四曲目『闇属性の本来の力』
ライラック博士は書類の山から、一枚の羊皮紙をテーブルに広げる。
そこに書かれていたのは<転移症候群を引き起こす原因となる、黒い魔力についての概要>と銘打たれていた。
「さて、まずは私の話を聞いて欲しい。私たちはシランが息を引き取ってから、がむしゃらにあらゆる研究資料を集め、読み漁ってきた」
ライラック博士はそう言うと、コホンと咳払いしてから話を続ける。
「転移症候群とは、自身の魔力を強制的に使用して転移するという奇病。魔力が足りなければ命を削ってでも引き起こされる病気だ。今までの罹患者はシランを含めて五人。シランは幸か不幸か、魔力量が多かったから十三回の転移に耐えられたが……他の罹患者は、一回の転移で亡くなっている」
その話は、前に聞いていた。
転移に使われる魔力は膨大で、シラン以外の罹患者はたったの一回で全ての魔力を__命すらも奪われてしまっているということ。
俺たちが頷くと、ライラック博士は深刻な表情を浮かべた。
「原因は分からず、突き止めたことは
俺とサクヤは黒いモヤ__闇属性の魔力を見ることが出来る。そして、シランの体に纏わりついていた黒いモヤを見て、ライラック博士に伝えていた。
その結果、ライラック博士は黒いモヤが原因だと確信し、研究をしてきたけど……結果的に、俺たちは間に合わなかった。
そのことを思い出して顔をしかめていると、ライラック博士が優しく微笑む。
「いいんだ、タケル。シランは最後まで、キミたちのおかげで幸せだったからな……話を続けよう。私たちはその黒いモヤ、魔力に関することを重点的に調べ上げた。そこで、だ。これが役立ったんだ」
そう言ってライラック博士がテーブルに置いたのは、一輪の花。
白い花弁のその花はたしか……<ルナフィール>って名前だったはず。
ライラック博士はルナフィールの花を見つめながら、口を開いた。
「キミたちが摘んでくれた、このルナフィール。太陽の光を蓄え、夜のなると淡く光るこの花はシランの病気……転移症候群に効果がある薬の原料になっていた。だけど、この花には
「もう一つの力? それってなんですか?」
俺が首を傾げて聞くと、ライラック博士は別のルナフィールの花をテーブルに置く。
だけどそのルナフィールの白い花弁は、
「シランが息を引き取ってから、私たちはルナフィールの花弁が黒く変色していることに気付いた。そしてそれを調べた結果__この花弁に、黒い魔力が宿っていることが分かった。そこでようやく、私たちの研究が一気に進んだという訳だ」
「えぇ。この黒い魔力の特色、どのような効果があり、どう人に影響を及ぼすのか。それをボクたちは突き止めたんです」
ライラック博士の話を引き継ぎ、ジーロさんが黒く変色したルナフィールの花を手に取る。
そして、真剣な眼差しで俺たちに向かって言い放った。
「この黒い魔力は既存の属性とは一線を画す存在ということ。そして、生命に取り憑き、
ジーロさんの話を聞いて、俺たちは唖然とする。
それはまさに、闇属性の力。二人は独学で諸悪の根源、闇属性のことを突き止めていた。
俺は息を呑みながら、二人に闇属性について話す。
「ライラック博士、ジーロさん。その黒い魔力ですが……そいつは、闇属性と呼ばれているんです」
「闇属性、か。なるほど、たしかに黒い闇そのものだ。そうか、キミたちはもうこいつの存在を知っていたんだな」
「ごめんなさい。あたしたちが、もっと早く伝えていれば……」
本当ならもう少し早く、二人に伝えておけばよかったのかもしれない。そうすれば、二人の研究もかなり進んでいたはずだ。
やよいは申し訳なさそうに顔を俯かせて謝ると、ライラック博士とジーロさんは怒った様子もなく頬を緩ませていた。
「いいんだ、キミたちもそんな暇はなかったんだろう? 私たちは気にしていない」
「そうですよ。やよいさん、大丈夫ですから顔を上げて下さい」
二人の優しい言葉に、やよいは涙目になりながら頷く。
そして、ライラック博士は気を取り直して、話を再開した。
「さて、その闇属性と言ったな。タケルたちが知っていることを、教えてくれないか?」
「はい。二人が調べた通り、闇属性は生き物を侵食して操る力を持っています。そして__この闇属性には、意思が宿っているんです」
闇属性はそれ自体に意思を持ち、世界に悪意を抱いている存在。
そのことを伝えると、ライラック博士とジーロさんは驚いた様子__かと思ったら、むしろ納得したと言わんばかりに何度も頷いていた。
「やはりな。私たちの研究通りだ」
「えぇ、そうですね。黒い魔力……いえ、闇属性の魔力は意思があるような動きをしてましたから」
「まさか、そこまで突き止めてたんですか……ッ!?」
二人は闇属性が意思を持っていることすらも、解き明かしていたようだ。
伝えた俺たちの方が目を見開いて驚いていると、ライラック博士は顎に手を置きながら思考を巡らせる。
「ふむ、そうだな。とりあえず、私たちが調べた研究結果を話していこう。もしかすると、キミたちが知らないことも解き明かしている可能性がある」
「情報の共有は大事ですからね。万が一、重要な情報がこぼれ落ちるかもしれません。それだけは避けた方がいいでしょう。もしも知らない情報があれば、話の途中で教えて下さい」
二人の提案に、俺たちは頷いて返した。
そして、ライラック博士は研究結果をつらつらと語り始める。
「まず、転移症候群は闇属性が<魔臓器>にまで侵食することで発症する。罹患した人間は魔臓器を蝕まれた結果、強制的に魔力を奪われ、転移することが分かった」
魔臓器。魔法を使う上で重要な、後頭部の辺りにある臓器のこと。
侵食した闇属性がその魔臓器を蝕むことで、転移症候群が発症するとライラック博士たちは調べ上げたようだ。
次に、ジーロさんが話を引き継いだ。
「そして、闇属性は魔臓器を侵食__いえ、
「__待って下さい。同化、ですか? 侵食じゃなくて?」
そこで、真紅郎が話に割り込む。俺たちも初めて聞く情報だ。
すると、ジーロさんは目をパチクリさせながら答える。
「はい、同化です。黒い魔力、闇属性の力は__
まるで当たり前のことのように、ジーロさんは言った。だけど、そんなこと聞いたこともない。
唖然としている俺たちを見て、ライラック博士は「ふむ」と呟いた。
「どうやら、情報の共有をして正解だったようだな。そう、闇属性の力は侵食ではなく、同化。人だろうと魔法だろうと、全てを自分の物にする力だ」
それが、闇属性の本当の力。
だから人やモンスターを操ったり、魔法が飲み込まれたりしていたのか。
やっぱり、ライラック博士たちに会いに行って正解だった。この情報は、マーゼナルと戦おうとする全員に共有しないとな。
俺はライラック博士たちに全てを話すことを決め、俺の中に眠っている<光属性>についても話す。
「実は、闇属性に対抗出来るのは俺の中にある、光属性だけなんです」
「ほう? 闇を照らす光、か。なるほど、道理だな」
「てことは、光属性も本当の力があるんですか?」
闇属性の本当の力が同化なら、相反する属性の光属性にも本当の力があるのかもしれない。
そう思って聞いてみると、ライラック博士は静かに首を横に振った。
「いや、申し訳ないが分からない。私たちが調べていたのは、闇属性についてだけ。そもそも、光属性という力があることすら今知ったからな。」
「そう、ですか……」
「ですが、そういうことなら可能性はありますよ。闇属性に対抗する光属性……同化とは別の力があってもおかしくありません」
残念に思っている俺に、ジーロさんは頬を緩ませながら口を開く。
たしかに、ジーロさんの言う通りだ。可能性はゼロじゃない。
とりあえず、研究結果を話し終えたライラック博士は疲れたのか深く息を吐く。
「私たちが話すことは以上だ。キミたちの役に立てたかな?」
「えぇ、もちろんです! 本当にありがとうございました!」
二人の研究は、間違いなく闇属性と戦う上で大事なことだった。
シランの死をきっかけに、二人は今に至るまで研究に没頭していたんだろう。
二人の熱意に感服していると、ウォレスがボソと呟いた。
「ヘイ。そうなると、ますます二人が
「……絶対に、狙われる」
ウォレスの言葉に、サクヤが続く。
俺たちが目を合わせて頷き合っていると、ライラック博士は首を傾げた。
「狙われる? どういうことだ?」
「ライラック博士、ジーロさん。二人は闇属性に狙われる可能性が高いんです。俺たちがここに来た理由は研究結果を聞くことと……二人を保護しになんです」
知りすぎてしまった二人を、闇属性が放っておくはずがない。
ここに来た理由を伝えると、真紅郎が話を引き継いだ。
「この世界において、二人は誰よりも闇属性の研究が進んでいます。そして、奴がそれを見逃すはずがない。奴は自身のことを知られることを、何よりも恐れています」
「だから、あたしたちと一緒に逃げよう! ここにいたら、殺されちゃうから!」
やよいにとって、ライラック博士とジーロさんはシランの大事な家族。
それ以上に、殺されそうなっている人たちをそのままにしておくことなんて出来るはずがない。
やよいの必死の懇願を聞いたライラック博士とジーロさんは、静かに首を横に振った。
「いや、それは出来ないな」
「えぇ、ここから離れる訳にはいきません」
まさかの拒否に、俺たちは愕然とする。
どうして、と聞く前にライラック博士はニヤリと笑って答えた。
「私たちは研究者だ。研究の結果、知ってはいけないことを知ることなんて多くある。命を奪われることなど、最初から覚悟しているんだ」
「それでも、ボクたちは研究をするんです。例え危険が迫っていようと謎を解き明かし、誰かを助けるために」
自分の命が脅かされようとも、誰かの助けになるなら研究を続ける__研究者としての覚悟。
意地とも言える二人の決意を聞いて、やよいは唇を噛みしめる。
「でも、でも……ッ!」
「それにな、やよい」
やよいがどうにか説得しようとすると、ライラック博士は優しく笑みを浮かべながら、やよいの頭を撫でた。
「私たちはそれ以上に__シランを一人にする訳にはいかないんだ」
ライラック博士とジーロさんが離れれば、ここに眠っているシランが一人になる。
そう言ってライラック博士は、真剣な眼差しで俺たちを見渡した。
「研究者として、シランの父親として! 私はこの地を離れない! 例え命の危険が迫っていようとも!」
「ボクも同意です。申し出はありがたいと思っています。でも、ボクたちは離れられないんです。死ぬ恐怖よりも、シランを一人にすることの方がもっと怖いんですよ」
二人の決意は硬い、その瞳を見てすぐに分かった。
これはどうやっても動く気はないだろう。やよいもそれが分かったのか、力強く頷いた。
「分かった。だったら、あたしにだって考えがある」
やよいは目に涙を浮かべながら、はっきりと宣言する。
「__二人を守るために、闇属性に襲われる前にあたしたちがあいつを倒す!」
逆転の発想。襲われるなら、襲われる前に倒せばいい。シンプルだけど、それしかないよな。
すると、ウォレスが吹き出しながら豪快な笑い声を上げた。
「ハッハッハ! シンプルでいいじゃねぇか! 難しく考えるのは嫌いだからな!」
「うん、そうだね。それが一番、手っ取り早いよ」
「……闇属性、ぶっ倒す」
「きゅきゅー!」
俺たち全員、やよいの意見に賛成だ。
俺はニヤリと笑うと、呆気に取られている二人に言葉をかける。
「そういうことなんで、安心して下さい。二人が襲われる前に、決着つけてきます」
「あぁ、そうしてくれると助かるな。期待している」
「えぇ。キミたちなら出来ますよ」
俺たちを見つめながら、二人は嬉しそうに頬を緩ませていた。
そうと決まれば、すぐにでも動かないとな。そう思っていると、ライラック博士は思い出したように声をかけてきた。
「あぁ、そうだ。キミたちに渡したい物があるんだ」
「渡したい物ですか?」
「少し待っててくれ」
ライラック博士はリビングを出て、二階にある研究室へと向かっていった。
待っていると、ジーロさんが優しく微笑む。
「おそらく、皆さんの役に立つ物ですよ」
いったいなんだろう?
期待して待っていると、何かを持ったライラック博士がリビングに戻ってきた。
「これだ」
不敵に笑いながらテーブルに置いたのは__ガラスの小瓶だった。
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