十八曲目『ガーディの過去』
「当時のガーディ・マーゼナルは第一王子としての身分を隠し、ただのガーディとしてアスカとロイドと共に世界を旅していた。騎士団長のワシは正体を知っていたが、ガーディに言われて黙っていた」
__ローグ騎士団長、このことはお父様には内緒にしててくれませんか? ボクは、世界を見たいんです。だから、お願いします!
「ずっと城に閉じこもって勉強の毎日だったことに嫌気が差していたこと、それ以上に世界を見て回りたいという願望が強かったガーディは、当時の王に何も言わずに旅に出た。まぁ、王は最初から分かっていたがな」
「分かってて黙認してたのか」
「あぁ。王になれば、自由にどこかに行くことは難しいからな。親心、という奴だ。心配はしていたが、アスカとロイドは信用出来るとワシが口利きし、晴れてガーディは二人と共に旅をすることが出来た」
そうして、アスカ・イチジョウとロイドさん、ガーディの三人は世界を旅して回ることになったのか。
ローグさんは懐かしむように頬を緩ませると、話を続ける。
「昔のあいつは本当にヒョロくてな……剣を振ればすっぽ抜けるわ、鎧を着れば動けなくなるわで、本当に旅が出来るのかと心配になるぐらいだった。長時間歩くことも出来なくて、よくロイドがボヤいておったな」
ローグさんが言うには、昔のガーディは背だけは高いけどそれ以外は全然だったようだ。
そりゃあ、城に閉じこもってたんだから仕方ないだろう。
すると、ローグさんは鼻を鳴らす。
「だが、根性だけは人一倍でな、苦手な戦闘や血反吐を吐くような訓練を経て、後衛の魔法使いとして一流と言われるぐらいになっていた。最初はついていくので精一杯だった男が、いつの間にかアスカとロイドが背中を預けられるぐらいに成長していたのは、感慨深かったものだ」
虚弱だったガーディは、努力の果てに英雄と呼ばれるようになったアスカ・イチジョウやロイドさんが頼りにするぐらいの魔法使いに成長した。そこに至るまでにどれだけ努力したのか、想像も出来ない。
ガーディがそこまで頑張った理由は、仲間の二人に追いつきたいから。そして__。
「奴はいつも言っていた。自分は民を守る王になる、と。王は民を守る最後の砦だ、とな……」
ただ後ろで守られるだけが王じゃなく、民を守る最後の砦こそが王だと、昔のガーディは言っていたらしい。
心優しく、正義感があるからこその言葉だろう。そのために、ガーディは努力して強くなったんだ。
それなのに、どうして……。
「……私があの男と結婚しようと思ったのは、その言葉があったからなの。見た目は弱々しいのに、心は誰よりも誇り高く強かった。だから、私は……」
レイラさんが拳を握りしめ、悔しそうに……悲しそうに呟くと、心配したミリアがレイラさんの拳に手を置いた。
レイラさんは儚げに笑いながらミリアの頭を撫でる。
「あの人なら、マーゼナル王国をどこにも負けない素晴らしい国に出来る、そう思っていたわ。それなのに……」
「何故か、乱心した」
マーゼナル王国の王になったガーディは、自分が目指していた王とは真逆……暴君に成り果てた。
心優しく、誰よりも民のことを思っていた男が、どうして?
誰もが黙り込んでいると、真紅郎が軽く手を挙げながら口火を切った。
「これは、あくまでボクの仮説なんですが、いいですか?」
「えぇ、いいわ。話してみて」
レイラさんに言われ、真紅郎は「では」と前置きしてからコホンと咳払いする。
「まず最初に、当時のガーディは雷と風を操る魔法使いだった。それは間違いないんですよね?」
真紅郎の問いかけにレイラさんとローグさんが頷いて返す。
「ガーディが乱心したのは王になってすぐ。つまり、その前までは今まで通りだった」
「そうね。あの男は王位継承してすぐにおかしくなったわ」
「そうなると、考えられるのは最初からそのつもりだった、もしくは……その前に
まぁ、その二択だろうな。
民を想っていたガーディは偽りの姿で王になった瞬間、本性を出した。
もう一つは、ガーディの身に乱心するような何かがあった。
「乱心する前に、何か大きな出来事はありませんでしたか?」
「大きな……やはり、アスカの死だろうな。あれほどの大きな出来事はないだろう」
「アスカ・イチジョウの死が引き金となった可能性は?」
ローグさんは後頭部をガシガシと掻いて当時のことを思い出しながら、首を横に振る。
「いや、ないな。たしかに仲間の死に悲しんではいたが、精神を病むほどではなかった。むしろ、アスカの分まで頑張ろうと気合を入れ直していたぐらいだからな」
「……ということは、アスカ・イチジョウの死の前後はいつも通りだった、と?」
「えぇ、私が知っているガーディだったわね」
レイラさんが答えると、真紅郎は腕組みしながら思考を巡らせ、口を開いた。
「アスカ・イチジョウの葬儀以降、ガーディは国の外に出ませんでしたか?」
「む? あぁ、出たな。モンスターの凶暴化の原因を探りに、アスカが単身で調査に向かった場所にガーディは向かっている。それがどうかしたのか?」
訝しげに答えるローグさんに、真紅郎は続けて問いかける。
「それ以降でガーディの様子がおかしくなったことは?」
「ワシは特には……」
「その頃にはリリアとミリアがお腹にいて色々忙しかったから、気にしている余裕がなかったわね」
二人が真紅郎の問いに答えた時__。
「__待て、真紅郎。一つ思い出したぞ」
何かを思い出したレイドは険しい表情を浮かべながら、当時のことを語り出す。
「調査を終えたガーディが国に戻ってきて、二日ぐらいした頃のことだ。ローグ様との稽古が終わり、部屋に戻っている道中……私はガーディを見ている」
「レイド、その時のガーディの様子はどうだった?」
「ガーディの私室の扉が少し開いていてな、ブツブツと何か独り言を呟いているのが聞こえて興味本位でつい覗いたんだ。暗い部屋にたった一人で、英雄アスカが持っていた剣を見つめながら、たしかこう言っていた……」
__これでようやく終わりだ。
「その時の私は稽古終わりで疲れていた上に、聞き間違いだと思ってあまり気にしてなかったからな。ただ、少し様子がおかしいとは感じていたが……」
「__やっぱり」
レイドの話を聞いた真紅郎は、予想通りだと言わんばかりに口角を上げる。
全員が目を向けると、真紅郎ははっきりと言い放った。
「これは何度も言うけど、ボクの仮説……憶測でしかないけど、ガーディが乱心した理由は__外的要因の可能性がある」
「はぁ? 外的要因って、どういうことだ?」
ウォレスが首を傾げながら聞くと、真紅郎は分かりやすく最初から説明し始める。
「まず、ガーディは元々は心優しく民を想う人だった。それが突然、豹変した。もちろん、最初からそのつもりだった可能性もあるけど、あまりにも違和感がある」
「真紅郎、その違和感っていうのは?」
俺の言葉に真紅郎は頷きながら、人差し指を立てた。
「一つ。アスカ・イチジョウとロイドさんが背中を預けるほど信頼していたこと。ずっと旅していた仲間を騙せるほどの演技力があった可能性はあるけど……ボクが知っているガーディはそこまで演技力があるとは思えない」
この異世界に来た俺たちを騙そうとしていたガーディだけど、真紅郎は初めからガーディを疑っていた。
父親が有名な政治家だった真紅郎は、幼い頃から人の闇の部分を見せられ続け、結果的に嘘を見抜ける力を持っている。
そんな真紅郎はガーディが何か嘘を吐いていると見抜いた。真紅郎だから、と言えばそうかもしれないけど、真紅郎曰く自分じゃなくても気付くぐらいガーディの演技力は杜撰だったと話す。
「だから、長年一緒に旅をしていた二人をガーディは騙し切れないと思う」
「……続けて」
先を促したレイラさんに頷いて返した真紅郎は、二本目の指を立てた。
「次に二つ目。元からマーゼナル王国を掌握して自分の意のままに操ろうと企んでいたなら、最初から旅なんて危険な真似はしないはず。旅なんてしなくても、王位継承はしてたんだから」
「……旅をすることで自分の評価を上げようとしていたんじゃないのか?」
真紅郎の話に俺が割って入ると、真紅郎は首を横に振って否定する。
「いや、それはないと思う。もちろん、旅を通じて多くの人を助けることで自分が王になった時に民の信頼を勝ち取れただろうけど、そんな回りくどいことをしなくても反対した人間は処刑すればいいだけのこと。危険を冒してまで信頼を得なくてもいいはずだよ」
なるほど、たしかにそうだな。真紅郎が話す仮説は筋が通っている気がする。
そして、真紅郎は三本目の指を立てた。
「最後に、三つ目。ガーディの様子がおかしくなった原因だね。時期を考えるに、ほぼ間違いなく英雄アスカ・イチジョウが姿を消した場所を調査しに行った時。そこからガーディは乱心し始めた」
「そこで何かがあった、ってことか?」
「元々、ガーディの適正属性は風と雷。それが黒い魔力に変わった。いや、変わったんじゃなくて
てことは、ガーディがおかしくなった原因は、そのどす黒い魔力のせいってことか?
真紅郎が言う外的要因って意味は理解した。すると、難しい顔をしたレイドが口を開く。
「それは少し、無理がないか? 突飛過ぎる気もするが……」
「もちろん、これはあくまで憶測だから、本当かどうかはボクにも分からないよ。でも、そう考えた方が自然じゃないかな?」
真紅郎は顎に手を当てながら、話を続けた。
「タケルに少し話を聞いていたけど、突然凶暴化したモンスターを調査するために、アスカ・イチジョウはその原因と思われる場所に向かい、何かと戦って命を落とした。もし、その何かがまだ生き残っていたら? そこに現れたガーディに
「……乗り移った?」
ふと、真紅郎が話した単語に引っかかる。
何かを忘れているような……。
「__あッ!?」
頭の中に電流が走ったように、俺はあることを思い出した。
突然声を上げた俺に、全員が驚いたように目を向けてくる。
「どうかしたの、タケル?」
「__サクヤ!」
心配そうに声をかけてくるやよいを無視しして、俺はサクヤを呼んだ。
いきなり名前を呼ばれて目を丸くしているサクヤに、俺は思い出したことを話す。
「__
「……あ」
俺が言った黒いもやに、サクヤも思い出したのか声を漏らした。
俺たちが話していることが理解出来ずに首を傾げるみんなに、説明する。
「俺とサクヤは何回か、黒いもやを見てるんだ。黒いもやが抜けた人は、まるで性格が変わっていたんだよ」
それはまるで、黒いもやに乗り移られているみたいに。
<転移症候群>という魔力を強制的に使って転移する病気。その病気と闘い、命を落としてしまったやよいの親友、シランも同じように黒いもやが体に纏わりついていた。
その黒いもやが、ガーディの中に蠢いているというどす黒い魔力だとしたら?
「ガーディもまた、黒い魔力が乗り移っているんじゃないか?」
真紅郎の仮説が正しければ、黒い魔力が原因でガーディが豹変した可能性が高くなる。
そう説明すると、ウォレスは頭を抱えながら叫んだ。
「ウガァァァァ! 頭が混乱してきた! てことは何か? 本当の
「……それは分からないけどね」
これはあくまで憶測。今までの情報から導き出した一つの可能性に過ぎない。
俺はグッタリとうなだれながら、深いため息を吐いた。
「結局、黒い魔力ってなんなんだ?」
「……私にもわかりません。でも、間違いなくあの黒い魔力はこの世に存在してはいけないもの。世界を滅ぼすほどの憎悪を持った、危険な魔力です」
ミリアは恐怖をグッと堪えながら、静かに語る。
「私は、魔力を感じ取れる力を持っています。この力はきっと、何か大事な役割を果たすために私に宿ったんだと思っているんです。だから、私は魔法の研究をして、誰かの助けになれるように今の副所長としての地位を得ました」
真剣な表情を浮かべたミリアは、決意に満ちた声で宣言した。
「__私はいつかあのおぞましい黒い魔力を解明し、この世界に平和を取り戻します」
それは、一人の華奢な少女が背負うには大きな覚悟。
だけど、ミリアは本気で世界を守ろうとしている。心に刻まれた恐怖を必死に堪えながら。
「__ミリア。俺も手伝うよ」
俺の言葉にミリアはキョトンとしていた。
別に俺は英雄にも勇者にもなるつもりはない。でも、罪のない人が巻き込まれるのは無視出来ない。
だから、ミリアが背負っている覚悟を、俺も背負おう。
すると、俺に続いてやよいは肩を竦めながら口を開いた。
「言うと思った。タケル一人に任せてられないし、あたしも手伝うよ」
「うん、そうだね。もしかしたら、黒い魔力を追っていけばボクたちが元の世界に戻れる方法が分かるかもしれない」
「ハッハッハ! よくよく考えれば、めちゃくちゃ
「……ぼくも、戦う」
「きゅー! きゅきゅー!」
やよいが、真紅郎が、ウォレスが、サクヤが……そして、キュウちゃんが。
Realize全員が俺に続くように黒い魔力と戦うことを決意する。
俺はまだ展開について来れていないミリアに笑みを浮かべながら、親指を立てた。
「任せろって、ミリア! 俺たちが揃えば、誰にも負けない! その黒い魔力をやっつけてやるよ!」
俺の言葉にミリアはクスッと笑みをこぼしながら、目尻に涙を浮かばせる。
「__ありがとうございます」
涙を流してお礼を言うミリアに俺たちが頬を緩ませると、ローグさんが豪快な笑い声をあげた。
「ガッハハハハ! やはりお前たちはいい! 最高だ!」
「ククッ……そうでしょう、ローグ様」
レイドはまるで自分のことのように自慢げに笑う。
すると、突然レイラさんが勢いよく立ち上がった。
「よし、決まりね! 私、ヴァベナロスト王国女王、レイラ・ヴァベナロスト・マーゼナルは宣言する! これから先、何があっても……私とこの国は、あなたたちを全力で支援するわ!」
レイラさんは女王として、黒い魔力……ガーディと戦うことを決めた俺たちを支援すると宣言する。
つまり、ヴァベナロスト王国が俺たちの後ろ盾になった。今まではマーゼナル王国の追手から逃げるだけだったけど……。
「ようやく、反撃に出れそうだな」
これから先、どんな出来事が待ち構えているのかは分からない。それでも俺たちが元の世界に戻るためには、戦いは避けられないだろう。
覚悟を決めた俺たちは、今後の方針をレイラさんたちと話し合うのだった。
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