第八楽章間奏『強くなるために』

 今日の機竜艇の修繕作業が終わり、太陽が沈んだ頃。俺とやよいは魔装を構え、対峙していた。

 鋭く俺を睨みながら魔装であるギター型の斧を握りしめたやよいは、胃を決したように斧を振りかぶりながら走り寄ってくる。


「てぇあぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いと共に振り下ろしてきた斧を、俺はバックステップで避ける。目標を失った斧は地面に突き刺さり、轟音を響かせた。

 砂煙が舞う中、やよいはクルリと半回転しながら斧を横に薙ぎ払ってくる。大振りの攻撃をあえて剣で受け止め、重い衝撃を歯を食いしばって堪えた。


「ぐっ、おらぁ!」


 そのまま力任せに剣を振り上げて斧を弾く。体勢を崩したやよいがたたらを踏んでいる隙を狙い、左足を蹴って突撃する。

 剣を振り上げるとやよいはすぐに反応して斧でガードしようとしていた。いい反応速度だけど、まだ甘い。

 途中で剣を止めた俺は、前蹴りで斧を蹴り上げる。


「きゃ!?」


 不意打ちを喰らったやよいは斧を手放しそうになるのを必死に堪えていた。今のやよいに俺の攻撃を防げる暇はない。すぐに剣を突き出してやよいの首もとを狙い……寸止めする。


「ほい、一本」

「うぐぐぅ……ズルい!」


 剣をクルリと回しながらニヤリと笑うと、やよいは地団駄を踏んで悔しがっていた。

 ズルいと言ってきたやよいに肩を竦めながらため息を吐く。


「ズルくないって。やよいはもう少し搦め手を覚えろ

よ。攻撃も防御も素直すぎだ」

「そう言われたってぇ……」

「モンスター相手なら力任せでもいいかもしれないけど、対人じゃ通用しないぞ。ほら、もう一回」


 やよいの強みは、華奢な身体からは想像も出来ないほどのパワー。武器が斧である以上、細かい動きはやり辛いだろうけど……対人戦ではそれは弱点だ。

 力押しだけじゃなく、搦め手を使うこと。あとは流れるように動くことが必要だな。

 そうアドバイスしてからもう一度稽古に入ろうとすると……。


「おい赤髪! やよいたんに何しやがるんだゴラァ!?」


 後ろからアスワドが怒鳴りながらシャムシールを振り下ろしてきた。咄嗟に剣で受け止め、甲高い金属音が響く。


「あぶな!? いきなり何するんだアスワド!?」

「うるせぇ! 戦いてぇなら俺が相手してやるよ!」

「邪魔するなよ! やよいから鍛えて欲しいって言われたから戦ってるんだよ!」

「知るか!」


 聞く耳持たないとアスワドが俺を蹴って距離を取ると、すぐにシャムシールを振り上げてくる。

 この野郎……イラッとしながら薙ぎ払った剣とシャムシールがぶつかり合う。

 戦い始めた俺たちに、やよいは呆れたようにため息を吐いた。


「もー! あたしはどうすればいいのさ!?」

「あはは。じゃあ、やよい。ボクたちとやる?」


 そこでいつの間にかいた真紅郎がやよいに提案する。真紅郎だけじゃなく、ウォレスとサクヤ、そし

てキュウちゃんも集まっていた。


「ハッハッハ! 水臭ぇじゃねぇか! オレもトレーニングするぜ!」

「……ぼくも、やる」

「きゅー!」

「みんな……うん! 一緒にやろ!」


 俺とアスワドが戦っている中、やよいたちは和気藹々と稽古を始める。

 俺もそっちに入りたいけど……まずはこのバカをどうにかしてからだな。


「やよいたんと二人っきりで稽古なんざ、俺が許さねぇぞ!?」

「うるせぇ! お前はお呼びじゃねぇんだよ!」

「あぁ!? んだとゴラァ!」


 怒鳴り合いながら剣とシャムシールをぶつけ合う。

 怪我が治ったばかりだと言うのにアスワドの動きはいつも通り素早く、まるで猫科の動物のようにしなやかで激しい攻撃の嵐をどうにか捌く。

 こいつ、本気じゃないにしても俺をぶっ飛ばす気満々じゃないか。


「だったら俺だってちょっと本気出してやる! またベッド送りになっても知らないからな!?」

「あぁ!? やれるもんならやってみろや!」


 一度距離を取ってから、剣を腰元に置いて居合いのように構える。

 対するアスワドは左足を前に出し、シャムシールを右斜め後ろ……脇構えに置いた。

 集中し、紫色の魔力……音属性の魔力を剣身に集め、剣身と一体化させていく。

 アスワドは身体から吹き出した冷気のような魔力をシャムシールの剣身に集めていった。


「ーーはぁぁぁぁッ!」

「ーーオラァァァッ!」


 そして、二人同時に走り出す。居合いのように剣を薙ぎ払う俺と、アスワドが野球のバッティングのように振り払ったシャムシールが交差した。


「ーー<レイ・スラッシュ!>」

「ーー<ジーブル・シュラーク!>」


 音属性魔力と氷属性魔力がぶつかり合い、音の衝撃波と冷気が波紋のように広がる。

 地面を震わせながら爆発し、俺とアスワドは爆風によって吹き飛ばされた。


「ぐぇ!?」

「うが!?」


 地面をゴロゴロと転がった俺たちは、力なく地面に倒れ伏す。

 剣とシャムシールがぶつかり合った場所は大きなクレーターが空き、氷の破片が舞っていた。

 軋む身体に鞭を打って起き上がった俺たちが、また戦おうとすると……。


「二人ともやりすぎだから!?」


 間にやよいが入り、中断させる。

 やよいはプンプンと怒りながら、俺たちに説教を始めた。


「今何時だと思ってるの!? もう稽古じゃなくて普通に戦ってるじゃん!」

「いや、だってアスワドが……」

「や、やよいたん。別に本気じゃなかったし……」

「言い訳しない! 二人とも大人しく反省してなさい!」


 やよいに一喝され、俺たちは並んで座りながらみんなの稽古を見学する。

 元はといえば、こいつが邪魔しなければ……。


「……お前のせいだぞ」

「……てめぇのせいだ」


 二人同時に言い、睨み合う。だけどやよいがギロッと睨んできたから大人しくそっぽを向いた。

 そう言えば、聞こうとしてずっと忘れてたな。


「おい、アスワド。お前の技、ジーブル・シュラークだったか? あれ、なんだよ」

「あぁ? 何って、俺の隠し玉だ」


 氷属性の魔力を纏わせた一撃、ジーブル・シュラーク。どう考えても俺の必殺技、レイ・スラッシュと原理がほとんど同じだった。

 もしかしてパクリか、と思ったけどアスワドの様子からして前からあった技みたいだな。

 似てるけど、あれはレイ・スラッシュとは別物のようにも思える。


「お前、魔力の制御甘くないか?」

「あぁ? しょうがねぇだろ、ただでさえ氷属性は風と水の合成……それだけでもかなりの制御が必要なんだよ」


 頭をガシガシと掻きながら吐き捨てるアスワド。たしかに氷属性は元は水と風の属性を合わせたもの。その魔力制御は緻密で戦いながらやるには難しすぎる。

 それに加えて剣身に魔力を集め、一体化させるのは至難の業か。


「でもさ、氷属性の魔力を剣身と一体化させればもっと威力が上がると思うぞ?」

「そもそも剣身と一体化なんてどうやんだよ?」

「それは、こう……纏わせるんじゃなくて、魔力を剣のように鋭くさせるイメージで……」


 そう言いながら俺はレイ・スラッシュのやり方をアスワドに教える。時に言い合いになりながら、俺たちは意見交換を続けた。

 気に入らない奴だけど……これから災禍の竜と戦う仲間になるんだ。少しぐらいアドバイスしてやらないとな。

 そんなことをしながら、俺たちのトレーニングは機竜艇の完成まで続くのだった。

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