十六曲目『地下水道』
俺たちはユニオンから出て少し歩いたところにある、強固な鉄製の檻が取り付けてある水門までアシッドに案内された。
そして、アシッドは水門の隣にあった頑丈そうな鉄の扉に鍵を差し込み、ゆっくりと開け放つ。
「こっちこっち。足元が濡れてるから、気を付けてねぇ」
前を歩くアシッドが、小声で俺たちを手招きする。
アシッドに続いて地下水道に入ると、生ぬるい湿気とカビの臭いに顔をしかめた。
「うげ……かなり、臭うな」
「うぅぅ……こんなところ、進みたくないんだけどぉ」
腕で鼻を抑えながら呟くと、やよいが本当に嫌そうな表情で足を止める。
すると、後ろにいたウォレスが、やよいの背中をポンッと叩いた。
「ハッハッハ! そういう時はむしろ、鼻で息を吸って臭いに慣れた方がいいんだぜ? こうやって、スゥゥゥ……うぇぇぇッ!?」
「ちょっとウォレス、あんまりうるさくしないでよ」
「……くさい」
思い切り深呼吸をして吐きそうになっているウォレスに、真紅郎がジトッと睨みながら注意する。
サクヤも鼻を摘みながら顔をしかめていると、レイドが地下水道を見渡しながら顎に手を当てた。
「ふむ、地下水道の話は聞いていたが、初めて入るな」
「え? そうなのか?」
ガーディの乱心があってヴァべナロストに亡命したレイラさんたちについて行ったレイドは、元々この国の騎士見習いだったはず。
そのレイドが地下水道に入るのが初めてだと聞いて意外に思っていると、レイドは頷きながら答える。
「あぁ。地下水道は城にも繋がっていて、敵が侵入するのに最適だ。だから、ここの警備は騎士の中でも実力者、しかも限られた者しか任せていない。騎士見習いだった私には、縁のない仕事だったんだ」
「てことは……地下水道にいる騎士は、相当強いってことだな」
限られた実力者しか地下水道の警備を任されていないってことは、この先に待ち構えている敵は他と比べても強いってことになる。
これはますます見つからないようにしないとな。そう思っていると、アシッドが口元に人差し指を置きながら振り返った。
「静かに。少しの物音でもかなり遠くにまで反響するから、今まで以上に隠密で行かないとすぐに見つかるよぉ」
「あ……悪い」
アシッドに言われ、出来る限りの小声で謝る。
すると、アシッドはニヤリと笑った。
「と言っても、ここならまだ大丈夫だろうけどねぇ。今の内に、作戦会議をしようか」
「あぁ、そうだな」
ここから先を進めば、話し合う暇もなくロイドさんがいる地下牢獄まで一気に進むことになる。その前に、最終確認をした方がいいだろう。
俺たちは円陣を組んで、顔を突き合わせて作戦の再確認を始めた。
「さて、と。この地下水道は城下町の下を迷路のように張り巡らされてるから、普通なら迷子になっちゃうんだけど……内部の地図は全部記憶してるから、俺について来てくれたら迷わずに進めるよぉ」
「え? こ、この地下水道の地図を、頭に?」
「そうだよぉ。なんでも、マーゼナル支部のユニオンマスターになるには絶対に覚えないといけないらしくてねぇ。本当に複雑だから覚えるのが大変だったよぉ。二日もかかったし」
ロイドさんの代わりとして、ユニオンマスター代理になったアシッド。代理だとしても、内部の地図を覚えるのが必須だったようだ。
城を含めた城下町の地下という、広範囲に張り巡らされた地下水道の地図を二日で覚えたって、アシッドって実は頭がいいのか?
やれやれと面倒臭そうにため息を漏らしているアシッドを意外そうに見つめていると、やよいが手を挙げた。
「ねぇ、アシッド。ロイドさんがいる地下牢獄はどの辺りなの?」
「それがねぇ、城のほぼ真下にあるんだよぉ」
「……てことは、かなり警備が厳重そうだね」
真紅郎の言葉に、アシッドは肯定するように肩をすくめる。まさに、アリの這い出る隙もないってことか。
どれだけ隠密に進んでも、どこかで戦闘になりそうだな。バレないように背後から襲うしかないか。
すると、レイドが話に入ってきた。
「魔法の使用は禁止。出来るだけ素手で襲い、素早く気絶させる必要があるな」
「……ぼくの、出番」
この中で素手での戦闘に長けているのは、サクヤだ。サクヤは気合を入れるように、ムンッと拳を握りしめる。
「サクヤを中心に俺とウォレス、アシッドで敵をこっそり倒そう。やよいと真紅郎は周囲の警戒。レイドは殿で、後ろから敵が来た時は頼んだ」
「あぁ、任された」
大体の方針を決めた俺たちは、アシッドに道案内されながら地下水道を進んだ。
ピチョン、ピチョンと水滴の音が等間隔に響く、古い煉瓦造りの洞窟のような構造をしている薄暗い地下水道。
絶え間なく水が流れている水路の横を、俺たちは音を殺して警戒しながら歩いていく。
本当に迷路のようになってて、アシッドがいなかったら間違いなく迷ってたな。
そんなことを思いながらアシッドについて行き、曲がり角を右に進もうとした時__。
「__しっ」
角を曲がる前に、アシッドがハンドサインで俺たちを止める。
呼吸を浅くして気配を消していると、曲がり角の向こうから足音が聞こえてきた。
「よし。俺はこっちを見回りする。お前はそっちだ」
「あぁ、分かった」
二人の兵士たちの声が、地下水道に響き渡る。
兵士たちは二手に分かれ、一人がこっちに向かって歩いてきた。
近づいてくる足音に動揺していると、アシッドが無言で俺たちの方を見て口角を上げる。
そして、アシッドは壁に背中をつけて近づいて来る足音に耳を澄ませると__。
「むごッ!?」
曲がり角から兵士の姿が見えた瞬間、アシッドはまるで雷のような速さで兵士の口元を塞ぎ、俺たちがいる方へと引っ張り込んだ。
そのまま驚く兵士の口元を塞いだ状態でアシッドは背後に回り、腕で兵士の首を絞める。
兵士は足をバタつかせて抵抗しようとしていたけど、抵抗虚しく絞め落とされた。
「一丁上がり」
そう呟いたアシッドは、気を失った兵士をソッと壁に寄り掛からせる。
まさに電光石火。音もなく兵士を制圧したアシッドに、ウォレスは目を輝かせていた。
「すげぇぜ、アシッド。まるでニンジャだぜ」
小声で興奮しているウォレスに、アシッドは首を傾げる。この異世界で忍者が通じるはずがないだろ。
すると、ウォレスは懐からスカーフを取り出して口元に巻きつけ始める。
「ウォレス、まさかとは思うけど……その格好って?」
恐る恐る俺が聞くと、ウォレスは自慢げに親指を立てた。
「決まってるだろ? ニンジャスタイルだ」
やっぱりか。忍者を知っている俺と真紅郎、やよいは呆れてため息を吐く。忍者を知らないサクヤとアシッド、レイドは訝しげにウォレスを見ていた。
そして、ウォレスはアシッドの隣に来ると、鋭い目つきで声をかける。
「ヘイ、アシッド。次はオレにやらせてくれ」
「えぇ? まぁ、いいけど……大丈夫なの?」
「
チューニン? あぁ、中忍か。
少し心配だけど、本人がやる気みたいだから様子見するか。
とりあえず、俺たちは先を進んだ。もう引き返すことが困難なほど曲がりくねった道を歩いていくと、徐々に変化が訪れる。
さっきまでは明かりがなくてかなり薄暗かったけど、段々と壁に火の付いた松明がぼんやりと道を照らしていた。
つまり、出入りする人が多くなっているということ。ここからはより一層、警戒する必要がある。
「<マルカート>」
ここで、真紅郎が小声で
強化された聴覚で耳を澄ませていた真紅郎は、ハンドサインで次の曲がり角に二人いると伝えてくる。
無言で頷いてからこっそり覗き込んでみると、そこには大きな鉄の扉の前に二人の兵士が立っていた。
二人の兵士は扉を守りながら、何気ない会話をしている。警戒している様子もないし、俺たちがここにいることはバレてないみたいだな。
「ヘイ、タケル。任せろ」
そこで、ウォレスがコソコソと声をかけてきた。
何か考えがあるのか、ウォレスは自信ありげに笑みを浮かべている。
とりあえず、ウォレスに任せてみよう。頷いて返すと、ウォレスは俺たちに離れるように合図してから足元に落ちていた小石を拾い、ヒョイッと投げた。
投げられた小石は弧を描きながら飛んでいき、二人の兵士の前で小さな音を立てて転がる。
「__誰だ」
その瞬間、会話をしていた二人の兵士は即座に警戒態勢に入り、剣を抜いた。
さすがは地下水道の警備を任されている実力者だ、咄嗟の反応が速い。
そして、俺たちが隠れている曲がり角の方に近づいて来る、二人の足音が聞こえてきた。
どうするのか、とウォレスの方を見ると、ウォレスは壁の煉瓦の隙間に足をかけ、軽やかに上に登っていく。
「そこにいるのは誰だ__うぐぇ!?」
兵士の一人の姿が曲がり角から出てきたタイミングで、上から落下してきたウォレスが兵士にのしかかった。
兵士にのしかかったのと同時に、ウォレスは延髄に手刀を喰らわせる。
「な、なんだおま__ぐあッ!?」
兵士の一人を気絶させると、もう一人の兵士が突然の出来事に目を見開きながら驚いていた。
その隙を狙い、ウォレスは素早い動きで兵士の肩を掴むと、グルリと半回転させながら兵士を投げて地面に叩きつける。
しかも、ウォレスは地面に叩きつける時に肘を兵士の腹部に打ち込んでいた。
淀みのない動きで兵士の二人を沈黙させたウォレスは、姿勢を低くしながら耳を澄ませて周囲を警戒する。
「__クリア」
そう呟きながら、ウォレスは警戒を解く。
今の戦闘音で、誰かが近づいて来る様子もない。完璧な隠密戦闘だった。
ニンジャソウルやら、チューニンやらとふざけてるのかと思ったけど……あれだな、成り切るのって意外と大事なんだな。
普段のウォレスからは想像出来ない静かで軽やかな戦闘に、アシッドは感心したように笑みを浮かべる。
「やるねぇ、ウォレス」
「いや、オレはまだまだだ。本物のニンジャは、もっとすげぇぜ?」
ウォレスの思っている忍者ってどんなんだよ。
というツッコミを心の中でしつつ、俺たちは気を失っている兵士を隅の方へ転がしておく。
そして、大きな鉄製の扉を静かに開けた。
「__なんだ、これ」
扉の向こうは、不気味な空間が広がっていた。
無数に並んでいる緑色の液体が入った、カプセルのような形をした大きいガラスの水槽。
その中には__
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