十曲目『新メンバー加入』
紫色の魔力の渦に最初は戸惑い気味だった真紅郎たちだけど、俺が初めに入って危険はないと教えてから全員で渦の中に飛び込む。
そして、一瞬でアスカさんが暮らしている武家屋敷に移動した。
「……なんか、凄いところ」
「え? え? なんで? 異世界なのに、どうして武家屋敷?」
見たこともない日本様式の屋敷を見てサクヤは目を輝かせ、真紅郎は唖然としている。
まぁ、そうなるよな。普通、異世界にまさに日本らしい武家屋敷があれば誰でも驚くはずだ。
ウォレスもプルプルと肩を震わせて驚いていた。
「……ヘイ、タケル。こいつはどういうことだ?」
何かを堪えるように震えた声で俺を呼んだウォレスは、突然俺の肩をガシッと掴んでくる。
俯かせていた顔を上げると、ウォレスは声を張り上げた。
「__オレはいつか、こんな家に住みてぇと思ってたんだよ! 誰が住んでるんだ!? サムライか!? サムライなのか、おい!?」
「ちょ、興奮し過ぎだって」
鼻息荒く興奮しながら、ウォレスはグワングワンと俺を前後に揺さぶる。
日本大好き外国人のウォレスには、この武家屋敷は相当気に入ったんだろう。
どうにかウォレスを落ち着かせてから、説明する。
「ここにいるのは、音属性の属性神だ。サムライじゃないぞ」
「少なくとも日本を知っている人……じゃなかった、神様なんだよね?」
異世界の住人が日本建築を知っているはずがないと、真紅郎はそう判断して俺に聞いてきた。
その通りと頷いてから、ニヤリと不敵に笑みを浮かべる。
「あぁ。ついでに言うと会えば絶対に驚く人だよ、間違いなくな。サクヤはどうなのかは分からないけど」
「ハッハッハ! そいつは楽しみじゃねぇか! 早速会ってみてぇぜ!」
アスカさんも待ち兼ねているだろうし、早いところウォレスたちを合わせよう。
玄関の戸を開いて中に入ると、琵琶の音色が聞こえてきた。その音色は俺たちを歓迎するように、静かだけど喜びに溢れているような旋律をしている。
その音色に導かれるようにウォレスたちを連れて歩き、アスカさんがいる部屋の襖の前に立つ。
「タケルです。仲間全員、見つけて戻りました」
「おかえりなさい、遠慮せずに入っていいよ」
「失礼します」
襖越しに聞こえたアスカさんの声に聞き覚えがあるのか、ウォレスと真紅郎は不思議そうに首を傾げていた。
入室の許可を貰った俺はゆっくりと襖を開く。部屋にはまだ眠ったままのやよいとキュウちゃん。そして__。
「いらっしゃい、待ってたよ」
琵琶を奏でながら優しく笑みを浮かべる、アスカさんの姿があった。
アスカさんを見た瞬間、真紅郎とウォレスは口を開けて呆然と動きを止める。
「嘘、でしょ。どうして、あなたがここに……」
「ヘイヘイヘイ、
「……誰?」
アスカさんを見たことがないサクヤは首を傾げていたけど、真紅郎とウォレスは知らないはずがない。
俺たちの世界で有名なシンガーソングライターで、俺たちRealizeの憧れの人物。
その名前を、真紅郎とウォレスは同時に呟いた。
「__一条、明日香……」
「はい、一条明日香です。この世界ではアスカ・イチジョウって名乗った方がいいかな?」
二人の反応にアスカさんはクスクスと悪戯げに笑う。
立ち尽くしたままの二人とよく分かっていないサクヤに対して、アスカさんは居住まいを正してから改めて自己紹介をし始めた。
「初めまして、私の名前はアスカ・イチジョウ。今は音属性の属性神をしてます。よろしくね真紅郎、ウォレス、サクヤ」
「あ、アスカさんが、属性神?」
「
「……英雄、アスカ・イチジョウ?」
アスカさんが属性神だと知って、真紅郎とウォレスはただただ困惑している。
サクヤはようやく誰なのか分かったみたいだけど、そこまで興味がないのか平然としていた。
真紅郎とウォレスが落ち着いてから、アスカさんと俺で今までの経緯を話す。
どうやって俺たちがこの神域に来たのか。神域がどういう場所なのか。この武家屋敷がなんなのか。
そして、一番大事なこと__アスカさんが属性神になった時のことと、本当の敵について。
その話を聞いた真紅郎たちは最初は驚いていたけど、納得して深刻な表情を浮かべていた。
「闇属性……意思を持った属性そのものが、ボクたちが倒すべき敵だったなんてね」
「ガーディの野郎は闇属性に操られてるだけだったのか。とんでもねぇ奴だな」
真紅郎は顎に手を当てながら思考を巡らせ、ウォレスは拳を握り締めながら顔をしかめる。
俺たちの敵はガーディじゃなく、闇属性そのもの。世界に対して悪意や憎悪を抱き、滅ぼそうとしている最悪の敵。
予想もしていなかった事実に空気が重くなる中、サクヤが静かに口を開いた。
「……やることは、変わらない」
ボソッと呟いたその言葉は、凛と部屋に響く。
そうだ。やることは何一つ変わってない。敵だと思っていた相手が違かっただけで、俺たちがやることはたった一つ。
「サクヤの言う通りだ。俺たちは元の世界に戻る。そのために闇属性をぶっ飛ばして、ついでに世界を救ってやろうぜ?」
俺の言葉に真紅郎はクスクスと笑い、ウォレスはニヤリと口角を上げた。
「そうだね。どちらにせよ、ボクたちはマーゼナル王国と戦うことになる」
「ハッハッハ! やってやろうぜ! 相手が闇属性だろうがなんだろうが、オレたちRealizeが揃えば無敵だからな!」
真紅郎が言うように、そもそも俺たちはマーゼナル王国と戦わないといけない。闇属性がガーディを操っている以上、避けられない戦いだ。
ウォレスは豪快に笑いながらサクヤの肩を叩き、その力の強さにサクヤは眉をひそめながらウォレスを睨んでいる。
すると、俺たちの会話を聞いていたアスカさんはどこか羨ましげに俺たちを見つめていることに気付いた。
「アスカさん? どうかしました?」
俺が声をかけると、ハッと我に返ったアスカさんは静かに微笑む。
「ちょっと、羨ましいなって思っただけだよ」
「……羨ましい? どうして?」
不思議そうに聞くサクヤに、アスカさんはゆっくりと天井を見上げた。
「私はずっと一人だったからね。元の世界で私は一人で路上ライブをしてた。最初は誰かと音楽をやろうと思ってたけど、一人また一人と私から離れていったんだ」
「そうだったんですか?」
初めて聞く話に目を丸くしていると、アスカさんは自嘲するように笑う。
「うん。私はとにかく音楽が大好きだった。友達と遊ぶことも、寝る時間すら削りながら音楽にのめり込んでたんだ。そんな私について行けなくなったみたい。十代の女の子だったら遊ぶこととか勉強、あとは彼氏の方が大事だからね」
懐かしむように、少し悲しげにアスカさんは語る。
十代という貴重な青春の全てを注いで音楽に向き合ってきたアスカさん。
大人気シンガーソングライターだったアスカさんだけど、その裏では一人の女の子としての悩みや苦しみがあった。
「それでも私は一人で音楽をやり続けた。結果的にレコード会社にスカウトされて、メジャーデビューもしたけど……心のどこかで、キミたちみたいな仲間と一緒にバンドを組みたい気持ちも残ってたんだ」
俺たちがアスカさんに憧れていたように、アスカさんも俺たちのようなバンドに憧れていたのか。
アスカさんは目を閉じて深く息を吐くと、どこか儚げな微笑を浮かべる。
「さっきみたいに、キミたちは仲間を信じてる。深い絆で結ばれている。苦労も喜びも分かち合って、どこまでも突き進む活力を感じる。それが、どうしようもなく羨ましくなっちゃった」
アスカさんは「まぁ、今更遅いけどね」と言って話を終わらせると、サクヤはボソッと口を挟んだ。
「……まだ、遅くない」
「え?」
「……ぼくも、一人だった。毎日<英雄計画>の実験ばかり。強くなること、役に立つことだけを考えて、友達も仲間もいなかった」
英雄計画。
英雄アスカ・イチジョウの代わりとなる英雄を作り出す、非人道的な実験の名前だ。
サクヤは元々その英雄計画の実験体。人を人と思わない、非道な実験ばかりの日々を送っていた。
サクヤはアスカさんを真っ直ぐに見据える。
「……でもタケルが、やよいが、ぼくをRealizeに入れてくれた。真紅郎とウォレスが仲間として認めてくれた。みんなが音楽って言う最高の文化を教えてくれたから、今ぼくはここにいる。楽しい毎日を過ごせてる」
いつも無表情なサクヤが本当に嬉しそうに頬を緩ませ、笑いながら言葉を紡ぐ。
「……こんなの、想像もしてなかった。考えられなかった。この先ずっと、一人だと思ってた」
サクヤは俺たちの顔を見てから、改めてアスカさんの目を真っ直ぐに見つめた。
「……だから、今からでも遅くない。神様になってからでも」
「__あはは、そっか。神様になっても、遅くないかぁ」
アスカさんはサクヤの話を聞いて笑みをこぼす。
そして立ち上がると、サクヤを優しく抱きしめた。
「ありがとう、サクヤ。キミは本当に、優しい子なんだね」
「……照れる」
サクヤは恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。
すると、何かを思い付いたのか俺に声をかけてきた。
「……ねぇ、タケル。この人もRealizeに、入れて?」
「はぁ!? あ、アスカさんをRealizeに!?」
思わぬ提案に驚愕する。
あのアスカさんを俺たちRealizeに仲間になんて……。
唖然としていると、サクヤはニッと口角を上げた。
「……ぼくたちが羨ましいなら、仲間になればいい。ぼくがそうして貰ったように。駄目?」
「いや、駄目っていうか……」
「ハッハッハ! それはいいな、サクヤ!」
サクヤの提案にウォレスは賛成なのか、カラカラと楽しそうに笑う。
「あの一条明日香がRealizeに加入なんて、めちゃくちゃ話題性あるだろ!」
「あはは……恐れ多い気がするけどね」
話題性があるなんてものじゃない気がするけどな。
苦笑いする真紅郎に同意していると、アスカさんは腹の底から笑い声を上げた。
「あはははは! そっかそっか! 私がRealizeに加入か! 物凄く楽しそう!」
「えぇぇ……めっちゃ乗り気だぁ」
「えー? だって面白いと思わない? それとも、私を仲間に入れるのは嫌?」
悲しげに眉を下げるアスカさんに、俺は慌てて首を横に振る。
「そ、そんなことないですって! もちろんいいですよ!」
「やった! じゃ、私も今日からRealizeってことで! 念願のバンドだなぁ……」
なんか流れでRealizeに新しいメンバーが入ることに。別に嫌じゃないけど、とんでもない話になったな。
まぁ、これはこれで面白いからいいか。
「ハッハッハ! いつか、ライブをやろうぜ!」
「いいねぇ! 私はギターボーカルになるのかな? あ、だったら私の曲を演奏して欲しいな!」
「えぇ!? アスカさんの曲をボクたちが!? いいんですか!?」
「オッケーオッケー! だって私の曲だもん。この世界だったらレコード会社に相談しなくてもいいし! 権利問題も私がいいって言えば大丈夫!」
「……ライブ、やりたい」
「やろうやろう! 私、サクヤとセッションしたいなぁ!」
とんとん拍子に話が進んでいく。というか、あれだな。アスカさん、意外とはっちゃけた性格してるみたいだ。
ウォレスと気が合いそうだな、と苦笑しているとサクヤがふと眠ったままのやよいを指差す。
「……やよい、まだ起きない?」
「あぁ、やよいちゃんね。そろそろ起きてもいい頃だと思うけど。余程、時空の渦を通ってきた時の負荷が大きかったみたいだね」
たしかにこれだけ騒がしくしてても、やよいとキュウちゃんが目を覚ます様子がない。
心配しなくてもいいみたいだけど、流石に心配だ。
やよいの頭を撫でながら、アスカさんはフフッと小さく笑みを浮かべる。
「私がRealizeに入ったって聞いたら、やよいちゃんも驚くだろうなぁ。女同士、色々お話ししたいな」
「Realizeの紅一点でしたからね。今日から紅二点になるけど」
「男だらけのオレたちに、華が出てきたな!」
Realizeでたった一人の女の子だったからな。アスカさんが加入したと知ったら喜びそうだ。
その時の反応が楽しみだな、と思っていると__。
「__なッ!?」
俺、サクヤ、アスカさんは弾かれたように立ち上がる。
その瞬間、屋敷に大きな衝撃が走った。
ビリビリと振動し、爆音が響き渡る。
「ヘイ、なんだ!?」
「今のはいったい!?」
ウォレスと真紅郎が驚きながら立ち上がった。
事態が飲み込めていない二人に、アスカさんは険しい表情を浮かべる。
「__襲撃だよ。とうとう、闇属性がここを突き止めたみたい」
俺とサクヤも闇属性が襲ってきたことを察していた。
そして、また衝撃と爆音が屋敷に伝わっていく。
神域を侵食し、徐々に力をつけていた闇属性が__ついに牙を剥いてきた。
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