四曲目『洗濯と新たな仕事』
どうにか三時間ぐらいかけて全ての薪割りを終えた俺は、休む暇なく次の仕事に入った。
今度は洗濯。それが終われば炊事。まるで召使いのように俺をこき使う魔女は、今は部屋で寝ていることだろう。
__ったく、どうして俺がこんなことを……。
やれやれとため息を吐きながら、魔女が事前に教えた洗濯する衣類が置いてある部屋に向かう。
そして、部屋に入るとその光景に唖然とした。
__なんだ、これ……どんだけため込んでたんだよ。
そこには乱雑に置かれた衣類の山。
一週間……いや、それ以上にため込まれた衣類たちは洗濯されるその時をずっと待ち侘びていたかのように、こんもりと置かれていた。
あまりの量に深い深いため息を吐く。
__仕方ない、頑張るか。
やらないとあの魔女のことだ、重い罰を与えてくるだろう。自分の生き死になんてどうでもいいと思ってても、率先として罰を受けたくはない。
諦めて洗濯の山をカゴに入れていくと……ふと、掴んだ物を洗濯の山から抜き出す。
それは、黒いシルクで出来た魔女のパンツだった。
__ぶふあッ!?
思わず吹き出して投げ捨てる。
今にして思えば、これだけため込んだ洗濯は全て女性である魔女の物だ。下着の一つや二つは混ざっているだろう。
男の俺に下着まで洗わせるとか、何を考えているんだ。
__というか、男として見てないだけか。
魔女は俺を男として、それどころか人間としても見てない可能性がある。
魔女にとっては俺は知的好奇心を満たすための道具。興味があるのは俺の中の知識と記憶だけだ。
別に男として見られなくてもいいけど、せめて人間扱いして欲しいな。
とにかく、頑張って気にしないように早く洗濯を終わらせよう。そう思ってまた洗濯の山を崩しにかかると、後ろから扉が開く音が聞こえた。
「ふわぁ……あら、坊や。薪割りは終わったようね」
眠そうに欠伸をしながら、魔女が部屋から出てくる。
振り返って魔女の方を見ると__その格好にまた吹き出した。
__な、ななな、なんて格好してんだ、あんたは!?
魔女は首を傾げて自分の服装に目を向ける。
身に纏っている薄い赤色のネグリジェはスケスケで、黒い下着がうっすらと見えていた。
豊満なバストとキュッと引き締まったボディライン、ネグリジェから伸びた真っ白な足。思わず目が奪われるほどの扇情的な服装をした魔女に、俺は一気に顔が熱くなるのを感じながら目を逸らして文句を言った。
「何かおかしいかしら? 寝る時はいつもこんな感じよ?」
__そんな格好で俺の前に現れないで欲しいんだけど!?
「あら? 何、坊や。興奮しているの? でもダメよ。坊や程度じゃ、私の体を好きにさせないわ」
羞恥に顔を真っ赤にさせた俺に、魔女はクスクスと妖艶に笑いながら胸元を見せつけるように屈んだ。
明らかに俺をからかってる。それが分かった俺はすぐに洗濯の山をカゴに詰め込んで、魔女に背中を向けた。
__興奮なんてしてないし、あんたの体なんて興味ない! いいから寝てろよ! これが終わったらご飯作るから!
「はいはい、照れてるだけよね。まったく、可愛い坊や。お水飲んだら、また一眠りさせて貰うわ。早いとこ終わらせてちょうだい」
そう言って魔女は台所へと向かっていく。歩く時にお尻を強調させるように腰を揺らしていたのは、多分俺に見せつけるためだろう。
バッと目を逸らし、俺はカゴを抱えて外へと向かった。
__クソ、いい歳こいてからかうなよ……って、まずいまずい。思考が読まれてるんだった。
俺の思考なんて手に取るように読み取ってくる魔女に悪態を吐いてしまい、逃げるように走り出す。向かった先は、家の近くを流れている川だ。
重いカゴを川の近くに置き、指輪状態にしている魔装に魔力を流し込んで<収納機能>を使う。
収納機能で取り出したのは、桶と固形石鹸__真紅郎が貝殻と昆布で作ってくれた奴で洗濯を始める。
__洗濯にも魔法を使えって言ってたけど……それぐらいなら前からやってるっての。
魔女から「魔法を使って洗濯をすること」って指示された訳だけど、俺はこの異世界を旅している間、そうやって洗濯してたから慣れたものだ。
桶に水を張り、洗濯物を入れてから固形石鹸で泡立てる。充分泡立ったのを確認してから、俺は人差し指を水につけた。
魔臓器から魔力を練り、人差し指に集中させる。それから魔力を操作して渦を巻くように動かし、桶の水を回転させた。
__全手動魔力洗濯機……なんてな。
グルグルと水を回転させ、時々逆回転させながら十分ほど洗う。そこから魔力を音属性に変え、か細い音が響き渡った。
すると、衣類の汚れているところがどんどん落ちていく。音属性の魔力__音波を使った、超音波洗浄だ。
__しつこい油汚れも、音属性で一発だ。
慣れた手つきでどんどん洗濯していき、一時間ぐらいで山のような洗濯物を全て洗い終える。
あまりに多すぎて魔力を使いすぎたけど、今のところ魔臓器に痛みはなかった。
少しずつ治ってきてるんだろう……完治しても、もう戦わない俺には無用の長物かもしれないけどな。
__さて、帰るか。
頭に過った考えを首を振って振り払い、カゴを抱えて家に戻る。
洗い終わった洗濯を干していると、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「やるわね、坊や。
ネグリジェから赤いドレスに着替えていた魔女は、綺麗になった洗濯物を見て俺を褒める。
普通に褒めればいいのに、一言余計なんだよなぁ……と、ジト目で睨んでいると、魔女は顎に手を当てながら洗濯物をジッと見つめていた。
「実験で汚れた服まで新品同様になってるわね。捨てようと思ってたけど、ここまで綺麗に出来るなんて、どうやったのかしら坊や?」
__音属性を使って落としたんだ。いわゆる、超音波洗浄。
俺の説明を読み取った魔女は、感心したように笑みを浮かべる。
「超音波による振動を液体中に伝え、圧縮と膨張の現象で汚れを剥離させているのね。音属性だから出来る芸当……興味深いわ」
俺にはよく分からないけど、魔女は俺の簡単な説明で超音波洗浄の原理を理解したようだ。
やっぱりこの人、凄い魔女なんだな。普段の様子からは考えられないけど。
すると、魔女はニヤリと口角を上げた。まだ短い時間しか一緒に過ごしてないけど、その笑みを見た瞬間、嫌な予感がする。
「いい拾い物をしたわ。薪割りも出来るようになったし、洗濯も完璧。それに、坊やの記憶を見たけど、料理も期待出来そうね」
__あ、ありがとう、ございます? んじゃ、俺は洗濯を続けるから……。
「でも、
あ、やばい。さっきの歳うんぬんの思考は読み取られていたみたいで、魔女は怒ってる。嫌な予感が止まらない。
その予感通り、魔女は愉悦に頬を歪ませながら、言い放った。
「料理は私がするわ。今から坊やにある仕事を任せることにしましょう」
__えっと、ちなみにその仕事って?
「フフッ、簡単なことよ。ただの
妖艶に微笑みながら魔女は言う。餌やりとは、何にするのか。
苦笑いを浮かべて聞いてみると、魔女は森の中を指差す。
「この森に住む、あるモンスターの餌やりよ。坊やも会ったことがあるはず」
__ま、まさか……!?
「そう__年老いた
魔女が指示した仕事は、俺が森の中で出会ったあのクリムフォーレルの餌をやること。
楽しそうに、愉快そうに仕事を任せてきた魔女に、どうせ何を言っても無駄だと理解した俺はガックリとうなだれるのだった。
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