十八曲目『調律』

「さて、今日はみんなで調律・・をしてみよう!」


 神域で修行を始めて、一週間が経った頃。俺たち全員を集めたアスカさんは、拳を空に向けながら今日の修行内容を言い放った。

 だけど、俺たちはよく分からずに首を傾げる。そんな俺たちにアスカさんは「あ、あれ?」と困惑していた。


「ど、どうしたのみんな? 私だけテンション高くて、恥ずかしくなってくるんだけど……」

「いや、だってよぉ……」


 頬を赤く染めて恥ずかしそうにしているアスカさんに、ウォレスが困ったように頬を掻く。


「いきなり調律チューニングをするって言われて、さすがのオレでもテンションなんて上がらねぇぜ?」

「そもそも俺たちの魔装は、チューニングする必要がないですよ?」


 ウォレスに続いて、俺も口を開いた。

 俺のマイクも含めて、やよいのギターとか真紅郎のベース、ウォレスとサクヤの楽器__魔装は、何もしなくても自動的にチューニングされている状態になる。

 やよいたちも俺の言葉に同意するように頷いていると、アスカさんはなるほどと手をポンッと打ち鳴らした。


「違う違う、私が言った調律は楽器のことじゃないよ。キミたちの音属性__魔力の調律・・・・・

「魔力の調律? どういう意味ですか?」


 楽器じゃなくて、魔力の方の調律だとアスカさんは言う。それでもよく分からずに真紅郎が問いかけると、アスカさんはコホンと咳払いしてから説明し始めた。


「魔法にはね、それぞれ適した魔力量というのがあるんだよ。闇雲に大量の魔力を注いでも、効果は同じ。なら、無駄な消費を避けるためには魔力を最適化するように調節しないといけない」

「……燃費をよくする、ってこと?」

「その通り!」


 説明を聞いたサクヤがざっくりと纏めると、アスカさんは親指を立ててからワシワシとサクヤの頭を撫でる。

 くすぐったそうに目を細めるサクヤから離れると、アスカさんは話を続けた。


「この先、キミたちは闇属性の戦う。多分、長時間の戦闘になると思うんだ。それなのに途中で魔力が切れて戦えなくなったら困るでしょ?」

「たしかに、困る。あたしたちの魔力量はタケルよりも少ないし」


 やよいの言うように一般的な人たちよりも多いけど、俺の魔力量に比べれば少ない。

 どれだけ戦闘が長くなるかは分からないけど、魔力の消費量は少しでも抑えた方がいいだろう。

 全員が納得していると、アスカさんは人差し指を立てた。


「そこで、必要なのが……これ!」


 アスカさんが立てた人差し指をタクトのように振って地面に向けると、ボフンッと音を立てて煙が上がる。

 そして、煙が晴れるとそこには__かなり大きい、U字型の音叉が現れた。


「デカッ!?」

「ふっふっふ、凄いでしょう? この特別性の音叉を使って、修行をするよ!」


 身の丈近くある音叉に驚いていると、アスカさんは自慢げに胸を張る。

 呆気に取られている俺たちにアスカさんはコツコツと音叉を叩きながら、口を開いた。


「さて、まずはキミたちの魔力量が最適化させていくんだけど……正直、それに関しては問題なさそうなんだよね。みんな、しっかり修行してて偉い!」

「……やる必要、ない?」

「それは違うよ、サクヤ! だったらこんなの用意しないって! 最適化が必要なのは__私もやったことがない・・・・・・・・魔法だよ」

「アスカさんがやったことがない魔法?」


 疑問符を浮かべていると、アスカさんはニヤリと不敵に笑って答える。


「それは、<ライブ魔法>だよ」


 ライブ魔法。俺たちRealizeの必殺技とも言える、ライブをしながら全員の魔力を使って放つ<合体魔法>だ。

 たしかにアスカさんがやったことがない魔法で、俺たちだけが使える魔法。ライブ魔法の最適化ってことは、消費魔力量が減らせるのか。

 合点がいくと、ウォレスが感嘆の声を上げる。


「ヘイ! そいつはすげぇ! それが出来れば、ライブ魔法が打ち放題だぜ!?」

「うん、ライブ魔法の燃費がよくなるなら、火力だって上がるよ」

「ライブ魔法って、結構魔力使うからね!」

「……ライブし放題。サイコー」


 ウォレスに続いて真紅郎、やよい、サクヤが嬉しそうにはしゃぎ始めた。

 俺も正直、嬉しいな。全員の魔力を使っているとはいえ、そう何度も使えるものじゃなかったし。

 喜ぶ俺たちを見て、アスカさんは手を鳴らした。


「はいはい、喜ぶのはまだ早いよー? ぶっちゃけ、かなり難しいと思う。一人じゃなく、みんなの魔力を均一にしないといけないんだからね。全員で音合わせするように、魔力を調律するのが今回の修行の内容だよ」


 そう言われると、たしかに相当難しそうだ。

 音を合わせるように、全員の魔力を均一に最適化させないといけないのか。


「みんなで同時に音を出して、その音に魔力を込めてこの音叉にぶつけてね。ばらつきのない均等な魔力じゃないと、この音叉は振動しないから」

「分かりました」

  

 アスカさんの説明を聞いて、とりあえず試しにと俺たちは魔装を展開してそれぞれ構えた。


「よし、やるぞ」


 やよいはギター、真紅郎はベース、サクヤは魔力で出来たキーボードを一音鳴らし、ウォレスはドラムセットを模した魔法陣をドラムスティックで叩く。

 俺はロングトーンでマイクに声を通し、全員で奏でた音に魔力を込めた。

 重なった魔力を込めた音が音叉にぶつかるも、音叉はピクリとも振動しない。


「もう一度」


 アスカさんの合図でもう一度やってみたけど、中々音叉は振動しなかった。

 すると、ウォレスが手を挙げる。


「ヘイ! コツとかねぇのか? これじゃあ、いつまで経っても出来ねぇぜ」

「うーん、コツねぇ……」


 ウォレスの質問にアスカさんは顎に人差し指を置いて考えると、ビシッと俺を指差してきた。


「それに関しては、タケル。キミが得意なんじゃないかな?」

「え? お、俺?」


 いきなり話を振られて目を丸くする。俺が得意ってどういうことだ?


「タケル、ちょっと剣を貸して?」

「あ、はい。どうぞ……」

「ありがと。みんな、見ててね」


 アスカさんは俺が渡した剣を構えると、剣身と魔力を一体化させる。

 そして、音叉に向かって剣を薙ぎ払った。


「__<レイ・スラッシュ>」


 レイ・スラッシュが音叉に叩き込まれると、音叉は大きく振動しながら音を響かせる。

 それはつまり、魔力が均等で最適化されている証拠だ。

 アスカさんは俺に剣を返すと、小さく笑みを浮かべる。


「こういうことだよ。コツは、レイ・スラッシュってこと」

「そうか、レイ・スラッシュは剣身と魔力を一体化させる技。魔力を均一にしないと、威力が出ない。感覚が似てるのか」


 緻密な魔力コントロールが必要なレイ・スラッシュは、剣身と魔力を一体化させないと本来の力が出ない。意外と難しい技術を要求される技だ。

 つまり、レイ・スラッシュの要領で全員の魔力が調律出来れば、音叉は振動する。

 だけど、納得しているのは俺と、同じ技術を使ったレイ・ブローの使い手のサクヤだけだった。


「ヘイ、タケル。どうやるんだ?」

「……<レイ・ブロー>」


 困った表情で聞いてくるウォレスの横で、サクヤはレイ・ブローを音叉に叩き込む。

 すると、音叉は大きく振動して音が鳴り響いた。

 そして、サクヤはウォレスの方に目を向ける。


「……こうやる」

「だから、分からねぇよ!?」

「あー、待て待て。俺から説明するから」


 俺はみんなにレイ・スラッシュの使い方をレクチャーしていく。


「まず大事なのは、緻密な魔力コントロールだ。俺の場合は、剣身に魔力で出来た鞘を纏わせるイメージだな。そのまま一体化させるように、魔力を均一にしていく。ばらつきが出ないように」

「……ぼくも、同じ」


 俺とサクヤの説明に、みんなイマイチイメージ出来ていない様子だ。

 どう言えばいいのか悩んでいると、アスカさんが助け舟を出してくれた。


「音で例えようか。そうだね……やよいちゃん」

「はい!」

「やよいちゃんがギターを弾く時、チューニングするでしょ? 適切な音に近づけるように、魔力をコントロールするといいよ」

「ギターをチューニングするように……」

「Eコードの音をイメージして、その音に近づけるように魔力をコントロールしてみようか。みんなも同じようにね」


 アスカさんのアドバイスで、やよいと真紅郎はそれぞれEコードを鳴らす。だけど一人、ウォレスは頭を抱えていた。


「ヘイヘイ、ドラムのオレにどうしろって言うんだ?」

「そうだなぁ……って、ちょっと待てよ?」


 ウォレスはどうしようかと考えて、ふと思いつく。


「ウォレスって、ドラムスティックに魔力刃を作り出してるよな?」

「あん? あぁ、そうだな」

「それって、レイ・スラッシュに近いんじゃないか?」


 レイ・スラッシュは魔力を込めた一撃。だったら、ウォレスがいつも使っている魔力刃も同じか、近い原理で出来てるんじゃないのか?

 そう思って言ってみると、ウォレスは二本のドラムスティックに魔力刃を展開させる。


「これがか? でもなぁ、特に考えて使ってる訳じゃねぇんだよなぁ」

「それを意識して使ってみれば出来るんじゃないか? 魔力を均一に出来れば、攻撃の鋭さも増すと思うぞ?」

「……やってみるか。もう一回、教えてくれ」


 やる気を出したウォレスに、俺はマンツーマンでレイ・スラッシュの使い方を教え込む。

 よく見るとウォレスの魔力刃はかなりばらつきがあった。これは、かなり改善の余地がありそうだ。

 そのまま俺たちは音叉を振動させるために、修行に集中していった。

 

 

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