五曲目『ユニオン本部』

 久しぶりに会ったアレヴィさんに連れられて、俺たちは洞窟の奥へと向かう。

 そして、見えてきたのは巨大な空間だった。


「__ここがユニオン本部さ」


 アレヴィさんが俺たちの方を振り返りながら、ニヤリと笑う。

 

 そこは、一言で言うと__街だった。


 広い洞窟の中に、小さな街がすっぽりと入ったような場所。

 天井には暗い洞窟を照らす大きな光る鉱石があり、まるで昼のように明るかった。

 煉瓦造りの家が建ち並び、そこには人が暮らしている。


「ここにいるのはユニオンメンバーだけで、みんなここで暮らしながら本部を守ってるのさ」

「へぇ、そうなのか……」


 そう言われると、たしかに道ゆく人たちは誰もが隙がなく、戦闘慣れしているように見えた。

 ユニオンメンバーになるには、それなりに厳しい試験を潜り抜けないとなることが出来ない。その本部を守っているということは、ここに暮らしている人たちはユニオンの中でも実力者揃いみたいだな。

 そのまま俺たちはアレヴィさんに連れられて、街を歩いていく。その道中、住人たちは俺たちを値踏みするような目で見てきた。

 どこか居心地の悪さを感じていると、アレヴィさんがケラケラと笑う。


「あまり気にしないでおくれ。この本部に来るのはユニオンマスターぐらいで、あんたたちみたいな一般的なユニオンメンバーが来ることがないんだ。敵対はしないけど、物珍しいだけさ」

「まぁ、そうですよね」

「そもそも、限られた人間しか本部の存在を知らないし、知っててもユニオンマスタークラスじゃないとここまで来れないところさ」


 たしかに、ただでさえ険しいドルストバーン山脈を踏破するのは並大抵の実力じゃ難しいだろう。俺たちは偶然、ここまで来れただけだからな。

 そんなことを考えていると、笑っていたアレヴィさんは途端に真剣な表情になり、俺たちをジッと見つめてきた。


「で、あんたたちは本部を探しにここまで来たんだろう? なんの用だい?」


 アレヴィさんの問いかけに、俺はチラッと真紅郎の方に目を向ける。真紅郎は少し悩んでから、頷いて返した。

 俺はアレヴィさんを手招きして、一応周りの人に聞かれないようにこっそりと話す。


「……ユニオンの力を借りたいんです。それと、真実と本当の敵・・・・の情報を伝えに来ました」

「……どうやら、かなりきな臭い話のようだね。私一人で判断することも難しそうだ」


 俺の話を聞いて、アレヴィさんはなんとなく話の重大さを理解したみたいだ。

 アレヴィさんは顎に手を当てて考え込んでから、短く息を吐く。


「そう言うことなら、あいつに直接話をするしかなさそうだね」

「あいつ?」

「あぁ……シリウスって男さ」


 アレヴィさんは口角を上げると、そのシリウスって人のことを話した。


「シリウスは……まぁ、端的に言うとユニオンで一番偉い男・・・・・だね」

「つまり、ユニオンを取り仕切っている人なんですね?」


 真紅郎の言葉に、アレヴィさんはコクリと小さく頷く。


「そういうこと。だけど、なんと言うか……私はあんまり会いたくないね」

「え? なんで?」


 嫌そうにしているアレヴィさんに、やよいが首を傾げる。アレヴィさんは頭をガシガシと掻いてから吐き捨てるように答えた。


「あいつ、嫌味なやつなんだよ。ああいうねちっこい奴は、どうにも苦手でねぇ」

「ハッハッハ! オレもそう言う奴、嫌いだな!」

「ちょ、ちょっとウォレス!?」


 アレヴィさんに同意するウォレスを、慌てて真紅郎が止める。

 ここはユニオン本部。そのユニオンを取り仕切っている一番偉い人の悪口を言ったようなものだ。

 だけど、アレヴィさんはカラカラと笑っていた。


「気にすることないよ! あいつのことが嫌いな奴は、結構いるからね!」

「……そんな、嫌な奴なの?」


 サクヤが聞くと、アレヴィさんは何度も首を縦に振る。


「そうさ! シリウスの野郎、丁寧な口調でネチネチネチネチ嫌みを言って……いつか殴ってやろうと思ってるよ」

「そ、そこまで?」


 拳をブンブンと振るアレヴィさんに、俺は苦笑いを浮かべた。それだけ言われるような人って、逆に会ってみたくなるな。

 そんな話をしていると、アレヴィさんはある場所の前で止まる。


「ここがユニオン本部の入り口だよ。さぁ、入った入った!」


 そこは岩の壁に見上げるほど大きいな頑丈そうな木製の扉があるところだった。

 あまりの大きさに呆気に取られていると、アレヴィさんが右手を挙げる。すると、それを合図に木製の扉が鈍い音を立てながら開いていった。

 開いた扉の向こうは、松明の明かりでぼんやりと照らされた上へと伸びる階段。


「さて、ここから結構登るからね。今のうちにその防寒具を脱いでおきな」


 アレヴィさんに言われ、俺たちはモコモコの防寒具を脱いで魔装に収納する。それから俺たちはアレヴィさんに先導されながら、長い階段を登り始めた。

 階段は石造りで大人数人が並んで歩いても大丈夫なぐらいに横に広い。壁はただ土を削っただけで、そこに等間隔に松明が置かれている。

 そんな階段を登り続けて一時間。徐々にじんわりと汗をかき始めた頃に、ようやく目的地にたどり着いた。


「山の中にこんなのがあるなんてな……」


 階段を登り終えた先にあったのは、山の内部に作られた広い空間にドンっと鎮座している大きな建物。白を基調とした教会のような物が俺たちを出迎えてくれた。

 教会自体が淡く光を放ち、薄暗い空間を照らしている。すると、アレヴィさんはニヤリと笑いながら口を開いた。


「ドルストバーン山脈の中でも一際大きい山の中に作られた、さっきの街を含めた全て・・・・・・・がユニオン本部。そして、ここはユニオンマスターが集まる総本山さ。限られた人間しか入れないところだよ」

「えっと、そんなところにボクたちが入っていいんですか?」


 ユニオンマスターしか入れない総本山に、俺たちみたいな一般ユニオンメンバーが本当に入っていいのか。それを心配した真紅郎が恐る恐る聞くと、アレヴィさんは豪快にカラカラと笑う。


「私がちゃんと話を通すから大丈夫さ! 心配せずに入るよ!」


 そう言ってアレヴィさんは扉を開けて中に入っていく。俺たちは顔を見合わせてから、意を決してアレヴィさんに続いて中に足を踏み入れた。

 そこは俺たちがよく知っているユニオン支部の内部と似たような造りをしている。

 清潔感のある白い壁、床には赤いカーペット。入り口正面にはカウンターがあり、そこにいかにも真面目そうなユニオンメンバーの受付が立っていた。


「それじゃ、私が話をしてくるからここで待ってな」


 アレヴィさんは後ろ手を振りながら受付へと向かっていく。その間、他のユニオンメンバーがジロジロと俺たちの方を見ているのに気付いた。


「なんか、場違い感が凄いな……」


 ボソッと俺が言うと、みんな力強く頷いて返す。


「普通ならボクたちは入れないところだからね。敵視はしないだろうけど、警戒はされてるみたい」

「あたし、こういう雰囲気苦手……早く話を終わらせて帰りたい」


 向けられている視線から敵意は感じなくても警戒されていることに、真紅郎は苦笑いを浮かべる。

 やよいは居心地悪そうに顔をしかめて、深いため息を吐いていた。

 そんなことを話していると、ウォレスがニヤニヤとしながら俺たちにこっそりと声をかけてくる。


「なぁなぁ、アレヴィも言ってたけどよ。ここって、ユニオンマスタークラスじゃないと来ることすら難しいんだろ?」

「あぁ、言ってたな。それがどうしたんだ?」

「それってつまり……たどり着いたオレたちも、マスタークラスになるだろ?」

「……は?」


 何を言ってるんだ、ウォレスは。

 訝しげに見ていると、ウォレスは胸を張って自慢げに口角を上げる。


「だから、オレたちはここにいても問題ないノープロブレムってことだ!」

「あぁ、なるほど……って、そうはならないでしょ」


 冗談なのか本気なのか分からないけど、アホなことを言うウォレスを真紅郎がやれやれと嗜めた。

 まぁ、ウォレスなりに俺たちのことを気遣ってくれたんだろう。そういうことにしておく。

 一応、ウォレスのおかげで緊張が解れて居心地の悪さは軽減した。クスクスと俺たちが笑い合っていると__。


「__なんでそう頭が硬いんだ!? 少しは融通って言葉を知ったらどうなんだ!?」


 アレヴィさんの怒声が響き渡った。

 慌てて受付の方に目を向けると、アレヴィさんは受付のカウンターを叩きながら対応していたユニオンメンバーの男に詰め寄っている。

 急いでアレヴィさんの元へと走り、今にも殴りかかりそうなアレヴィさんを止めた。


「ちょ、ちょっと、アレヴィさん!? どうしたんですか!?」


 俺が声をかけると、アレヴィさんは怒りに顔を赤く染めながら、ギロッと受付の男を睨みつける。


「シリウスとの面会を求めたら却下されたんだよ。マスターじゃないあんたたちと面会することは、許可出来ないってね」

「マスターアレヴィ。規則ですので、ご理解を……」

「だから! 規則だからって話も出来ないのかい!? 私が同行すれば問題はないだろう!?」

「しかし……」


 受付の男は困惑しながらも規則だからとアレヴィさんを説得しようとしていた。

 だけど、アレヴィさんはその態度が気に入らないのか、どんどんヒートアップしていく。


「もしタケルたちの話を聞かなかったことで、後でとんでもないことが起きたらどうするんだい!? そうなった時に困るのは、罪のない人々さ! 私たちはそんな人たちを守るための存在じゃないのかい!?」

「で、ですから……」

「規則や決まりで雁字絡みになって、本当に大事なことを見逃していい訳がない! あんたじゃ話にならないね……だったら、私が直接シリウスに話をつけてくる!」


 堂々巡りになりそうなのを感じたアレヴィさんは、鼻息荒く一番偉いシリウスさんのところへ行こうとしていた。

 俺たちはどうしたらいいんだ、と困っていると__。


「__何事かと思えば、アレヴィではないか。何をそんなに騒がしくしてるんだ?」


 アレヴィさんを呼ぶ、聞き覚えのある懐かしい男の声が聞こえた。

 反射的に声がした方に目を向けると、その人は俺たちに気付いて目を丸くする。


「む? タケルたちではないか、久しいな。それより、どうしてここに?」


 ウェーブのかかった金髪にルビーのような赤い瞳。四十代半ばとは思えないほど若々しい、堀の深い整った顔立ちの男。


「ら、ライトさん!」


 水の国<レンヴィランス神聖国>のユニオンマスター__ライト・エイブラ二世が、立っていた。



  

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