十九曲目『鍵を握る者』
「……とりあえず、こんなもんかな」
黒い魔力__ガーディと戦うことを決めた俺たちは、レイラさんたちと一緒に今後の方針を決める会議を始めて、かれこれ三時間ぐらいが経っていた。
ずっと会議をしてて疲れた体をグッと伸ばしていると、レンカがスッと立ち上がる。
「私、これからストラと話があるから、この辺りで解散にしましょう?」
「……そうだな、私も訓練に戻ろう」
レンカを皮切りにレイドも談話室から出て行った。大体方針も固まってきたし、今日はこのぐらいにした方がいいだろう。
ソファーの背もたれに背中を預けていると、ミリアがクスクスと笑う。
「皆様お疲れでしょうから、お茶でもご用意しますね」
「そうね、お願いするわミリア。出来ればお酒がいいんだけど……」
「今、お茶を、ご用意します」
さりげなくお酒を求めるレイラさんをミリアは強い口調で止める。
レイラさんは残念そうに肩を竦めてから、ふと思い出したように俺たちに声をかけた。
「そう言えば気になっていたことがあるの。あなたたちはどうやってマーゼナル王国から逃げ出すことが出来たの? 城の警備は強固だし、そう簡単には逃げられないと思うんだけど」
マーゼナル王国の王城で暮らしていた俺たち。敵の本拠地にいた俺たちがそこから逃げるのは、普通なら難しいだろう。元々城で過ごしていたレイラさんも、それが分かっているからこそ俺たちがどうやって逃げられたのか気になっているようだ。
俺はその時のことを思い出しながら、口を開く。
「ガーディたちの目論見を知った俺たちがその日の夜に王国から抜け出そうとした時、手伝ってくれた人がいたんですよ」
「あら、城にそんな人がいたのね。誰なの?」
「カレンさん、って言うメイドの……」
白髪で六十代ぐらいのメイド、カレンさん。年齢を感じさせないほどしっかりした、俺たちにこの異世界のことを色々と教えてくれた人だ。
もし、カレンさんに助けて貰わなかったら、俺たちはすぐに捕まっていたことだろう。
懐かしさを感じていると、レイラさんはカレンさんの名前を聞いた途端、愕然とした表情を浮かべながら驚いていた。
「どうかしましたか?」
「そんな……カレンが……ッ!」
信じられないと言わんばかりに口をパクパクと開け閉めしていたレイラさんが、突然勢いよく立ち上がる。
「カレンは!? カレンはまだ生きているの!?」
「ちょ、レイラさん!?」
凄い剣幕で詰め寄ってくるレイラさんに驚いていると、ハッと我に返ったレイラさんは「ごめんなさい」と一言謝ってからソファーに座る。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせたレイラさんは、静かに語り出した。
「カレンは私の専属メイドだったの。本当なら、カレンもこの国に連れて行きたかったんだけど……彼女は、マーゼナル王国を放っておけないって言って残ったのよ」
「……それどころか、カレンは亡命しようとしていたワシらを手引きしてくれた。自分一人だけ残って、な」
ローグさんもカレンさんを知っているようで、遠い目をしながら懐かしそうに笑みをこぼす。
カレンさんはたった一人でマーゼナル王国に残ったのか。国のために……。
驚きの事実に目を丸くしていると、カレンさんがグッと唇を噛み締める。
「まさか、あれからずっとマーゼナル王国でメイドを続けていたなんて……」
「レイラと近しかったカレンが何もされずに城にいるなど、普通ではありえんな」
たしかに、レイラさんの専属メイドだったカレンさんが何もされずに城でメイドを続けているのは、少し妙だ。
ガーディが真実を知り、亡命したレイラさんたち……魔族を追っているなら、カレンさんを放置する訳がない。
すると、思考を巡らせていた真紅郎が話し始めた。
「多分、レイラさんたちに対する人質、もしくはまだ関わりがある可能性を考えて監視していたのかもしれないですね」
「まぁ、そう考えるのが妥当だな」
真紅郎の考えに俺が同意すると、やよいたちも頷く。
レイラさんと関わりがあったカレンさんを生きたまま、しかもメイドとして置いていたのは少しでも情報を得るためだろう。
そして、もしも攻めてきた時には、人質として使えるように。
それを聞いたレイラさんは肩を震わせながら歯を食いしばり、怒りを堪える。
「……カレンは、無事なの?」
振り絞るように問いかけるレイラさんに、俺たちは言葉が詰まった。
カレンさんが無事なのか、と言われると……正直、分からない。
マーゼナル王国の真実を知り、俺たちが逃げようとすることを察していたカレンさんは、旅に必要な物を準備し、俺たちを隠し通路まで案内してくれた。
その時、カレンさんは苦しそうに胸を抑えていたけど……あれは多分、勘付いたガーディの仕業だろう。
それでも、カレンさんは苦しみながら俺たちに一喝し、見送ってくれた。
__俺たちがこの世界の最後の希望だと言って。
意を決した俺がその時のことを話すと、レイラさんは目に涙を浮かべながら険しい表情で立ち上がった。
「__カレンを助けに行くわ。マーゼナル王国に、攻撃を仕掛ける……ッ!」
ヴァベナロスト王国の女王として、マーゼナル王国に攻撃__戦争を仕掛けることを決めたレイラさんに、ミリアが慌てて止めに入る。
「待って下さいお母様! さっきの会議のことをお忘れですか!?」
「知ったことじゃないわ! もう時間の猶予がない! すぐにでもあの男を……」
「__待て、レイラ」
会議ではマーゼナル王国に攻め入るにはまだ時期が早く、しっかりと準備と綿密な計画を立ててから、と決めたはずなのに、レイラさんは全てを無視して感情のままに戦争を始めようとしていた。
すると、目を瞑っていたローグさんが止める。
レイラさんはキッとローグさんを睨みながら、怒りに顔を赤く染めたまま怒鳴りつけた。
「ローグはカレンが死んでもいいって言うの!? 話は聞いたでしょ!? あの男は間違いなく、カレンに何かした! カレンは今も苦しんでるかもしれないでしょ!? 早く助けないと……」
「__レイラ。座れ」
感情を爆発させているレイラさんを、ローグさんがギロリと睨んで押し止める。
猛禽類のような鋭い視線にレイラさんはピタリと動きを止め、拳を強く握りしめながら静かに座った。
レイラさんが座ったのを確認してから、ローグさんは深々とため息を吐く。
「お前が言いたいことは分かる。だが、まずは落ち着け。お前はこのヴァベナロストの女王だろう?」
「分かってるわ……でも……ッ!」
「いいか、レイラ。ワシらヴァベナロスト王国がマーゼナル王国に攻撃を仕掛ける材料は
筋道を立てて説明するローグさんに、レイラさんは黙り込んだまま耳を傾けていた。
亡命したレイラさんたちには攻める理由があるけど、国として考えればヴァベナロスト王国はマーゼナル王国に何もされていない。
それでこっちから戦争を仕掛ければ、侵略戦争になってしまう。
「他国との関わりを閉ざしているヴァベナロストがいきなり戦争を仕掛けてみろ。ただでさえヴァベナロストが有する高度な魔法技術を狙っている他国は多い。これに乗じてマーゼナルと友好関係にある国や魔法技術のおこぼれを狙う他国まで巻き込んだ、全面戦争になる」
「それは……」
ローグさんの言葉が否定出来ないのか、レイラさんは悔しそうに俯いた。
ヴァベナロスト王国対、マーゼナル王国が率いる連合軍。高度な魔法技術を持ってても、数の暴力には勝てないだろう。
ローグさんは真剣な表情で見つめながら、言い放った。
「__レイラ。お前はこの国を戦火で焼くつもりか?」
勝ち目のない戦争にヴァベナロスト王国を、民を巻き込むのか……そう言うローグさんにレイラさんは頭を抱える。
「……いいえ、それは出来ないわ」
「そうだろう? だからこそ、会議で決めたではないか。まずはマーゼナル王国と友好関係にある国に真実を伝え、マーゼナル王国を孤立させるんだ」
「__分かってるわ。もう、大丈夫」
今後の方針として、まずはマーゼナル王国を孤立させることを俺たちは決めていた。
俺たちが戦うのはマーゼナル王国、ガーディだけ。他国と争うつもりはない。巻き込まないためにも、まずは友好国にマーゼナル王国の真実を伝えなくてはならない。
頭に血が上っていたレイラさんはローグさんに窘められ、冷静さを取り戻したのかゆっくりと息を吐いた。
「みんな、ごめんなさい。取り乱しちゃって」
「大丈夫ですよ。レイラさんの怒りは分かりますから」
俺の言葉にレイラさんは頬を緩ませ、心配そうにしているミリアの肩を抱く。
「ミリアもごめんね?」
「いえ、お母様。私はカレンさんのことは覚えていませんが、大事な人なんでしょう? でしたら、その方も助け出しましょう」
「えぇ、そうね」
ミリアの優しい言葉にレイラさんは涙を拭って笑みを浮かべた。どうにか戦争は回避出来たな。
ホッと一安心していると、ローグさんがガシガシと頭を掻く。
「まったく、レイラはいつまで経っても子供だな。少しは女王として落ち着いたらどうだ?」
「カレンのことを聞いて感情が抑えられなかったのよ。ちゃんと女王をしているつもりよ?」
「どうだかな。少しはミリアを見習ったらどうだ?」
鼻を鳴らして言うローグさんに、レイラさんはムッとしながらそっぽを向く。レイラさんは女王だけど、どこか子供っぽいんだよなぁ。
女王っぽくないけど、それが民に愛される要因でもあるんだろうけど。
緊迫した空気が霧散していくと、ローグさんは顎を撫でながらうなり声を上げた。
「それにしても、カレンが生きているとなると……もしかしたらまだ、マーゼナル王国の真実を知る者が残っているかもしれんな」
「カレンさん以外にもいるの?」
やよいが首を傾げながら聞くと、ローグさんは力強く頷いて返す。
「おそらく、な。だが、大体はガーディに従っているだろう。ワシらに味方する者は皆無だ」
「信頼出来る人はカレン以外、全員亡命しているわ」
そうなるとマーゼナル王国の内部から動いてくれそうな人はいないだろうな。
ローグさんはやれやれと呆れながらため息を漏らす。
「嘆かわしいが、城には真実を知ってもガーディに従っている者しかいないだろうな。マーゼナルに攻め込むなら、友好国を引き離すことが出来る材料を内部から調べてくれる味方が欲しい。今の段階では情報が少ないからな」
「もし私たちの味方がいたとしても、あの男が監視しているだろうし……潜入するのも難しいわね」
「そうだな。元からマーゼナルにいて、ガーディの監視下にいない者。自由に城に出入り出来て、疑われない者となると……」
ローグさんとレイラさんが頭を悩ませていると、真紅郎が何かを思いついたのか「あ!」と声を上げた。
「一つだけ、方法があります」
「何? それはなんだ?」
「__
真紅郎の言葉に、ここにいる全員がその手があったかと声を上げる。
俺たちも所属しているユニオン。ユニオンは国家を跨ぎ、独立している
国が相手でも取り締まり、正義のために戦うユニオンなら、マーゼナル王国の真実を知れば仲間になってくれるかもしれない。
ローグさんはニヤリと笑いながら膝を叩いた。
「そうだな、ユニオンならばマーゼナル王国だろうと内部調査をするはずだ。そんな簡単なことに気付かないとは……まったく、ワシも年を取ったな」
「仕方ないわ。私たちはあの男のせいで魔族__世界の敵として認識されているから。でも、あなたたちなら別ね」
そう言ってレイラさんが俺たちに目を向ける。
そう、俺たちはヴァベナロスト王国所属じゃなく、歴としたユニオンメンバーだ。
俺たちはマーゼナル王国に指名手配されているけど、ユニオンは治外法権の組織。ユニオンで問題を起こさない限り、ユニオンは俺たちの味方だ。
「レイラさんたち魔族と呼ばれる人たちの言葉は耳を貸さなくても、あたしたちが言えば……」
「ユニオンは動いてくれるはずだね」
「ハッハッハ! なら、オレたちがやることは決まったな!」
「……ユニオンに全てを、打ち明ける」
ユニオンが真実を知り、マーゼナル王国の内部調査をすれば、隠されていた闇を暴いてくれるかもしれない。
そうすれば、友好的だった国もマーゼナル王国から離れていくだろう。
これでヴァベナロスト王国とマーゼナル王国の一騎討ちに持ち込めそうだ、と思ったけど……。
「ちょっと待った、一つ気になることがあるんだけど」
早速動き出そうとしたみんなに待ったをかけ、腕組みしながら、気になる点を話した。
「ユニオンのマーゼナル王国支部だけど、そこの<ユニオンマスター>ってロイドさんだろ?」
ユニオン支部のトップ、ユニオンマスター。
マーゼナル王国の支部のマスターは、ロイドさんだ。
だけど、ロイドさんはガーディに協力して俺たちと戦った。完全中立組織のユニオンマスターなのに、国に協力していたことになる。
「最後には俺たちを助けるために王国と戦ってくれたけど、少なくともマーゼナル王国のユニオン支部は味方じゃない可能性がないか?」
「……たしかに、ね。でも、タケル。一人忘れてない? ボクたちを助けてくれたユニオンメンバーがいることをさ」
俺たちを助けてくれた人? 誰かいたか?
その時のことを思い出していると、一人だけ思い当たる人物がいた。
「そうか! 忘れてた!」
その人物の名は__アシッド。
金髪でいつも怠そうにしている無精髭の男。ユニオンマーゼナル王国支部でロイドさんに次いで強い、実力者。
アシッドは俺たちと戦ったけど、最後には助けてくれている。もしも、アシッドがまだマーゼナル王国にいるなら……。
「アシッドなら、俺たちのために動いてくれるかもしれない」
「その男は信用出来るのか?」
「いつもやる気ないけど、俺たちを助けてくれたんです。実力も充分だし、アシッドと連絡が取れればもしかしたら」
「なるほどな……」
ローグさんは顎に手を当てて考え込むと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「それならば、アシッドとやらと連絡が取れる方法を考えなくてはな」
俺たちはローグさんの言葉に力強く頷いた。
マーゼナル王国に攻め入るための第一歩。その鍵を握る、アシッドとの連絡手段。
まずはそこから始めよう。
そうと決めた俺たちは、どうするのか話し合う。その会議は夜まで続くのだった。
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