第十一楽章『漂流ロックバンドと変革の歌声』
プロローグ『声を失った男と霧がかった森』
薄暗い森の中、俺は歩いていた。
ぼんやりとした緑がかった霧で視界は悪く、木の根っこや草むらに足を取られそうにながら、歩き続ける。
空気が薄いのか息苦しさを感じ、重い足をどうにか動かして、目の前をズンズンと進んでいく白い小さな影を追っていった。
「きゅ! きゅきゅ! きゅきゅー!」
その白い影は、俺の仲間。額に蒼い楕円型の宝石が付いている、白い小狐型モンスターのキュウちゃんだ。
疲れている俺とは真逆に元気に森の中を進んでいるキュウちゃんを見失わないよう、頑張って追い続けた。
「_____?」
__キュウちゃん、どこまで行くんだ?
声にならない声で話しかけても、キュウちゃんには届かない。声が出ない自分に嫌気が差して、思わず舌打ちした。
額に滲んだ汗を腕で拭いながら、ふと後ろを振り返る。
何時間歩いたか分からないけど、後ろに広がっているのは周りと同じ森の風景。もはやどこから来たのか、どうやって戻ればいいのか分からなくなっていた。
「_____」
いや、別にいいか。
戻る必要はない。戻ってもそこには俺の居場所なんてないんだから。
自嘲するように鼻で笑い、またキュウちゃんを追おうとした時__。
__タケル!
ふと、後ろから俺の名前を呼ぶ女の子の声がした。
振り返ろうとして、俺は動きを止める。今の声は__俺の仲間、やよいの声。
だけど、幻聴だ。俺を、今のタケルを呼び止めようとする人なんて、いるはずがない。
今の俺は、困っている人を見捨てられず、誰かを守るために戦い、音楽に情熱を燃やしていたタケルじゃない。
ここにいるのは__自分の命なんてどうでもいいと思っている、人に憧れる偽善の人形だ。
__ヘイ、タケル!
また、俺を呼ぶ声がする。ウォレスの声だ。
__タケル!
次は、真紅郎。
__タケル。
最後は、サクヤの声。
やめてくれ。もう、やめてくれ。
ロックバンド<Realize>のボーカルのタケルは、お前たちが知るタケルはもう、いないんだ。
だから、もう……俺を呼ぶのはやめてくれ。
聞こえてくる幻聴から耳を塞いで、歩く足を速めていく。
振り切るように、逃げるように。
「_____ッ!」
出なくなってしまった、失ってしまった声で叫ぶ。
もう俺は戻れない。戻りたくない。キュウちゃんが俺をどこに連れて行こうとしてるのか分からないけど……どこでもいい。
とにかく、離れたい。逃げたい。いなくなりたい。
その一心で俺は、キュウちゃんを追い続けた。
「きゅきゅ?」
ふと、キュウちゃんが足を止める。そして、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
どうかしたのか、と俺も足を止めてキュウちゃんに近づくと__。
「__グルルルル……」
後ろから、何かのうなり声が聞こえてきた。
反射的に振り返るとそこには、見上げるほど大きな巨大な生き物。
古傷だらけの赤い甲殻、二対の大きな翼、丸太のように長い尻尾。
細長い瞳孔をした黄色の瞳で俺を睨むそれは__ドラゴン。
<クリムフォーレル>と呼ばれる、赤いワイバーン型のモンスターだった。
「__ッ!?」
どうしてこんな森の中に、こいつがいるんだ?
驚いて距離を取ろうと後ろに下がると木の根っこに足が絡まり、背中から倒れる。
受け身も取れずに痛みで顔をしかめながら、どうにかクリムフォーレルから離れた。
「きゅきゅー!」
「グルル……」
背中越しにキュウちゃんが叫ぶと、クリムフォーレルは巨体を揺らしながら歩き出す。たくましい両足が地面を踏むと、振動で俺の体が跳ねた。
よく見ると大きな翼の翼膜がボロボロだ。あれでは飛ぶことは出来ないだろう。
それでも、全身の甲殻に刻まれた無数の古傷と俺たちを射抜くように睨むその瞳からは__歴戦を潜り抜けてきた覇者の風格が伝わってきた。
間違いなく、強いモンスターだ。
このクリムフォーレルから逃げることは出来ないだろう。そう判断した俺は、右中指にはめていた指輪に魔力を通し、<魔装>を展開する。
「_____ッ!?」
その瞬間、ビキッと後頭部に鋭い痛みが走った。
魔装を展開するのに魔力を練ったせいで、まだ治っていない<魔臓器>が悲鳴を上げている。
それでも、どうにか魔装を展開して柄にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を右手に握りしめた。
俺が戦おうとしている姿を見たクリムフォーレルは、威嚇するように喉を鳴らす。
「グルルルルル……ッ!」
そして、クリムフォーレルはぐるりとその場で一回転し、丸太のように太い尻尾を薙ぎ払ってきた。
木を薙ぎ倒しながら向かってくる尻尾を、地面に顔を近づけながらしゃがみ込んでどうにか避ける。
頭上で尻尾が轟音を響かせながら通り過ぎ、風圧に体が吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えた。
クリムフォーレルの攻撃を避けた俺は、弾丸のように前へと飛び込む。魔臓器の損傷で魔力を練ると痛みが走るから、魔法は使えない。
なら__と俺は一気に跳び上がり、剣を振り上げてクリムフォーレルに斬りかかる。
その途中で……考えてしまった。
__生きる価値のない人形。そんな俺が、クリムフォーレルと戦って……なんの意味があるんだ?
頭に過った疑問に、俺は空中で動きを止める。
剣を振り被ったままの俺は、クリムフォーレルが羽ばたかせた翼で打ち落とされた。吹き飛ばされ、宙を舞った俺は抵抗することなく、木に背中を強く打ち付ける。
「_____ッ!?」
口を大きく開きながら、声にならない悲鳴を上げた。
そのまま力なくずり落ち、木に寄りかかりながら尻餅をつく。
「グルルル……」
背中の痛みに視界がぼやけていく。手に力が入らなくなり、剣をカランと落とした。
今の俺に戦う気概も、生きる気力も残されていない。
ズン、ズンと重い足音を立てながらクリムフォーレルが近づいて来るのを感じながらも、俺は動こうとしなかった。
__もう、いいか。どうせ俺なんて生きていても意味がない。俺みたいな人の真似事しか出来ない人形は、ここで死んだ方がいい。
意識が薄れていき、瞼が落ちていく。
目の前でクリムフォーレルが大きく口を開き、鋭く生え揃った牙で俺を噛み砕こうとしているのを肌で感じた。
でも、それでいい。殺すなら、一思いにやってくれ。
生きることを諦め、死を受け入れた俺は静かに瞼を閉じた。
「__?」
その時、フワリと柔らかな香りが鼻をくすぐる。荒んだ心を優しく撫でるような、花の匂い__香水?
重い瞼を少し開くと、俺とクリムフォーレルの間に誰かが立っていた。
「__お待ちなさい。この坊やに興味が湧いたわ」
凛とした女性の声が聞こえる。
俺に背中を向けたその人は、森の中には似つかわしくない真紅のドレスを揺らしながら、振り返った。
絹糸のような白みがかった金色の長い髪、ピンと尖った耳。<エルフ族>、か?
「__あの子と……
妖艶な微笑を携えた美女が、切れ長の目で俺を見下ろしている姿を最後に__俺は意識を失った。
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