『哀しきドラゴンの物語』

 むかしむかしあるところに、いっぴきのちいさなドラゴンがいました。


 そのドラゴンはおだやかで、やさしいドラゴンでした。


 だけど、そのドラゴンにはともだちがいません。かぞくもいません。ずっとひとりぼっちでした。


 それは、そのドラゴンがまっしろなからだをしていたからです。


 ゆきのようにしろいそのからだは、ほかのドラゴンとはちがうものでした。


 そのせいでドラゴンはいじめられ、なかまはずれにされてしまったのです。


 でも、ドラゴンはおこりませんでした。


 やさしいやさしいドラゴンは、くらいどうくつでくらすことにしました。


 くらいどうくつで、たったのいっぴきでくらすドラゴン。


 ふと、ドラゴンはおもいました。


 どうしてぼくは、みんなとちがうんだろう?



 あるひのこと。ドラゴンがくらしていたどうくつに、ひとりのにんげんがまよいこんできました。


 みたこともないにんげんに、ドラゴンはとまどいます。すると、にんげんはドラゴンにはなしかけました。


 やぁ。きみはひとりなのかな?


 ドラゴンがうなづくと、にんげんはわらいました。


 なら、わたしとおなじだ。わたしもひとりなんだ。


 にんげんのことばに、ドラゴンはおどろきました。


 ぼくと、おなじ?


 ドラゴンのことばは、にんげんにはわかりません。だけど、にんげんはまるでわかっているのか、うなづきました。


 そうだよ。わたしたちは、おなじさ。


 ドラゴンはうまれてはじめて、なかまをみつけました。



 にんげんとであってから、ドラゴンははじめて「たのしい」というきもちをしりました。

 にんげんはせかいを◼️◼️いながら、たびをしているとはなしていました。


 せかいにはおおくのうつくしいものや、きれいなものがいっぱいさ。わたしはそれをみてまわり、◼️◼️にしてつたえる。それが、わたしのしていることさ。


 そういってにんげんは、ドラゴンに◼️◼️をきかせました。

 うつくしいこえで、せかいのあらゆるきれいなこと、すてきなことを◼️◼️うにんげん。

 ドラゴンはにんげんの◼️◼️が、だいすきでした。


 ねぇ。ぼくもいつか、せかいをみてみたい。いけるかな?


 ふあんそうにきくドラゴンに、にんげんはわらいながらうなづきます。


 うん、いけるよ。きみにはりっぱなつばさがある。どこへだって、いけるさ。


 そのことばに、ドラゴンはうれしくなりました。


◇ 


 ドラゴンとにんげんがであって、なんねんものつきひがながれました。

 ドラゴンとにんげんは、いつもたのしくおはなしをして、◼️◼️をきいて、わらいあってました。

 そんなあるひ、にんげんはドラゴンにいいました。


 わたしはもうすこしで、またたびにでようとおもっている。まだまだいきたいばしょや、くにがあるからね。


 おわかれをつげるにんげんに、ドラゴンはかなしそうにしていました。


 せっかくともだちになれたのに、もうおわかれなの?


 すると、にんげんはわらいながらドラゴンのあたまをなでました。


 だいじょうぶ。はなれていても、わたしたちはともだちさ。それに、わたしはまたここにくるよ。あたらしい◼️◼️を、きみにきかせるために。


 またあえる。そうにんげんがいうと、ドラゴンはうれしそうにしました。


 わかった! ぼく、まってるよ! またうつくしい◼️◼️をきかせて!


 にんげんはわらいながら、うなづきました。


 もちろんさ。それまでまっててくれるかい?


 ドラゴンはなんどもうなづきました。


 こうして、ドラゴンとにんげんはおわかれしました。またあうやくそくをして。



 にんげんがいなくなってから、なのかがたちました。

 ドラゴンははじめて「さびしい」というきもちをしりました。


 まだかな? はやくかえってこないかな?


 またここにきて、あたらしい◼️◼️を、しらないくにのことをはなしてくれるのをたのしみにしながら、ドラゴンはくらいどうくつでまちました。


 とおか、まちました。いっかげつ、まちました。それでも、にんげんはかえってきません。


 ドラゴンはずっとまちました。しんぱいになり、さがしにいこうかともおもいました。

 でも、ドラゴンはまちます。そうやくそくしたから。


 そうして、いちねんがたちました。



 ある日、ドラゴンがいる洞窟に人間は戻ってきた。

 人間の臭いに気づいたドラゴンは、喜びながら人間の元へと急ぐ。


 しかし、そこにいた人間は足を引きずり、傷だらけで今にも死にそうになっていた。


「どうしたの!? どうしてそんな怪我をしているの!?」


 驚いたドラゴンがそう尋ねると、人間は苦しそうにしながらどうにか笑みを浮かべて答える。


「私の■が全て虚言だと言われ、大嘘つきとして捕まり、今までずっと幽閉されていたんだ。この傷は拷問された時のもの……命からがら、どうにか逃げてきたんだ」


 ドラゴンは愕然とした。

 同じ人間、種族なのに、どうしてそんなに酷いことが出来るのだ、と。

 そして、人間はとうとう地面に倒れる。血が広がり、人間の顔はどんどん青ざめていく。


 ドラゴンは察した。人間の命が、もう尽きようとしていることを。


「どうして! どうして、ここに戻ってきたの!?」


 死に体になりながら、それでも洞窟に戻ってきた人間にドラゴンは泣きながら聞いた。

 すると、人間は儚げに笑いながら答えた。


「約束、したからさ。大事な友達との約束は、絶対に守らないといけないからね……」


 その言葉に、ドラゴンは涙を流しながら頭をすり寄せる。

 真っ白な身体に赤い血が付いても、気にせず翼を広げて人間を抱きしめた。

 人間はドラゴンの頭を優しく撫でながら、静かに語り出した。


「世界は美しいだけじゃない。だけど……それでも、私は……」


 そして、人間はドラゴンの頭を撫でるのをやめる。頭に乗っていた手がズルリと滑り、地面に落ちた。

 人間は笑いながら、二度と動かなくなった。


 それが「死」だと、ドラゴンは初めて知った。


 もう二度と会えない。もう二度と美しい声が紡ぐ__あのを聴かせてくれない。もう二度と、楽しく話すことが出来ない。


 ドラゴンは動かなくなった人間を翼で包みながら、涙を流して天に向かって慟哭した。


「どうして! この人間は何も悪いことをしてないじゃないか! なのに、どうして……どうして、ボクの大事な友達を……仲間を……家族を……ッ!」


 ドラゴンにとって人間は初めて出来た友達で、同じ境遇の仲間で、たった一人の家族だった。

 その家族を奪われ、ドラゴンは初めて「悲しみ」を知った。


 ドラゴンは泣き続ける。そして、訴える。姿もない、自分よりも大きな存在に対して、問い続ける。


 だけど、その問いかけに誰も答えてはくれなかった。


「誰が、やった……?」


 ドラゴンは呟いた。優しく、純粋なドラゴンが牙を剥き出しにしながら。


「ボクの家族を殺したのは、誰だ……?」


 ドクン、と大きな鼓動が響き渡る。


「誰が殺した? 誰が奪った? 誰が……誰が!?」


 ドラゴンは初めて「怒り」を知った。

 小さなドラゴンの身体が、徐々に大きくなっていく。

 人間の血で赤く染まった白い身体が、ジワジワと浸食されていくように黒く、ドス黒く染まっていく。

 狭い洞窟いっぱいに大きくなったドラゴンは、静かに涙を流しながら動かなくなった人間を見つめた。


「そうか、分かった……誰が、奪ったのか……ッ!」


 巨大な翼を広げると、洞窟が轟音を響かせながら弾け飛んだ。

 風が吹き荒れ、空が暗雲に覆われ、稲光が走り、豪雨が降り注ぐ。

 ドラゴンは紅く染まった瞳で空を見上げる。


「世界が……我が家族を、誇りを汚した。殺し、奪った……ならば我はその不条理を__世界の全てを討ち滅ぼそう」


 血涙を流しながら、ドラゴンは咆哮する。

 世界中に響く産声を上げ、ドラゴンは大きく羽ばたいた。

 ドラゴンは初めて__「憎しみ」を知った。


 優しかった小さなドラゴンはもういない。

 今いるのは、世界の全てを滅ぼす__災害・・だった。 


 それから数ヶ月後。


 突如として現れた黒きドラゴンは世界に恐怖を与えた。

 業火の炎を吐き、暴風を巻き起こし、豪雨を降らせ、雷を操り、地を砕いた。

 あらゆる攻撃を通らぬ強固な外殻、空を覆うほどの巨大な双翼、一振りで街を薙ぎ払う長き尻尾。

 眼は血のように紅く、憎悪に染まっていた。


 美しい国をそのドラゴンは全てを灰にした。

 平和に暮らしていた人間を、容赦なく蹂躙した。

 耳をつんざくほどの雄叫びを上げ、全てを破壊して回るドラゴン。


 その姿はまさに、生きた災害。


 禍々しいその姿、圧倒的な力、無慈悲なまでなその所業。

 故に、人は黒きドラゴンをこう呼んだ。


 __災禍の竜、と。


 天に轟くその叫びは、怒りと憎しみに染まっていた。


 だけど、何故だろう。


 その叫びが、泣きながら・・・・・歌っているように感じるのは。


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