第七楽章間奏『それぞれの恋愛観』

「ねぇ! みんなは結婚するならどんな人がいいの!?」


 純白の白髪をポニーテールに結んだ褐色の活発そうな少女、ダークエルフ族のキリが家に来るなりいきなり問いかけてくる。

 目をパチクリとさせて呆気に取られる中、一番最初に我に返ったやよいが、困った顔で首を傾げた。


「えっと、キリちゃん。いきなりどうしたの?」

「いいから教えて! どんな人が好みなの!?」


 再び同じことを聞いてくるキリに、俺たちは目

を合わせながらどうしたものかと考える。

 すると、真紅郎は苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「どうしてそんなこと知りたいの?」

「気になるから!」


 凄く単純な理由だな。

 それにしても結婚か……正直、あんまり考えたことないんだよなぁ。

 ずっと音楽に時間を費やしてきたから、恋愛とか結婚なんて想像も出来ない。だけど、そう言っても今のキリの様子からして許してくれそうにないな。

 すると、ウォレスが豪快に笑いながら話し出す。


「ハッハッハ! オレはあるぜ?」

「本当!? 何? 何!?」


 キリが目を輝かせながら聞くと、ウォレスはニヤリと笑いながら答えた。

  

「芯の強い女だ! 真っ直ぐでブレない、ハートが強い奴じゃねぇとな!」

「てことは、ウォレスは外見じゃなくて中身が大事ってこと?」

「まぁ、そういうこった」


 意外にしっかりとした答えに思わず感心する。今にして思えば、みんな

の恋愛事情なんて聞いたことなかったな。

 ウォレスは外見よりも中身、心の強さを結婚相手に求めてるのか。


「……シンシアみたいな人が好きなんだな」


 前に滞在していた国、アストラで出会った女性……シンシアなんてまさにウォレスの好みに一致する気がする。

 そう思って思わず呟くと、素早い動きでウォレスが俺の口を手で覆ってきた。


「ヘーイ、タケル? 今、なんか言ったか? ん?」

「むぁんへもいっへふぁい(なんも言ってない)」


 口を抑えられててモゴモゴとしながら返事をすると、ウォレスは今まで見たことないような黒い笑顔で「次はねぇ」と耳打ちしてくる。これは触れない方がいいみたいだ。

 そんなことをしていると、次に真紅郎が苦笑しながら語り始めた。


「えっと、ボクはそうだなぁ……ボク自身、あんまり前に出るような性格じゃないから、引っ張ってくれる人がいいかな?」


 恥ずかしそうに頬を掻きながら答える真紅郎。たしかに、真紅郎の性格を考えればグイグイ引っ張る少し気の強い女性の方が合いそうだ。

 話を聞いたキリはふむふむ、と頷く。


「そっか、そういう人が好きな男性もいるんだね! んじゃ、次はやよい……は、いっか」

「え!? なんであたしはいいの!?」


 次にやよいに聞くのかと思えば、キリはやよいを飛ばそうとしていた。

 驚くやよいにキリはニヤニヤとしながら口に手を当てる。


「えぇ? だって、やよいの好みはさぁ」


 そして、キリはチラッと俺の方を見てきた。

 どうして俺を見るんだと首を傾げると、やよいは顔を真っ赤にさせながらキリの肩を掴む。


「ちょ、ちょっとキリちゃん!? 何か勘違いしてない!?」

「勘違いぃ? してないよぉ? 見てれば分かるもーん。やよいって……」

「違うから! 全然違うから!?」


 ブンブンとキリを揺さぶるやよい。キリはウフフフ、と笑いながら前後に首を揺らされ続けている。

 意味が分からずぼんやりしていると、やよいが突然睨んできた。


「違うからね!?」

「いや、何が?」

「……だよね。タケルならそう言うと思った……」


 何が違うのか、理解出来ないでいるとやよいは呆れたように深いため息を吐く。本当になんなんだ、いったい?

 そこでキリがコホン、と咳払いしてから俺に人差し指をビシッと向けてくる。


「タケルさんは!?」

「……俺? 俺かぁ」


 流れ的に俺も言わないといけないよなぁ。

 腕組みしながら頭を悩ませる。どんな人と結婚したいのか、どんな人が好みなのか……ちゃんと考えたことなかったな。

 だけど頑張って考えても答えが出ない。


「そうだな、俺は……」


 とりあえず答えようと口を開こうとした瞬間……。


「……みんな、何してるの?」


 新曲作りに勤しんでいたサクヤが、眠そうに目を擦りながら部屋に入ってきた。

 すると、キリは途端に花が咲いたような笑顔を浮かべると、俺の答えなどそっちのけで一目散にサクヤの元へと駆け寄る。


「ねぇ、サクヤ! サクヤはどんな人と結婚したいの!?」

「……は?」


 サクヤは何言ってんだこいつ、と言いたげにジトッとキリを見つめた。

 だけどキリは気にせずにサクヤの手を掴みながら顔を寄せる。


「ねぇねぇ! 早く教えて! お願い!」

「……近い」


 面倒臭そうにしながらサクヤはキリの頭を手で押

して離れさせ、ため息を吐く。


「……結婚っていきなり言われても、考えたことない」

「じゃあ、今考えて! どんな人が好み!?」


 適当にあしらっても負けじと詰め寄るキリ。深い深いため息を吐いたサクヤは、仕方ないとばかりに口を開いた。


「……うるさくない人」


 その瞬間、時間が止まった。

 きっぱりと、そしてはっきりと答えたサクヤにキリは動きを止める。

 うるさくない人、つまり物静かな人。それは今、目の前にいるキリとは正反対な性格だ。

 明らかにキリはサクヤが好きだ。そんな相手にサクヤはストレートに、お前は好みじゃない……って言ったのと同義。

 誰もがどうしていいのか分からずに口を噤んでいると、我に返ったキリが手をパチンと叩いた。


「……あ、そっか! つまり私ってことだね!」


 ぽ、ポジティブだぁぁ!?

 サクヤの意見など無視してキリは自分のことを言われてると判断していた。どういう理屈なんだ?

 全員が絶句している中、キリはニコニコと笑いながらサクヤの腕に手を回す。


「サクヤったら! 照れるなぁ!」

「……もう、どうでもいいや」


 額に手を当てながら肩を竦めたサクヤは、キリの手を振りほどいて去っていく。その背中を追ってキリも部屋からいなくなった。

 残された俺たちは目を合わせると、苦笑いを浮かべる。


「まぁ、恋は盲目というか。恋する乙女は強いってことだね」

「ハッハッハ! サクヤとキリはお似合いだろ!」


 真紅郎はもはや感心したように頷き、ウォレスはゲ

ラゲラと腹を抱えて笑っていた。

 恋する乙女は強い。本当、その通りだな。

 思わず吹き出していると、やよいが俺の袖をクイッと掴んでくる。


「……で、タケルはどんな人が好みなの?」

「え? お前まで聞くのか」

「べ、別に、ちょっと気になっただけだし。みんなのそういう話、聞いたことなかったから!」


 まぁ、たしかにな。

 ウォレスや真紅郎の恋愛観は初めて聞いたし、やよいが気になるのも頷ける。

 だけど、俺は……。


「今は恋愛とか結婚、考えられないな。有り体に言えば、音楽が恋人……かな?」


 現状、恋愛にうつつを抜かしている暇はない。音楽のことで頭がいっぱいだ。

 それに、今は元の世界に戻るために頑張らないといけないし……ますます、考えるのは難しい。

 頬を掻きながら答えると、やよいは目をパチクリさせてからクスッと小さく笑みをこぼす。


「そっか。うん、タケルらしいね」

「ま、いつかは考えないといけないだろうけどな。そう言えば、やよいはどうなんだよ? 俺たちは答えたぞ?」


 最後にやよいの恋愛観を問う。やよいはまだ花の十代、恋ぐらいしてるだろう。

 すると、やよいはクスクスと笑いながら口元に人差し指を当てる。


「内緒だよ! でも、あたしもタケルと同じかもね?」

「音楽が恋人?」

「うん! 今はとにかく、音楽を目一杯楽しむの!」


 やよいも俺と同じ、音楽が恋人か。

 まぁ、恋愛にかまけて音楽を捨てるなんてことがないようだし、ちょっと安心した。

 でも、いつかはやよいも誰かに恋するんだよなぁ……。


「……半端な男は許さないからな?」


 まるで父親のようなことを言ってしまうと、やよいはプッと吹き出した。


「タケルのばぁか!」


 そう言ってやよいは、太陽のように明るい笑顔を浮かべていた。

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