第十楽章『漂流ロックバンドと魔族の女王』

プロローグ『たどり着く魔族の国』

 まるで大きな竜のように悠々と空を駆ける機械仕掛けの空飛ぶ船、<機竜艇>。

 穏やかな風が吹く機竜艇の甲板の柵に肘を置きながらぼんやりしていると、後ろから声をかけられた。


「タケル! もうすぐ着くって!」


 俺に声をかけてきたのは俺たちロックバンドの紅一点、女子高生ギタリストのやよいだ。

 やよいは風に靡く綺麗な長い黒髪を手で抑えながら、機嫌よさそうにニコニコと笑みを浮かべている。

 

「本当か? でも見えないぞ?」


 俺たちはこの世界では凶悪な敵として認識されている<魔族>が暮らしている国に向かってる訳だけど、周囲を見渡してもそれらしいものが見えなかった。眼下に広がる光景は、誰も手をつけていない未開の山ばかりだ。

 本当にもうすぐ着くのか、と訝しげにしていると甲板に三人の人影が出てきた。


「うん、たしかに何もないね」


 一人は俺たちのバンドのベーシスト、真紅郎。

 小柄で中性的な顔立ちをしているけど……正真正銘の男。でも栗色の髪を耳にかけるという女性らしい仕草をしてるし、見た目は女性そのものだ。ただ、それを言うと黒い笑顔を浮かべながら怒るので絶対に言わないようにしている。


「ハッハッハ! もしかしたら山に暮らしてるんじゃないのか!?」


 豪快な笑い声を上げているのは、同じくバンドメンバーでドラマーのウォレス。

 真紅郎とは正反対に大柄で長身の体格。太陽の光で煌めく金色の髪を短く切りそろえ、外人らしい彫りの深い顔立ちをしているウォレスは黙っていればイケメンだけど……蓋を開けてみればいつもテンションが高いお調子者。


「……お腹すいた」


 最後の一人はこの異世界に来てから仲間に入ったダークエルフ族の少年、キーボードのサクヤ。

 白髪に褐色の肌、眠そうな目とほとんど表情が変わらないのが特徴のサクヤは、空腹を訴えながら欠伸をしていた。見た目は少年だけど、実年齢は六十歳だったりする。


「キュキュー!」


 忘れちゃいけない大事な仲間がまだいたな。

 サクヤの頭の上に乗っている、額に楕円形の蒼い宝石が付いた白いモフモフとした毛並みをした子狐型のモンスター、キュウちゃん。

 俺たちのバンドのマスコットキャラクターのキュウちゃんは、尻尾をフリフリさせていた。


 ここにボーカルの俺、タケルが入った五人と一匹でロックバンド<Realize>の完成だ。


 俺たちが話をしていると、伝声管から声が響いてくる。


「おい、甲板にいるお前ら! 話があるから一度、操舵室に集まれ!」


 その声はこの機竜艇の船長、ドワーフ族と人間のハーフの男、ベリオさんだった。

 話ってなんだろう、と首を傾げながら俺たちは操舵室に向かう。中に入ると舵輪を握るベリオさんと、計器を確認しているベリオさんの弟子の少年、ボルクの姿。

 ボルクは俺たちが来たことに気付くと振り返りながら手を振ってきた。


「タケル兄さんたち! これ見て!」


 そう言ってボルクが指さしたのは、操舵室の中央に置かれたいくつもの輪が複雑に重なった天球儀によく似た羅針盤。

 俺たちが羅針盤を見ていると、何重にも重なっていた輪が広がり、そこから映像が投影される。空間投影ディスプレイに映し出されていたのは、今俺たちが乗っている機竜艇の全体図、その周囲の地形や気候が表示された。


「これがどうしたんだ?」

「あぁ、そっか。えっと、見て分かるように、この辺り一帯は山ばかりでしょ? で、今向かっている国はもうすぐ着くらしいんだけど……どこにもなくて」


 ボルクの言う通り、映し出されている光景は山ばかりだ。さっき甲板でも見たけど、国らしいものは見つからなかった。

 すると、そこで操舵室に入ってきた男が話を続ける。


「……見つからないようにしているからな。だが、本当にもう近くまで来ている」


 その男の名はヴァイク。無精髭を生やした無愛想な男で、魔族と呼ばれている男だ。

 ヴァイクが言うには見つからないようにしているらしいけど、どうやってるんだろう。疑問に思っていると、ベリオさんが眉を潜めながら後頭部をガシガシと掻く。


「今更、嘘を吐いているとは思っていないが……大丈夫なのか?」

「あぁ、心配はいらない」


 ヴァイクたち魔族は今までは敵として見てたけど、今はそうは思ってない。仲間として信頼してるけど、ここまで目的地が見えないと不安に思ってしまう。

 でも、ヴァイクは自信満々に答えていた。だったら信じて先に進むしかないな。

 そう思っていると、窓の外を見ていたヴァイクがニヤリと笑みを浮かべた。


「ほら、見えてきたぞ」

「……は?」


 見えてきたと言うから窓の外を見たけど、そこにあったのはそびえ立つ高い山。

 あれが国? と、唖然としながら声を漏らすと、ヴァイクはベリオさんに声をかける。


「船長。あの山に突っ込んでくれ」

「あぁ!? あ、あの山にか! 本気か!?」

「本気だ。問題ないから、突っ込め」


 このまま山に突っ込めと言ってくるヴァイクに、ベリオさんは目を丸くして驚いていた。いや、そりゃそうだ。あの高い山に突っ込んだら、頑丈な機竜艇でも壊れてしまう。

 大事な船を墜落させたくないベリオさんが尻込みしていると、羅針盤の映像を確認していたボルクがおずおずと口を開いた。


「あのさ、親方……目視では目の前に山があるけど、羅針盤の映像ではないみたいだ」

「ない、だと?」

「うん。魔力波を広げてるけど、あの山にぶつからずに戻って来ない。てことは……」

「そうだ。あの山は幻影・・だ」


 ボルクの説明にヴァイクが補足する。

 あの山が幻影って、本当かよ。でも、ボルクが言うには映像にはあの山が存在していないみたいだし……。

 どうするのかと困惑していると、ベリオさんは深いため息を吐いてから両頬をパチンと叩いて気合を入れた。


「えぇい! 男は度胸! こうなりゃヤケだ! おい、お前ら! 今からあの山に突っ込むぞ! 一応、対衝撃姿勢だ!」


 ここで迷ってても仕方ないと、覚悟を決めたベリオさんは伝声管に向かって声を張り上げ、機竜艇に乗っている全員に指示を出す。

 すると、至るところから驚きの声や悲鳴が聞こえてきた。そりゃ、あの山に突っ込むと聞かされれば驚きもするだろう。

 苦笑いを浮かべていると、一人の男が操舵室に勢いよく入ってきた。


「おいおい、おやっさん! どういうことだ!? あの山に突っ込むって!?」


 慌てた様子で入ってきたボサボサの黒髪に褐色の肌をした目つきの悪い男。盗賊グループ<黒豹団>のリーダー、アスワド・ナミルだ。

 アスワドはギロリと琥珀色の瞳を俺に向けて睨んでくる。


「おい赤髪! 説明しろゴラァ!」

「説明って言われても、言葉通りだぞ?」

「それじゃあ納得出来ねぇって言ってんだ! ぶっ飛ばすぞ!」


 怒鳴り声を上げるアスワドに肩を竦めながら答えると、ズカズカと大股で近づいてきたアスワドが襟首を掴んできた。

 そのままガンを飛ばしてくるアスワドに、やよいが間に入ってくる。


「ちょっとアスワド! タケルは何も悪くないって!」

「や、やよいたん……でもよぉ……」

「いいから離れる!」


 やよいの言葉でアスワドが渋々俺から離れた。このアスワド、やよいに惚れたらしくてストーカーしていた過去がある。

 今は同じ船に乗る仲間みたいなもんだけど、いつかは決着をつけなきゃいけない相手だ。

 と、そんなことより。


「じゃあ、ベリオさん」

「フンッ、分かってる__行くぞ!」


 俺の呼びかけに鼻を鳴らして答えたベリオさんは、舵輪を回しながら機竜艇を進ませた。

 大きな両翼が気流を掴み、ゆっくりと高い山に突進していく機竜艇。

 竜の顔を象った船首が徐々に切り立った岩肌に近づいていき、機竜艇に乗っている黒豹団たち全員の悲鳴が響く中、船首が岩肌に衝突する__その時。


 機竜艇は目の前にあった山をスルリと通り過ぎた。


「お、おぉぉぉぉぉぉぉ!」


 身構えていた俺は、目の前に広がる光景を見て思わず感嘆の声を上げる。他のみんなも目を輝かせて窓の外を眺めていた。


 幻影の山を過ぎた先にあったのは、山ではなく緑豊かな平原。静かに吹く風でサラサラと草が揺れ、どこか牧歌的な風景が目に飛び込んできた。


 機竜艇はそのまま平原を上を飛んでいき、小高い丘を越えると__遠くの方に街並みが見えてくる。

 ヴァイクは不適に笑いながら、俺たちに言い放った。


「ようこそ、俺たちの国__<ヴァベナロスト王国>に」


 ヴァベナロスト王国。

 謎に包まれていた魔族が暮らしている国に、俺たちはようやくたどり着くのだった。

 

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