十八曲目『師匠との再会』
たしかな足取りで先を歩くサクヤに案内されて、俺たちは地下水道を進んでいく。
すると、水路が終わって石畳の通路の光景に変わっていった。
「……ここ、もう王城の下」
足を止めたサクヤが、声を殺して言う。
迷路のような地下水道を抜けて、ここからは王城の真下になる。つまり、敵が増えるってことだ。
警戒を強めて石畳の通路を歩いていくと、曲がり角の向こうで人の声が聞こえた。
男の声、二人。耳を澄ませて人数を確認した俺は、ウォレスとサクヤに目配せする。
そして、曲がり角から二人の男が現れた瞬間、俺たち三人が動き出した。
「__なッ!?」
「侵入者……ッ!?」
即座に反応した兵士の二人が武器を抜く前に、俺とサクヤはそれぞれ兵士の腕を掴んでこっちに引きずり込む。
体勢を崩した兵士の一人の襟首をウォレスが掴み、俺とサクヤはもう一人の兵士を前後で挟み込むように素早く動いた。
「__フッ!」
ウォレスは短く息を吐くと、力任せに兵士を地面に叩きつける。
「__シッ!」
俺とサクヤは、同時に前蹴りをもう一人の兵士に打ち込んだ。
一瞬で二人の兵士を戦闘不能にした俺たちは、見つからないように壁に寄り掛からせる。
先に進むと、分厚い鉄の扉がある場所にたどり着いた。扉の前にいた兵士たちを気絶させてから、サクヤが小さく頷く。
「……ここ」
どうやらこの先が、地下牢獄のようだ。
意を決して扉を開けると、ゾクッと背筋が凍る。
ズラッと鉄格子が並んでいる、掃除をしていないのか埃っぽくて薄汚れた地下牢獄。各牢獄にいる大量の収監者。
だけど、俺たちに気付いていない様子で、ブツブツと何か喋り続けていたり、コツコツと壁に額を押し付けたりと……様子がおかしかった。
「すげぇところだな」
顔をしかめたウォレスが、ボソッと呟く。
扉を開けた時に感じた寒気は、明らかに異常な収監者たちから発せられた異様な雰囲気を感じ取ったからだ。
すると、収監者たちを眺めながらレイドが口を開く。
「おそらくだが、脱獄する意思を奪うために何かしらの薬品を投与されている。それに加えてこの劣悪な状況での閉塞空間だ……精神に異常をきたしたのだろう。しかし、地下牢獄に入るのは初めてだが、こんなことになっているとはな」
レイドは吐き捨てるようにそう言うと、眉をひそめた。
例え犯罪を起こした人だとしても、こんな状況に追い込むなんて人道に反している。
騎士道精神を持つレイドには、許し難い光景なんだろうな。
「……こっちから、声がする」
そこで、耳を澄ませていたサクヤが先を指差した。
地下牢獄の最深部に向かうと、そこには他と比べて広めの牢獄があった。
そして、そこには__天井から吊るされた手錠をつけられた状態で、項垂れている一人の男の姿。
「__ロイドさん!」
短く切り揃えられた銀髪に黒ずんだ血と埃がこびりつき、ぐったりと項垂れながらヒューヒューとか細い呼吸をしている、左頬に傷がある四十代ぐらいの男。
間違いなく、ロイドさんだ。見間違えるはずがない。
鉄格子を掴みながらロイドさんを呼んだけど、反応がなかった。
急いで助け出さないと、と焦っているとアシッドが鉄格子にある錠前を見つめながら渋い顔をする。
「むぅ、これはそう簡単には外れそうにないねぇ。どこかにここの鍵を持っている奴がいると思うけど……」
「どいてくれ、アシッド」
どうにか錠前を外そうとしているアシッドに声をかけてから、魔装を展開した。
そして、握った剣を振り上げると、慌ててアシッドが離れる。
そのまま剣を振り下ろして、鈍い金属音を響かせながら錠前を斬り捨てた。
「ちょっとちょっと! さすがに強引すぎだよぉ、タケル? 今の音で気付かれるかも……」
「ロイドさん!」
嗜めてくるアシッドを無視して、急いでロイドさんに走り寄る。
近づいて改めて見たロイドさんの悲惨な現状に、愕然とした。
鞭で打たれたのか、身体中に刻まれた無数のミミズ腫れと切り傷。服はボロボロで、赤黒い血が滲んでいる。
腰元にあったマイク__俺が渡したアスカさんのマイクには、血がこびりついていた。
息はしてるけどかなり衰弱しているのか、何も反応がない。
その姿から、凄惨な仕打ちを受けていたのか一目瞭然だった。
「くッ……ロイドさん、ロイドさん聞こえる!?」
ゆさゆさと揺れ動かすと、ピクリと体が震える。
そして、ロイドさんはゆっくりと顔を上げた。
「……たけ、る、か……? なぜ、ここに……」
「そうです、タケルです! 助けに来ました!」
消え入りそうな声で呟いたロイドさんは、力なく笑みを浮かべる。
「馬鹿野郎、が……敵地のど真ん中だ、っていうのに……」
「いいから無理しないで!」
すぐに剣を振って天井から吊り下げられた手錠を斬り、解放されたロイドさんを受け止めた。
そのまま床に寝せて、レイドに声をかける。
「レイド、ポーションを!」
「あぁ、分かった」
レイドは魔装の収納機能で赤色の液体が入った瓶を取り出し、俺に手渡した。
真紅郎がロイドさんをゆっくりと抱き起こしてから、ポーションを飲ませる。
「ポーション? って、何?」
「我が国で作った薬だ。飲めば大怪我だろうと短い時間で治すことが出来る」
「へぇ、それは便利だねぇ。魔族……じゃなかった、ヴァべナロストではそんな薬まで作ってるんだねぇ」
ポーションを知らないアシッドにレイドが説明しているのを聞きながら、瓶を傾けて液体を飲ませた。
すると、ロイドさんはゲホゲホとむせ込む。
「ぐ……まずいな、これ……」
ポーションのおかげで次第に意識がはっきりしてきたのか、ロイドさんは深呼吸してから俺たちをジロッと睨んできた。
「まったく、お前らは本当に馬鹿だ……俺なんかのために敵地に忍び込むなんてな」
「師匠が師匠なんで」
「フンッ、減らず口を。可愛げのねぇ弟子だな」
ククッと小さく笑みをこぼしたロイドさんは、全身に走った痛みに顔をしかめる。
早く落ち着けるところで休ませないとな。すると、レイドがロイドさんに肩を貸して起き上がらせた。
「私がこの御仁を支える。タケル、戦闘は任せた」
「あぁ、頼んだ」
ロイドさんのことはレイドに任せることにして、すぐにここから脱出しよう。
レイドが背負おうとすると、ロイドさんは眉をひそめてレイドの顔をジッと見つめていた。
「お前、昔に見たことがあるな……そうだ、騎士団にいたローグのジジイに指導されてた見習いの」
「覚えて下さっていたとは。私はヴァべナロスト王国、六聖石の一人のレイド。以前はこのマーゼナル王国の騎士見習いで、ローグ様の弟子……つまり、貴殿の弟弟子です」
「クハッ、そうかそうか。あの小僧がこんなに成長するなんてな、俺も歳を取ったもんだ」
クツクツと笑うロイドさんをレイドが背負うと、腰元からマイクが落ちる。
拾い上げると、ロイドさんはマイクを見つめながら懐かしそうに目を細めていた。
「お前から渡された、あいつのマイク。死ぬほど抵抗して肌身離さないようにしてたんだ。まぁ、そのせいでだいぶ、痛めつけられたけどな」
マイク一つで脱獄出来る訳がないから、そのままにされたんだろう。例え痛めつけられても、ロイドさんはこのマイクを大事に持っててくれたんだな。
マイクを返すと、ロイドさんはマイクを優しく撫でながら呟く。
「そう言えば、ちょっと前に声が聞こえたんだよ。もう聞けるはずがないと思ってた、あいつの声がな。そうしたら、お前らが来たんだ」
「詳しい話はここを無事に脱出してからで。俺たちもロイドさんに話したいこと、いっぱいあるんですよ」
「ククッ、そいつは……楽しみだな」
ニヤリと笑みを浮かべるロイドさんに、俺も頬を緩ませる。
すると、アシッドは顎に手を当てながら何か考えごとをしていた。
「帰り道だけど、来た道を戻るより別の出口を抜けた方がいいかもしれないねぇ。さっき倒してきた兵士が見つかってないとも限らないし」
「ならば、以前ローグ様が幽閉されていたレイラ様を助け出した時に使った抜け道がある。そこを使おう」
乱心したガーディに、レイラさんもこの地下牢獄に幽閉されていた。その時、ローグさんたちがレイラさんを助け出して、ヴァべナロストに亡命したはず。
その抜け道を、レイドはローグさんに教えて貰ってたみたいだ。
「……最初からその抜け道を使えばよかったんじゃ?」
「いや、それは無理だ。確実にその抜け道は封鎖されているだろうからな。だが、ここからは脱出するのみ。魔法なりで強引に突破すればいい」
なるほどな。そういうことなら、遠慮なく無理やり押し通ろう。ここからは多少暴れても関係ないからな。
これからの行動を決めた俺たちは、レイドに教えて貰った抜け道に急いだ。
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