十七曲目『地下研究施設』

 さっきまでの煉瓦造りの地下水道とは違い、白を基調とした広い空間。

 そこには所狭しと緑色の液体に満たされた、人が入っているカプセルが置かれていた。

 他にもデスクがあり、何百枚もの羊皮紙が乱雑に散らばっている。


「ここは……研究施設みたいだね」


 唖然としている俺たちの中で一人、真紅郎は部屋を見渡しながらそう呟いた。

 すると、アシッドが訝しげに顔をしかめながら口を開く。


「うーん、おかしいねぇ。こんなところがあるなんて、俺も聞いたことがないよぉ。地図にもこんな場所なかったし」

「……マーゼナル王国の最重要機密なんじゃないかな? その証拠に、あそこのカプセル。多分、あの中に眠っている人たちは__研究の実験体・・・だよ」


 そう言って真紅郎は、所狭しと置かれているカプセルを指差した。 たしかに、マーゼナル王国では非人道的な研究が行われている。

 例えば、<人工英雄計画>__英雄アスカ・イチジョウの代わりになる者を人工的に作り出すために、魔臓器を移植するという人を人と思ってないような研究を、この国では行われていた。


 そして、その計画の実験体が__サクヤだ。


 サクヤの方に目を向けてみると、サクヤは突然頭を抱えて膝から崩れ落ちた。


「う、ぐ……あ……ッ!」

「さ、サクヤ!?」


 額に脂汗を滲ませながら悶え苦しむサクヤに、俺たちは慌てて駆け寄る。


「おい、サクヤ! 大丈夫か!?」

「ぐ……たけ、る……」


 俺の呼びかけに反応したサクヤは、俺の服を力一杯掴んでくる。

 そして、サクヤは震える指で研究施設を指差した。


「……ぼ、く……ここ、知ってる……ッ!」

「__まさか、サクヤ。キミはここで」


 絞り出したような声で呟くサクヤの言葉を聞いて、真紅郎は察したのか目を見開く。

 サクヤは頷くと、ゆっくりと深呼吸して落ち着いてから話を続けた。


「……ぼくはここで、実験を受けてた。多分、そこの容器にいる人たちは、ぼくと同じ実験体」

「人工英雄計画のか?」

「……違う。<強化兵士計画>の、だと思う」


 強化兵士計画と聞いて、俺は以前に戦った奴のことを思い出す。

 ユニオン本部に襲撃してきた、仮面の男。そいつは自分のことを、強化兵士計画の実験体だと言っていた。

 ガーディの邪魔をする、全ての障害を潰すための兵士。自ら望んで非人道的な実験を受けた結果、顔の肉が極限まで削ぎ落とされた骸骨のような姿をしていた。

 その計画の実験体が、ここにあるカプセルの中に眠っている人たちなのか。


「ヘイ、タケル。サクヤの言ってることは、正しいみたいだぜ?」


 ふと、話を聞いていたウォレスが真剣な表情で口を開いた。

 ウォレスの手には、一枚の羊皮紙。そこに書かれていたタイトルは__。


「__強化兵士の闇属性に対する拒絶反応。そうか、闇属性の力で強化してたんだな」

「あぁ、そうみたいだぜ?」


 ウォレスが手渡してきた羊皮紙を読みながら、カプセルの方に目を向ける。

 ここにある全てのカプセルには太いパイプが繋がっていて、研究施設の奥の方に伸びていた。そのパイプには、闇属性の魔力・・・・・・が流れているらしい。

 カプセルの中に眠っている人たちに致死量を超える魔力を液状にして注ぎ込むことで純度の高い闇の兵士を作り出す、と羊皮紙に書かれていた。

「ねぇ、タケル。てことは、あたしたちはここにいる人たちみたいな……闇の兵士と戦わなくちゃいけないってこと?」


 やよいが心配そうに声をかけてくるのに対して、俺は静かに頷く。

 大半の兵士は闇属性に適応出来ずに、拒絶反応が出るらしい。だけど、この計画はかなりの数の実験を行なっているようだから、間違いなく相当な数の闇の兵士を準備しているはずだ。

 つまり、マーゼナルとの戦争で確実に、俺たちは強化された闇の兵士と戦うことになる。

 元から厳しい戦いになるとは思ってたけど、これは認識を改める必要があるな。

 すると、レイドが俺の肩に手を乗せてきた。


「安心しろ、タケル。貴殿には私たちを含めた、多くの戦友がいる。例え強化されようとも、大丈夫だ」

「……あぁ、そうだな。頼りにしてるよ」


 俺の強張っている顔を見て、レイドは頬を緩ませながら元気付けてくれたみたいだ。

 どうにか笑みを浮かべて答えていると、サクヤがフラフラとした足取りで研究施設の奥に進もうとしていた。


「おい、サクヤ。大丈夫なのか?」

「……うん。あと、思い出したことがある」


 蓋をしていた忌まわしい記憶を思い出したサクヤを心配して声をかけると、サクヤは鋭く研究施設の奥を睨みながら口を開く。


「……この施設の先に、牢屋があった。ぼくは、そこを通ってここに来た」

「本当か? てことは、この先に」

「……うん。ロイドが、いる」


 サクヤの言っていることが本当なら、この先に地下牢獄がある。

 目的地までもう少しだ、と俺たちが先を急ごうとした時__。


「ん? これは?」


 サクヤを戦闘に奥に進もうとしていたみんなの後ろで、俺はふと足を止めた。

 目についたのは、デスクに散乱していた羊皮紙の束。その一枚に書かれたタイトルを見た俺は、目を見開いて唖然とした。


「なん、だ、この計画は……ッ!?」


 俺の声を聞いて、みんなが振り返る。

 みんなが首を傾げる中、俺は震える手で羊皮紙を持ち、そこに書かれていた内容を目で追っていた。


「タケル? どうしたの?」


 俺の様子を見て心配したのか、やよいが声をかけてくる。

 俺は答えることなく、ゆっくりと羊皮紙をみんなに見せつけた。


「あいつら、もっとやばい計画を立ててるみたいだ」

「やばい計画? ヘイ、タケル。それってどんな__ッ!?」


 訝しげにしていたウォレスは羊皮紙に書かれていたタイトルを見て、動きを止める。

 他のみんなも同じように羊皮紙の内容を知って、戦慄していた。


 そこに書かれていたタイトルは__。


「__<異世界侵略計画>。あいつら、俺たちの世界・・・・・・に手を出すつもりだ……ッ!」


 俺たちにとっての異世界は、この世界。この世界の人にとっての異世界は__俺たちの世界だ。

 闇属性はこの世界に飽き足らず、俺たちの世界すらも手中に収めようとしている。

 その羊皮紙に書かれてた内容を、俺はみんなに読み聞かせた。


「……英雄アスカ・イチジョウの情報から、我々は異世界の存在を認知した。そして、同郷の者の召喚にガーディ様は成功した。我々はガーディ様と共に異世界を侵略し、未知の探求を行うことを決める。そのためには、異世界への逆召喚・・・の方法を模索することが最優先される」

「逆召喚? その方法は書いてるの?」

「いや、書かれてない。多分、まだ見つけてないのかも」


 真紅郎の問いに、俺は首を横に振る。少なくとも、この羊皮紙には書かれてなかった。

 でも、もしもその方法が分かれば……。


「俺たちが帰れる手段が分かるかもしれないな」


 俺たちは今まで、元の世界に戻る方法を探していた。

 ガーディからは全ての魔族を討伐すれば戻れるって言われてたけど、それは間違いなく嘘だろう。

 だけど、もしかしたらこの国に俺たちが元の世界に戻れる方法があるのかもしれない。

 色々と旅をしてきた結果、その答えがスタート地点で見つかる可能性があるなんてな。

 すると、やよいは真剣な表情を浮かべて、拳をギュッと握りしめる。


「……あたしたちの世界を、守らないと」

「あぁ、そうだな」


 そうだ。俺たちが元の世界に戻れる方法も大事だけど、ガーディ__闇属性がしようとしている異世界侵略計画。それを止めないといけない。

 まさかこの世界を救うだけじゃなくて、俺たちの世界も守ることになるとは思ってもなかった。

 

「ハッハッハ! まぁ、やることは変わらねぇよ。闇属性をぶっ飛ばせば、全て解決だろ?」


 ニヤリと不敵に笑うウォレスに、俺たちは同時に笑みを浮かべる。

 その通りだ。あいつらの目的がなんだろうと、諸悪の根源の闇属性をぶっ飛ばせば丸く収まるな。

 この世界も、俺たちの世界も、闇属性の好きにはさせない。


「……ここ、壊す?」


 ふと、サクヤが研究施設を見渡しながら聞いてくる。

 たしかに、この研究施設をそのままにしておく訳にはいかない。

 だけど、そこでアシッドが慌てて止めに入った。


「待った待った。気持ちは分かるけど落ち着いてねぇ」

「あぁ、そうだ。ここで騒ぎを起こせば、ロイド救出作戦が失敗に終わりかねない」


 アシッドに続いて、レイドも反対する。

 俺たちの目的は、あくまでロイドさんの救出だ。この研究施設をそのままにしたくないけど、まずは目的を果たすことが最優先だな。

 納得した俺たちはここを素通りすることを決めて、奥にあった扉に向かう。 

 扉の向こうはまた薄暗い地下水道が広がってて、さっきよりも整備されている様子だった。


「……ここから、ぼくが案内する。こっち」


 ここを通った時の記憶が蘇ったサクヤが、アシッドに代わって道案内をする。

 俺たちはサクヤを先頭に、静かに地下水道を進むのだった。





 

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