二曲目『魔族の国の主』
騎士団の男に先導されながら、俺たちは城の中を歩く。
城の内装は赤い絨毯が敷かれた石畳の床に煉瓦造りの壁と、無骨さを感じさせる飾り気のないものだった。
城にありがちなゴテゴテの豪華な意匠や高そうな調度品などもなく、余計なものを全て排除して実用性を重視しているようにも見える。
どこか城らしくない内装をキョロキョロと見渡しながら歩いていると、先導していた男は大きな扉の前で立ち止まった。
「こちらになります」
男は深々と頭を下げると扉を開ける。
重い音を立てながら開かれた扉の先には、奥に真っ直ぐに伸びる赤い絨毯。広々とした空間を頭上のシャンデリアと窓から差し込む陽の光が照らしている謁見の間の一番奥に、このヴァベナロスト王国の長、魔族を率いるトップの姿があった。
「__ようこそ、ヴァベナロスト王国へ。どうぞこちらに」
凛とした女性の声が響く。大声を出した訳じゃないのに、離れた俺たちにまではっきりと聞こえるほど通る声をしていた。
って、それより……。
「へ、陛下って、女性だったのか?」
まさか王じゃなく、
すると、ヴァイクが「あぁ」と不敵に笑う。
「そういえば言ってなかったな。まぁ、別にいいだろ。それよりも待たせる訳にはいかない。早く行くぞ」
呆気に取られている俺たちに声をかけてから、ヴァイクはスタスタと女王の方へ歩いて行った。慌てて俺たちも追って行くと、離れていてはっきりと見えていなかった女王の姿が見えてくる。
高い壇上の玉座に座っていたのは、四十代後半ぐらいの綺麗な女性だった。
陽の光で煌めく長い金色の髪をした赤いドレスに身を包んだ女王は、空のように蒼い瞳をした切れ長の目で俺たちを真っ直ぐに見据えている。
女王の前にたどり着くと、ヴァイクは片膝を着いて頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありません、我が主。ただいま帰還致しました」
「……よくぞ戻りました、誇り高き騎士ヴァイク卿」
ヴァイクはいつもの無愛想なヴァイクらしくない丁寧な口調で挨拶すると女王はピクリと眉を上げながら、どこかぎこちなく返事をしていた。
なんか二人の会話が芝居がかっているような、変な違和感を感じながら同じように片膝を着いて挨拶しようとすると、女王は俺たちに向かって掌を向けて止める。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ、楽にして下さい」
優しげな笑みを浮かべながら言ってくる女王に、俺たちは困惑しながら片膝を着くのをやめた。
すると、女王は目を細めながら軽く微笑んで口を開く。
「初めまして。私はこのヴァベナロストの女王……あなた方が魔族と呼ぶ者たちを取り纏める者です」
「えっと、俺たちは……」
「あなた方のことは知っていますよ。タケル様、やよい様、ウォレス様、サクヤ様……ですよね?」
名乗ろうとする前に、女王は俺たちの名前を呼んだ。
名前も知られてるってことは、間違いなく俺たちが魔族を倒すために異世界から召喚された勇者だということも知られているだろう。
今はもう魔族を倒そうなんて考えてないけど、女王からしたらあまり面白くない話のはずだ。
だけど、女王は俺たちに対して敵視している様子もなく、むしろ歓迎しているかのように笑みを浮かべていた。
「安心して下さい、私はあなた方を敵だと思っていません。あなた方はどちらかと言えば__被害者ですからね」
「被害者、と言うのはどういうことでしょうか?」
女王が俺たちのことを被害者と呼ぶことに疑問に思った真紅郎が問いかけると、女王は目を閉じながら静かにため息を吐く。
「言葉通りです。あなた方は私たち魔族と呼ばれている者を討伐するためだけに、
「え……夫?」
俺たちを召喚したのはマーゼナル王国の王様、ガーディ。
ガーディは最初は俺たちを勇者と呼び、色々としてくれたけど……その裏側では俺たちを戦争に使う兵器として見ていた。それから俺たちはマーゼナル王国から逃亡したけど、今もなお俺たちを殺そうと追っ手を放っている__敵だ。
そのガーディを夫を呼ぶってことは、この人は……。
「申し遅れましたね。私の名はレイラ・ヴァベナロスト・
「__え、えぇぇぇぇぇぇッ!?」
まさかの事実に飛び上がるほど驚愕する俺たち。
ガーディが討伐しろと言ってきた魔族の主が、マーゼナル王国の元王妃。それが本当なら……。
「ヘイヘイ、
「え? え? なんで? どうして? 訳分かんない……」
女王の前だと言うのに頭を抱えて叫ぶウォレスに、理解が追いつけずに困惑するやよい。言葉にはしてないけどサクヤも目を丸くしながら驚き、事情が分かっていないベリオさんは首を傾げていた。
混乱している俺たちの中ですぐに冷静を取り戻した真紅郎は、顎に手を当てながら口を開く。
「失礼ですが、レイラ女王。もしかしてあなたは……亡命したのですか?」
真紅郎の問いかけに、レイラ女王はゆっくりと頷いた。
「その通りです。私は夫のガーディから逃げ、このヴァベナロストへ亡命したのです」
「いったい何が?」
「そうですね……詳しい話は長くなりますので、あとでしましょう」
レイラ女王は一度話を切り上げ、ヴァイクに目を向ける。
「ヴァイク卿。災禍の竜はどうなりましたか?」
「……無事、とは言えませんがここにいるタケルたちと船長のベリオ、並びに船員たち全員の協力により、討伐に成功しました」
ヴァイクの報告を聞いたレイラ女王は、玉座に背中を預けながら胸を撫で下ろした。
「そうですか。それは何よりです」
「ですが、戦いによりレイドは重傷を負いました。今はストラが治療を施している最中です」
「あのレイドが……余程、厳しい戦いだったのでしょう。ヴァイク卿、そしてタケル様方……本当に、感謝します」
「そ、そんな! 頭を上げて下さい!」
そう言って深々と頭を下げてくるレイラ女王。
国のトップに頭を下げられ、俺は慌てて止めようとするとレイラ女王は首を横に振った。
「いいえ。あなた方はこの世界を救った、まさしく勇者。あなた方のおかげで災禍の竜に世界を滅ぼされずに済みました。救われた側として、お礼を言うのは当然のことです」
真剣な表情で言い放ったレイラ女王は、また俺たちに向かって頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
こんなに真っ直ぐにお礼を言われると少し照れるな。
どう答えていいのか分からずにポリポリと頬を掻いていると、頭を上げたレイラ女王は俺たちに向かって微笑む。
「お礼と言ってはなんですが、私たちヴァベナロスト王国はあなた方を歓迎します。何日でも滞在して頂いて構いません。もちろん、機竜艇に乗っている船員の方々も同じように歓迎します」
レイラ女王は俺たちを快く歓迎し、滞在の許可もくれた。
一安心していると、レイラ女王の話を聞いていたベリオさんが首を傾げる。
「少し待ってくれ……ませんか、女王。どうしてあの船が
「ふふっ、かしこまらなくてもいいですよ。話しやすい口調で大丈夫です」
敬語を言い慣れてないベリオさんにそう返すレイラ女王。
たしかに、この国に来てから誰にも機竜艇のことは話していないはず。それなのにレイラ女王は船のことをはっきりと機竜艇と呼んでいた。
すると、レイラ女王は「それはですね」と間を取ってから答える。
「機竜艇はこのヴァベナロスト王国で造られ、保有していたからですよ」
「なんだと!?」
機竜艇はここで造られたと聞いて、ベリオさんは衝撃を受けたように驚いていた。
そのままレイラ女王は話を続ける。
「大昔、ヴァベナロスト王国の民の一人が発案し、何人もの職人や研究者が一丸となって造った空を駆ける夢の船。それらは災禍の竜との戦いによって失い、現存する物はないと伝えられていましたが……まさか、この目で伝説の船を見られる日が来るとは思ってもいませんでした」
「……その、発案した人の名は?」
「卓越した技術と常識に当てはまらない発明でこのヴァベナロスト王国の発展に多大な貢献を残した、今もなお職人や研究者たちが憧れている伝説の職人。名を__<ザメ・ドルディール>」
その名を聞いたベリオさんは目尻に涙を浮かべ、感動に身を震わせながら嬉しそうに笑った。
「は、ハハハハッ! そうか……俺のご先祖はこの国の出身だったのか……ッ!」
「ご先祖? ということは、もしかして……」
「あぁ、そうだ。俺の名はベリオ・ドルディール……伝説の職人の、子孫だ」
ベリオさんが伝説の職人の子孫だと知ると、レイラ女王は目を見開いて驚き、納得したように静かに口角を上げる。
「なるほど。失われていたと伝えられていた機竜艇は、ザメ・ドルディールの子孫に受け継がれていたのですね」
「……元々この国が保有していたのなら、機竜艇の所有権はそっちにある。返却した方がいいか?」
「たしかに機竜艇の所有権はヴァベナロストにあるでしょう。ですが、誰とも知らない者が所有しているのではなく、子孫がまた機竜艇を空に飛ばしたのであれば、ザメも喜ぶはず。どうぞ、ベリオ様がお持ちになって下さい」
「そいつは助かる! ありがたい!」
最初は手放したくなさそうに提案したベリオさんだったけど、レイラ女王が所有権を譲渡してくれたことに満面の笑みで頭を下げた。
ベリオさんにとって機竜艇は人生を賭けるほどの大事な夢の船だ。正式に所有権を得られてよかった。
そんな話をしていると、遠くの方から鐘の音が聞こえてくる。
「あら、もうそんな時間ですか。皆様も災禍の竜との戦いと長旅で疲れているでしょう。話はこれぐらいにして、ゆっくりと休んで下さい」
レイラ女王は話を切り上げ、謁見の間の扉に控えていた騎士団の男に目配せした。
「タケル様方のお部屋をご用意してあります。今から案内致します。それと、ヴァイク卿。レンカ卿がお呼びしておりましたので、救護室の方へ」
「レンカが? 分かった、すぐに行く」
そのまま俺たちは騎士団の男に部屋に案内される__前に、レイラ女王が「あ、タケル様」と呼び止められた。
「どうかしましたか?」
「その腰に差している剣ですが……」
「これですか?」
左腰に差している魔装を指差すと、レイラ女王は懐かしむように剣を……というより、剣の柄に取り付けられたマイクを見つめていた。
「それはもしかして……アスカが持っていた物と同じでは?」
「え!? アスカ・イチジョウとお知り合いなんですか!?」
レイラ女王の口振りからして、アスカ・イチジョウと面識があるようだ。
すると、レイラ女王はクスクスと笑う。
「知り合いも何も……私とアスカは親友よ。懐かしいわね」
さっきまでの丁寧な口調から砕けた話し方で笑うレイラ女王。こっちが素なんだろう。
それにしても、あの英雄アスカ・イチジョウと親友だったのか。詳しく話を聞きたいと口を開く前に、レイラ女王は首を横に振る。
「今はまず、体を休ませて下さい。話はまた後ほど」
「……分かりました」
色々と聞きたかったけど、ここは言うことを聞いておこう。
俺はレイラ女王と別れ、用意してくれた部屋に向かうのだった。
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