属性魔法は連続で重ねがけが出来ず、それぞれの魔法の間に<ブレス>という魔法で接続しないと使うことが出来なかった。

 だけど、今の俺たちはアスカさんとの修行により、ブレスを使わなくても連続での使用が可能になっている。

 それでも三つが限界・・・・・だけど、充分使いやすくなった。

 ウォレスは筋力強化エネルジコ魔法強化スピリトーゾ、最後に一撃強化フォルテを唱える。

 そして、事前に展開していた魔法陣に向かって、サクヤは音属性と一体化した拳を、ウォレスは全力で強化した拳を叩き込んだ。


「__ウォォォォリャアァァァァッ!」

「__<レイ・ブロー>」


 雄叫びを上げたウォレスとサクヤの拳が、魔法陣に打ち込まれる。

 二人の拳を受け止めた魔法陣は、その威力を倍増させて極大の音の衝撃波として放った。

 地面を砕きながら迫っていく衝撃波が、ビリビリと大気を震わせる轟音と共に鉄の扉に直撃する。

 補強されていた強固な扉が、衝撃波によって鈍い音を立ててひしゃげていき……。


 開かれることなく、止まった。


「……ハッハッハ、威力が足りなかったか」

「……失敗した。てへ」


 困ったように頬を掻くウォレスに、ペロッと舌を出しながらコツンと拳を頭に押し付けるサクヤ。

 二人を追い抜いた俺は、剣を構える。


「そこのバカ二人! やるならしっかりやれよ!?」


 こんな状況なのになんとも抜けている二人に怒鳴りつつ、魔力と一体化させた剣を折れ曲がっている鉄の扉に薙ぎ払った。


「__<レイ・スラッシュ!>」


 耳をつんざく音と共に、ひしゃげていた大きな鉄の扉を無理やり開け放つ。

 そのまま俺たちは外へと走り抜け__立ち止まった。


「……マジかよ」


 抜け道を抜けた先は、城から少し離れた城下町を一望出来る場所。

 だけどそこには、待ってましたとばかりに多くの兵士が出口を囲んでいた。

 後ろからは追っ手、目の前には待ち構えていた兵士たち__挟み撃ちにされた。


「誘い込まれた? ボクたちの動きが分かってないと、この状況は作れない。てことは、もしかして……」


 真紅郎が信じられないと、声を漏らす。

 そして、俺もある考えが頭を過ぎり、ギリッと歯を食いしばった。


「__最初から・・・・バレてたのか。俺たちがロイドさんを助けに侵入していたことを、闇属性は……ッ!」


 闇属性は俺たちがこの国に侵入したのを、最初から分かっていた。そうじゃないと、こんな状況にならないはずだ。

 俺たちがいるのが分かっていながら今の今まで放置して、ロイドさんを助け出して油断していたところで__罠に誘い込む。

 完全に、してやられた。


「俺たちは手のひらで転がされてたってことかよ……ッ!」


 闇属性がいる城を睨みながら、拳を握りしめる。

 その間にも兵士たちは武器を構え、徐々に俺たちを追い詰めていく。


「タケル、この状況は……」


 そこで、俺たちに追いついたアシッドが周りを見てから、顔をしかめた。

 抜け道の方から来た兵士たちも合流し、俺たちは兵士たちに取り囲まれる。

 俺たちは背後から襲われないように背中を合わせ、武器を構えた。


「どうする、タケル。この人数を突破するのは、ちょっと厳しいよ」


 冷や汗を流しながら、真紅郎が声をかけてくる。

 俺は頷いて返して、兵士たちに目を向けた。


「あぁ。しかも、あいつら……闇の兵士・・・・だ」


 さっきの研究施設で見つけた、強化兵士計画。ここにいる兵士たちはみんな、その計画で作られた闇の兵士だ。

 体に黒いモヤ__闇属性の魔力が揺らめいているのが、その証拠。

 間違いなく、一人一人が強敵。それが、この人数だ。そう簡単には突破出来そうにない。

 しかも、傷ついたロイドさんを守りながらだ。


「タケル……俺を置いて、逃げろ」


 そこで、レイドに背負われていたロイドさんが呟く。

 目を見開いてロイドさんを見ると、ロイドさんは静かに口角を上げながら真っ直ぐに俺と目を合わせた。


「お荷物にはなりたくない。俺なんか放って置いて……」

「__断る」


 ロイドさんが話している途中で、俺ははっきりと拒否する。

 呆気に取られているロイドさんから目を逸らし、俺は剣の柄を力強く握った。

 そして、どうにか笑みを浮かべて言い放つ。


「__師匠に似て、バカなんで」


 俺たちはロイドさんの弟子だ。そのロイドさんは俺たちを逃すために、マーゼナルの追っ手から守ってくれた。そのせいで、今までずっと地下牢獄に幽閉されて、ボロボロに痛めつけられた。


 そんなロイドさんの弟子の俺たちが、ここで師匠を置いていけるはずがない。


 すると、やよいたちはクスッと笑って武器を構え直した。


「そういうこと。師匠を捨てて逃げるなんて、あたしたちは教えて貰ってないし」

「ハッハッハ! 安心しろよ、ロイド! オレたちに任せとけって!」

「これぐらいのピンチなら、何度も潜り抜けて来たからね」

「……ぼくは、弟子じゃないけど」


 やよいも、ウォレスも、真紅郎もサクヤも……そんな薄情なことする訳ない。

 俺たちが諦めないと決めていると、レイドが小さく笑みをこぼす。


「いい弟子を持ちましたね、ロイド殿」

「まったく……バカな弟子を持ったな、俺は」


 そう言ってロイドさんはクツクツと笑うと、ため息を漏らした。


「__本当に、バカな奴らだ。俺を含めてな」


 ロイドさんの言葉に、思わず笑みをこぼす。

 だけどすぐに気合を入れ直し、取り囲んでいる兵士たちに目を向けた。


「さぁて、やるか! こいつらをぶっ飛ばして、脱出するぞ!」

「__かかれ!」


 俺たちが抵抗の意思を見せると、兵士たちは一気に襲いかかってくる。

 闇の兵士たちとの戦いが、始まった。

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