十九曲目『天才』

「ぐぬ、ぬぬ、おぉぉぉぉッ!」


 屋敷の庭で、ウォレスのうめき声が響く。

 ウォレスの手には魔装のドラムスティックが二本。その先に魔力刃が作り出されているけど、ばらつきがあって均一じゃなかった。


「はい、ダメ。まだばらつきがあるぞ。特に剣の先と根本がチグハグだ。やり直し」

「ちくしょぉぉぉぉッ!」


 アスカさんから言い渡された修行、魔力の均一化__調律を始めてから早二時間。

 やよいと真紅郎はサクヤと一緒に、Eコードの音に合わせるように魔力コントロールをしている。

 そして、俺はウォレスに付きっきりで教えていた。


「ヘイ、タケル! もう一度ワンモア! レイ・スラッシュを見せてくれ!」

「仕方ないなぁ……」


 ウォレスのお願いを聞いて、俺は剣身と魔力を一体化させる。

 それを穴が開くほどじっくりと見つめてから、またウォレスは魔力刃を作り始めた。


「ぐぬぬぬぬ……どうだ!」

「ダメ。もう一回やり直し」

「なんでだぁぁぁ!?」


 だけど、さっきと変わってない。ウォレスはガックリと膝を着いてうなだれていた。

 と言っても、今でこそ呼吸するように剣に魔力を均等に纏わせることが出来ているけど、俺だって最初の頃は今のウォレスと同じだ。


「それにしても、ウォレスって魔力コントロールが苦手なんだな」


 やよいと真紅郎も苦戦しているけど、ウォレスは特に苦手そうにしている。

 落ち込んでいるウォレスを見て、俺は後頭部をガシガシを掻いた。 


「魔力刃を作るなんて、魔力コントロールが出来てないと難しいはずなのになぁ。魔装自体にそういう機能があるのか?」


 <魔鉱石>と呼ばれる貴重な鉱石で作られる魔装は、自分がイメージした物を魔力を使うことで自由自在に作ることが出来る。

 それで俺たちはそれぞれの担当の楽器、やよいのギターや真紅郎のベースを元にした武器を作った。

 しかも、魔装はかなり自由度が高い。

 例えばサクヤの魔導書は武器としてじゃなく、魔法をストックしていつでも使えるようにする補助的な道具として使っている。

 だから、ウォレスのドラムスティックにもそう言った、魔力刃を作る機能があるのかと思っていると__。


「ううん、違うと思うよ」


 そこで、アスカさんが話に入ってきた。

 アスカさんは膝を着いてうなだれているウォレスの肩をポンッと叩く。


「ほら、立って立って。諦めちゃダメだよ」

「アスカさん、違うと思うってどういうことですか?」

「魔装はたしかに自由度が高いよ? 自分のイメージした通りに作れる、かなり特殊な武器。でもね、さすがに限界もあるんだよ」

「限界、ですか?」


 首を傾げる俺にアスカさんはコクリと頷くと、人差し指を立てて語り始めた。


「まず、魔装は基本的に武器の形をしているのが本来の姿。キミたちの楽器としても使えるなんて、一般的じゃないのは分かるよね?」

「まぁ、そうですね」

「だけど、魔装はそれが出来ちゃう。でもね、特にサクヤとウォレスの魔装はキミたちの中でも物凄く特殊過ぎるんだよ」


 武器の形が本来の姿なら、たしかにサクヤは魔導書だしウォレスはドラムスティック。厳密には、武器じゃないな。

 話を聞いていたウォレスは立ち上がると、理解が追いついていないのか眉をひそめる。


「そうなのか? オレからすると、そう変わらねぇ気がするが……」

「全然違うよ。そもそも、ウォレスは魔力刃を作る機能をイメージして魔装を完成させたの?」

「いや、してねぇな」

「え? してないのか?」


 サラッと答えたウォレスに、俺は目を丸くして驚いた。

 アスカさんはやっぱりと言いたげに頷き、話を続ける。


「多分、機能として入れようとしても無理だったと思うよ。ウォレスのドラムスティックの機能は、ドラムセットを模した魔法陣を作ることだけ。武器としてじゃなく、楽器としてのイメージが大きかったんじゃないかな?」

「あー……そう言えば、ドラムセットを武器にするイメージが出来ねぇから魔法陣でやればいいか、って感じで作ったな」「でしょ? しかも、魔装を形にするの相当時間がかからなかった?」


 アスカさんの言う通り、俺たちの中で最後に魔装を完成させたのはウォレスだった。

 その時のことを思い出して頷くと、アスカさんはニッと口角を上げる。


「魔法陣でドラムセットを再現するなんていう、前代未聞のイメージを形にする。自由度が高い魔装でも、そこまでが限界だったんだろうね。だから、完成するのが遅くなったんだよ」

「武器じゃなくて、楽器としての機能を全振りにしたのがウォレスの魔装ってことですか?」

「そういうこと。だから、魔力刃を作っているのは魔装じゃなくて、ウォレス自身だと思うよ」


 へー、と俺とウォレスは同時に声を漏らす。というか、自分の魔装だろ。なんで分かってないんだよ。

 呆れてため息を吐いていると、ウォレスは「ん?」と首を傾げた。


「じゃあオレ、どうやって魔力刃を作ってるんだ?」

「はぁ? お前、それすらも分かってないのかよ」


 自分のことなのに何も分かってないウォレスに頭が痛くなる。

 すると、アスカさんは顎に手を置きながら思考を巡らせた。


「んー、ウォレスは感覚派みたいだから、多分だけど無意識に制御してるんだろうね」

「まぁ、バカですからね」

「ヘイ、タケル。はっきり言うんじゃねぇよ。ちょっとは言葉を濁せって。本当のことだけどよ」


 自分がバカなのを否定出来ないウォレスは、深く息を吐きながら空を見上げる。


「たしかに、なんとなくで魔力刃を作ってるんだよなぁ。ドラムスティックだけじゃ戦えねぇ、なら魔力で剣でも作ればいいか……ってよ」

「めちゃくちゃ適当だな……それで出来てるんだからいいけどさ」

「ハッハッハ! オレは天才ジーニアスだからな!」


 褒めてるつもりはないのに、ウォレスは自慢げに胸を張って笑い出した。

 そこで、アスカさんが言い放つ。


「__うん、そうだね。ウォレスは天才だよ」


 その瞬間、ウォレスがピタリと動きを止めた。


「……へ? オレが?」

「え? ウォレスが?」


 呆気に取られている俺たちに、アスカさんは笑いながら頷く。


「うん、ウォレスが。だって、誰にも教えて貰ってないのに、感覚だけで魔力刃を作り出してるんでしょ? 天才だよ」

「へ、ヘイ、もう一度ワンモア。オレが、なんだって……?」

「だから、ウォレスは天才だって」


 聞き間違いじゃない、アスカさんはウォレスのことを天才だと褒めていた。

 ウォレスはプルプルと体を震わせると、カッと目を見開いて天を仰いだ。


「ハッハッハッハッハ! 聞いたかタケル!? オレが、天才ジーニアスだってよ!? あの一条明日香が、オレを、オレをぉぉぉぉぉッ!」

「うるさッ!? テンション高ッ!?」


 感情を爆発させて、耳をつんざくような歓喜の叫び声を上げるウォレス。

 Realizeにとって、一条明日香という存在は憧れのアーティスト。それはもちろん、ウォレスもそうだ。

 そのアスカさんに天才だと褒められれば、誰だって喜ぶだろう。かなりうるさいけど、気持ちは分かる。

 ウォレスの反応に驚くアスカさんの横で、ウォレスは二本のドラムスティックを構えた。


「オレは、天才ジーニアス……」


 ドラムスティックに魔力が集まっていき、刃の形に変わっていく。


「オレは、天才ジーニアス……ッ!」


 作り出された魔力刃はゆっくりと、緻密な魔力コントロールによって徐々に鋭さを増していく。

 そして、ウォレスは二本のドラムスティックを天に掲げて__叫んだ。


「__ジィィィィィィィニアァァァァァス!」


 その瞬間、魔力刃は眩く紫色の発光する。

 光が収まるとそこには、今まで見た中で一番の出来栄えの魔力刃が作り出されていた。

 魔力のばらつきもなく、完璧に均一化されている。魔力消費量も極限まで抑えられ、薄く鋭い刃が出来上がっていた。

 それを見た俺は、口をあんぐりと開けて唖然とする。


「ほ、褒められただけで、出来たのかよ!?」

「ハッハッハ! あぁ、そうだ! どうして出来たかって? それは! オレが! 天才ジーニアスだからだぁぁぁッ!」


 ウォレスは叫びながら、やよいたちの前にある音叉に向かって走り出す。

 やよいと真紅郎、サクヤは突進してきたウォレスに驚いてその場から離れると、ウォレスはそのまま二本の魔力刃をクロスさせるように音叉に向かって振り下ろした。


「__ドリャアァァァァッ!」


 雄叫びと共に魔力刃を音叉に叩きつけると、音叉はビリビリと振動しながら音を響かせる。

 それはつまり、ウォレスの魔力が均等で最適化されている証拠だ。

 音叉を震わせたウォレスは高笑いする。それを見て、やよいと真紅郎がムッとした表情を浮かべた。


「ウォレスなんかに先を越された……負けてられないよ、真紅郎!」

「うん、そうだね! 負けてられない!」


 やよいと真紅郎は成功させたウォレスを見て、より一層やる気を出したようだ。

 そのまま俺たちは全員で魔力の調律をするのだった。

 


  

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