一曲目『ヴァベナロスト王国』
ヴァベナロスト王国。
眼下に広がる街並みは綺麗な円を描くように中世ヨーロッパを思わせる建造物が並んでいた。
外周は敵から身を守るための大きな壁が取り囲み、中央には他の建造物よりも巨大な洋風の城がそびえ立っている。あの城が、この国の王様が暮らしている城だろう。
どことなく俺たちがこの異世界で最初に過ごしていた国、<マーゼナル王国>を彷彿とさせる城下町を眺めていると、羅針盤が映し出している映像を見ていたボルクが慌てた様子で声を上げた。
「な、何かがこっちに向かってきてるよ!?」
俺たちも映像を確認すると、たしかに機竜艇に近づいてくる物体がいる。その数は十体。
徐々に近づいてくると、それがなんなのか見えてきた。
「ワイバーン? 人が乗ってるな……」
映像には十体のワイバーンが綺麗なV字隊列を組みながらこちらに向かってきている。その背中には白銀の全身鎧に身を包んだ人が乗っていた。
すると、ヴァイクは笑みを浮かべながら俺たちに声をかける。
「……安心しろ、敵ではない」
そう言ってヴァイクは甲板の方に向かっていった。俺たちも追いかけると、甲板に出たヴァイクはワイバーンたちに向かって手を挙げる。
隊列を組んでいたワイバーンから先頭にいた四体が甲板に着地すると、すぐに背中から鎧姿の男たちが降りてヴァイクの前で片膝を着いて頭を下げ始めた。
「__おかえりをお待ちしておりました!
一番前で片膝を着いていた男は兜を外すと、ヴァイクに向かって笑みを浮かべる。
って、ヴァイク卿?
思わずチラッと目を向けると、ヴァイクは面倒臭そうに後頭部をガシガシと掻きながらため息を吐いた。
「……卿なんて付けなくていいと何度も言ってるだろ。堅苦しい」
「そ、そんな! 選ばれし誉れ高き騎士様に対してそれは聞けない相談です!」
「はぁ……まったく、面倒な」
尊敬しているのか目をキラキラとさせながら言う男に、ヴァイクは肩を竦める。
というか、ヴァイクってもしかして……。
「ヴァイク、もしかしてお前って……この国で結構偉い人なのか?」
気になってヴァイクに聞いてみると、片膝を着いていた男たちがざわつき始めた。
な、なんか俺、変なこと言ったか?
首を傾げると、先頭にいた男は俺を訝しむように睨みながら口を開いた。
「ヴァイク卿に対してそのような口調……その方々は一体? 見たところ、外部の者のようですが」
後ろに控えている男たちも俺たちを警戒しているようで、ジッと睨んでくる。
これはどう説明しようか、と困っているとヴァイクが助け舟を出してくれた。
「こいつらは俺たちと共に戦ってくれた勇敢な戦士だ。それと、あまり長い時間説明している暇はない。すぐに
「れ、レイド卿が!? 分かりました、すぐにストラ卿をお呼び致します!」
レイド。
生きた伝説と呼ばれるモンスター<災禍の竜>との戦いでかなりの重傷を負ってしまった、ヴァイクと同じく魔族の男。
応急処置をしてなんとか命を繋ぎ止めたけど、今も意識がないし早く医者に診て貰わないと危険な状態だ。
男たちはレイドが重傷だと知ると酷く困惑しながらも、すぐにワイバーンに乗り込んで城の方に飛んで行く。
残ったのは一番先頭にいた男。男は俺たちの顔を見渡すと、肩の力を抜いて頭を下げてきた。
「ヴァイク卿がおっしゃるのなら、心配はないのでしょう。失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません。この国では外部の者が来ることはほぼないに等しいもので……」
「あぁ、いや、大丈夫。気にしてないから」
さっきとは打って変わって丁寧に謝ってきた男に気にしてないことを伝えると、男はワイバーンに飛び乗る。
「今からこの船を停められる場所まで先導します! どうぞ、こちらに!」
そう伝えてから男はワイバーンの手綱を引いて機竜艇の前を飛び始めた。とりあえず、拒絶されなくてよかったな。
一安心していると、ヴァイクは伝声管を通して操舵室にいるベリオさんに話しかける。
「そういう訳で船長。あのワイバーンを追ってくれ」
「フンッ、言われなくても分かっている」
鼻を鳴らしたベリオさんは機竜艇を動かし、ワイバーンを追いかけた。
風に乗ってゆっくりと下降しながら飛ぶ機竜艇は徐々に街に近づいていく。甲板から下を覗き込んでみると、街に住んでいる人たちが機竜艇を見上げていた。
その表情は驚いていたり、感動していたりと様々だけど……少し警戒しているものの、そこまで拒絶されている雰囲気は感じられない。
それどころか、年配の人たちは何故か涙を流していた。
「なんか、泣いてる人がいるね」
「ハッハッハ! この機竜艇の凄さに感極まったんじゃねぇか!?」
やよいも気付いたようで首を傾げていると、ウォレスがカラカラと笑いながら住人たちに手を振り始める。
そのまま城下町を通り過ぎて行き、機竜艇は中央にある城の方へと向かっていった。
周囲を取り囲むように川が流れ、堅牢な城壁で守られた小高い丘に建てられた煉瓦造りの立派な西洋風の城。
先導されて案内されたところは、その城壁の内側__城の敷地内だった。
丁度よく着陸出来そうな広い場所に機竜艇が着陸すると、そこでは白銀の全身鎧を身に纏った集団が隊列を組んで待機している。
一糸乱れずに綺麗に並んでいる鎧姿の集団に思わずたじろいでいると、ヴァイクがため息を吐いた。
「あいつら……あんなに集まる必要ないだろうが」
「ねぇ、ヴァイク。あの人たちって?」
真紅郎が問いかけると、ヴァイクは肩を竦めながら答える。
「あれはこの国の<騎士団>だ」
「騎士団? ってことは、ヴァイクも騎士なのか?」
「……一応、な」
騎士団に敬われているヴァイクも騎士なのか、と思って聞くとヴァイクはやれやれと首を振りながら肯定した。
一応ってどういうことだ? 気になって聞こうとしたけど、ヴァイクは足早に機竜艇から降りてしまった。まぁ、あとで聞けばいいか。
俺たちもヴァイクを追って機竜艇から降りると、鎧姿の集団__騎士団たちが一斉に片膝を着く。
「__お待ちしておりました、ヴァイク卿!」
「挨拶はいい。中でレイドが眠っているから、すぐに運べ」
面倒臭そうにヴァイクが指示を出すと、騎士団の数人が慌ただしく機竜艇に乗り込んだ。
そして、今も意識がないレイドが担架に乗せられて機竜艇から出て来ると、そのあとを追って一人の女性が現れた。
長い黒髪の妖艶な雰囲気を醸し出しているその女性は、ヴァイクやレイドと同じ魔族のレンカだ。
レンカはずっと眠っているレイドの看病をしていて、どこか疲れた表情を浮かべながら騎士団たちにレイドの状態を話していた。
すると、ヴァイクはレンカに向かって声をかける。
「レンカ! このままストラのところに運ぶ! お前も一緒に行ってくれ!」
「分かったわ。それで、ストラは……」
「__ハイハイ、私を呼んだかネ?」
二人が話していると、隊列を組んでいる騎士団たちの後ろから男の声が聞こえてきた。
騎士団たちが二手に分かれて道を作ると、その道を一人の男が通り過ぎていく。
ヨレヨレの白衣にボサボサの黒髪。皮膚は青白く、目がギョロっとしている不健康そうな痩せ型の男は、ヒラヒラと手を振りながら口を開いた。
「ヤァヤァ、おかえりヴァイク。それに、レンカも。災禍の竜は倒せたかナ?」
「ストラ、今はそれよりもレイドを……」
ストラ、と呼ばれた男は担架に乗っているレイドをギョロっとした目で観察し始めると「フムフム」と頷く。
「アラアラ、これは手酷くやられたネ。ちょいと失礼するヨ?」
そう言うとレイドの巻かれていた包帯を解き、複雑骨折している痛々しいほどに青黒く染まった右腕を見ると、ボサボサの髪を掻いた。
「ハイハイ、なるほどネ。まぁ、
あれだけの大怪我をこの程度と判断し、すぐに治ると言い放つ。そんな簡単に治るのかと目を丸くして驚いていると、同じような白衣姿の男が近づいてきた。
「ストラ卿。準備する物は?」
「ハイハイ……右腕には一番、両足には二番で事足りるネ。肋骨には四番の<
「かしこまりました」
スラスラと指示を出すと、白衣姿の男は騎士団たちに目で合図し、レイドを乗せた担架を城の中に運んでいく。レンカもあとを追って行くのを見送ってから、俺はヴァイクにコソッと話しかけた。
「な、なぁ。本当にそんな簡単に治るのか?」
「ストラがそう判断したなら、大丈夫だ」
はっきりと大丈夫だと答えるヴァイク。それならいいんだけど、とチラッとストラという男に目を向けた瞬間__いつの前にか目の前にいた。
「うわぁ!?」
思わず仰け反りながら驚く。気配が全然感じられなくて、びっくりした。
ストラ……さんは俺を興味深そうにまるで舐め回すように俺を観察しながら「フムフム」と呟く。
「ホウホウ。キミがあれだネ、噂に聞いていた音属性使いの勇者だネ?」
「そ、そうです……タケルって言います」
「ハイハイ、タケルだネ。私はストラ……別に敬語は使わなくていいし、気軽に呼び捨てでいいからネ」
それじゃあ、遠慮なく呼び捨てで呼ぼう。
俺に続いて他のみんなもストラに自己紹介すると、ストラはにんまりと笑みを浮かべる。
「フムフム。やよい、ウォレス、真紅郎、サクヤだネ。しっかりと記憶したヨ。それにしても……キミたちは本当に興味深いネ! 唯一英雄が使っていた音属性魔法の使い手! 異世界から召喚された人間! おんがく、という未知の文化! それにサクヤの頭にいるその謎のモンスター! 調べたいことが山ほどあって困っちゃうネ!」
息継ぎしないでベラベラと語り出したストラに、俺たち全員圧倒されていた。
話に上がったキュウちゃんは毛を逆立たせながら、ストラの視線から逃れるように縮こまる。
これまたアクの強そうな奴だな、と苦笑いを浮かべていると、ストラはふと俺の腰に差していた剣を見て首を傾げた。
「アラアラ? その剣、<魔装>だネ? どうしてそのままにしてるのかナ?」
ストラに言う通り、腰に差しているのは魔装……特別な鉱石<魔鉱石>で作った武器だ。
魔装は武器の形態と持ち運びが簡単なアクセサリー形態に姿を変えることが出来る。本当ならアクセサリー形態の指輪に戻したいけど……。
事情を話そうとすると、ヴァイクが話に割り込んできた。
「ストラ。その説明は長くなるから、あとにしてくれ」
「……ヤレヤレ、仕方ないネ。ま、私もゆっくりと聞きたいことがいっぱいあるから、その時に聞くことにしようカ。タケル、落ち着いたら私の研究室に来てネ……たっぷりと、お話をしようヨ」
ニタリと笑いながら俺の目を覗き込んでくるストラに、ゾワリと背筋が凍る。何か、嫌な予感がするんだよなぁ……。
そんなことを話していると、騎士団の一人が声をかけてきた。
「お話の途中で申し訳ありません。謁見のご準備が整いました。陛下がお待ちですので、どうぞこちらに。それと、あの船の船長様もご一緒にお願い致します」
「……あぁん? 俺もだと?」
まさか自分も呼ばれると思っていなかったのか、ベリオさんは訝しげに眉を潜める。
陛下……このヴァベナロストのトップ。そして、この世界の誰もが恐れている魔族の王。
その人に、ようやく会える。
少し緊張し、不安に思いながら俺たちとベリオさんを含めた六人は騎士団の男に案内され、城の中に足を踏み入れるのだった。
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