2曲目『記憶の映像』

 気付くと俺は、真っ暗な空間に立っていた。

 するとカラカラと回る音と共に、まるでレトロな映写機が映し出しかのようなレトロな映像が現れる。

 それはRealizeのインディーズ最後のライブ__俺たちがこの異世界に召喚される直前のものだった。

 大きなステージ、映像越しから伝わってくる熱気、歓声を上げる観客たち。

 華々しい、キラキラと輝いたステージに立つ俺たちの顔は、ライブが楽しくてしょうがないと笑みを浮かべていた。

 そして、映像が切り替わると次は、薄暗い部屋の中。見覚えのあるその部屋は、<マーゼナル王国>の城の地下。そこに入ってきたのは、俺たちを召喚した張本人。

 マーゼナル王国の王、ガーディ・マーゼナルだった。


 これは、俺の記憶だ。異世界に来てからの俺の記憶を追体験した映像が映し出されている。


「そうよ。これは、坊やが体験したことを映像にして、私が観ているわ」


 暗い空間にエコーがかかった魔女の声が響いてきた。

 俺を助けた代価として、魔女は俺の記憶を読み取ると言っていたけど、これがそうなんだろう。

 すると、映像はどんどん切り替わっていく。

 ガーディの前で世界のために戦うと決めた時の映像。

 俺の師匠、ロイドさんとの出会い。

 魔法や剣の修行をしている俺たち。

 初めてサクヤと出会った<魔闘大会>。

 そして__ガーディの裏切りと、ロイドさんとの戦い。


「あのロイド坊やがこんなに歳を取っているなんて……もうそんなに時間が流れているのね」


 どうやら魔女はロイドさんのことも知っているみたいだ。

 懐かしそうに呟く声が聞こえると、映像はロイドさんを倒した時……俺たちを追ってきたガーディと騎士たちの前で初めて<ライブ魔法>を使った時のことが映し出された。


「ライブ魔法……坊やたちの魔力を重ねた音属性の<合体魔法>ね。興味深いわ。それに、おんがく、だったかしら? 私の知らない文化……?」


 ライブ魔法を映像で観た魔女は、ふと話すのをやめて黙り込む。

 

「これほどの文化を、この私が知らない? 前にアスカの記憶も読み取っているはずなのに、知らないなんて、そんなのありえないわ。でも私の記憶には、おんがくという文化だけが穴が空いたように・・・・・・・・・存在していない。これは、まさかあの子……それに、ロイド坊やを倒した時、坊やに重なっていた影は……」


 ブツブツと独り言を呟く魔女を尻目に、また映像が切り替わった。

 次はセルト大森林。エルフ族と<ケンタウロス族>との交流、両種族の諍い__そして、襲ってきたクリムフォーレルを全員で協力して倒した時の映像。

 続いて砂の国<ヤークト商業国>。盗賊集団<黒豹団>のリーダー、アスワドとの出会い。自然災害<クリムゾンサーブル>をライブ魔法で吹っ飛ばした時の映像。

 それから水の国<レンヴィランス神聖国>、<魔法国シーム>、再生の亡国<アストラ>……俺たちが旅してきた国の光景が映し出されていった。


「坊やたちも中々、数奇な旅路を歩んできているようね。まぁ、今のところ興味が惹かれることはなさそうだけど」


 魔女にとっては俺たちの今までの旅はそこまで興味ないようだ。

 そりゃあ、長い年月を生きている魔女からしたら、俺たちがこの異世界でしてきたこと以上の経験をしているだろうから、仕方ない。

 すると<ダークエルフ族>の集落がある<ケラス霊峰>、<ムールブルク公国>で出会った職人、ベリオさんと弟子のボルク、そして空を駆ける船<機竜艇>が映し出される。


「あら、機竜艇。懐かしいわ……また現代に蘇ったのね。一度だけ乗せて貰ったことがあるわ」


 機竜艇にも乗ったことがあるのか。まぁ、知的探究心が高い魔女なら、興味持たないはずがないし、当然と言えば当然か。

 映像は世界を滅ぼそうとしていた生きた災害、<災禍の竜>との戦いに切り替わると、魔女は小さく笑みをこぼした。


「災禍の竜とも戦ったの坊やたちは? よく勝てたわね。でも、観た限りかなり弱ってるみたい。アスカは全盛期の災禍の竜と戦って封印してたわよ?」


 魔女に言われなくても、そんなこと知っている。

 俺たちが苦労して勝てたのは、封印が解け切っていない不完全な災禍の竜。対してアスカ・イチジョウは完全体の災禍の竜を倒して封印し、英雄と呼ばれるようになった。

 俺たちの実力はアスカ・イチジョウの足元にも及んでいないことは、分かり切っていることだ。


 そして記憶の映像は<ヴァベナロスト王国>__やよいたちを残して俺一人で逃げてきた国に切り替わった。


 世界の敵として認識されていた<魔族>が暮らす国だけど、そこにいる人たちはみんな俺たちや他の国の人たちと変わらない……それ以上に優しくて気のいい人たちしかいなかった。

 そんな平和な国に、ある一人の男が襲撃してくる。


 マーゼナル王国の王、ガーディ・マーゼナル。俺たちを騙し、兵器にしようとして、最後には殺そうとしてきた敵が送り込んできた、そいつの名は__フェイル。


 人工的に英雄を作り出す悪魔の研究<人工英雄計画>の失敗作にして、音属性や他の魔法を無効化する<消音魔法>を使う、最悪の敵。

 魔法を無効化され、圧倒的な実力の前に倒れていく仲間。

 そして、俺は一人でフェイルと戦い__あっけなく、やられた。

 剣術、魔法、実力……そのどれもが劣っている俺に、勝てるはずがなかった。


「お前の思想、剣術、生き方……その全てが、誰かの真似事に過ぎない」


 やめろ。


「お前はまるで__言葉を話す人形。自分の意思ではなく、別の誰かの糸によって動く、操り人形だ」


 うるさい。


「お前は死ぬことを恐れないのではなく、自分の命などどうでもいいと考えている。自分に価値がないから、誰かのために使うことで価値を見出している。それは、ただの偽善__偽物の想いだ」


 やめてくれ。


「お前自身は何も生み出せない、何も守れない、ただの弱者。人に憧れる人形だ」


 言うな。


「お前のような偽物に、人を救う資格などない。虫けらのように地面を這い回り、踏みにじられているのがお似合いだ」


 やめろ……ッ!


「__終わりだ、偽善の人形。ガーディ様の歩む覇道の礎となれ」


 映像から、フェイルの言葉が聞こえてくる。

 鼓動が速くなり、息が激しくなり過呼吸になる。言葉のナイフが心臓に突き立てられる。

 痛い、痛い痛い……ッ!

 胸元をギュッと握りしめ、膝を着いた。


 __これ以上、思い出させないでくれ……ッ!


 地面に額を着け、耳を塞ぐ。

 これ以上聞きたくない。殻に閉じこもるように、自分を守るように、現実から目を逸らすように、うずくまった。


「……なるほど、そういうこと。坊やが声が出なくなった理由は__この男にこっ酷くやられて、本当のことを・・・・・・言われたせいだったようね」


 __うるさい! やめろって言ってるだろ!? 


 頭の中で怒鳴ると、魔女はやれやれと呆れたようにため息を吐く。


「図星を突かれて癇癪を起こしている子供ね。バカな坊や……哀れに思うわ」


 __うるさいうるさい! もういいから、記憶を読むのはやめろ!


「フフッ、でもそういうバカな子ほど可愛く思うわ。哀れで、情けなくて、惨めで、薄っぺらくて__弱い」


 スッと、俺の頬を柔らかな感触が触れる。

 魔女は俺の頬を優しく撫で、楽しそうに笑ながら声をかけてきた。


「ねぇ、坊や。人の真似事を続け、厚い厚い偽物の仮面を被り、本当の自分を隠し通そうとしていた、自分の命を蔑ろにするバカな坊や。私は、あなたのことが愛しくて堪らなくなってしまったわ」


 まるでペットを可愛がるように俺を撫でた魔女は、クスッと笑みをこぼす。


「あなたがこの先、どんな答えを出すのか__この魔女が見定めてあげるわ。もし、その答えが私の琴線に触れる物でなかったら、責任を持って私が……」


 魔女は俺の耳元で、囁いた。


「__優しく、殺してあげる」


 その言葉を最後に、バツンと電源が消えるように映像が消え、意識が真っ暗になった。

 

 

 

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