二十一曲目『誇りにかけて』
ア・カペラを使った瞬間、俺の体が軽くなり力が漲ってくる。
ただ、その分魔力の消費量が半端なく、過剰にまで強化された体がビキビキと悲鳴を上げていた。
それでも関係ないと地面を踏み砕きながらレイドに向かって走る。風を切り、一瞬でレイドの目の前にたどり着いた俺は、勢いのまま剣を振り下ろした。
「ムッ!?」
突然跳ね上がった俺の速度に瞑目していたレイドは、それでも反応して俺の攻撃を剣で防ぐ。だけど、ア・カペラを使用中の俺の攻撃は全て、
重い金属音が響くと、レイドはその威力に押し負けて一歩後ろに退いた。
「なんという重い一撃……ッ!」
「まだまだぁ!」
驚いているレイドに踏み込みながら剣を振り続ける。
反撃の暇を与えないよう上下に二連続で剣を振り、全身のバネを使って思い切り横に薙ぎ払い、最後はその場で背中を向けるように回りながら後ろ回し蹴りを放つ。
「クハハッ! いいぞ、もっと私を楽しませてくれ!」
だけど、レイドは俺の攻撃の全てを笑いながら受けきられた。
最初の二連撃を剣で受け止め、薙ぎ払いをバックステップで躱し、最後の後ろ回し蹴りは空いている左手で掴み取られる。
「ーーテアァァァァァァッ!」
怒声を上げながらレイドは俺の足を強く握りしめ、そのまま足を持った状態で俺を投げようとしていた。
このままだと俺は、地面に叩きつけられる。必死に抵抗しようにもレイドの筋力は凄まじく、俺の体がふわっと浮いた。
「この……離せッ!」
俺は体が宙に浮いてる状態で無理矢理に体を捻りながら、レイドに向かって剣を振る。
この状態で俺が反撃すると思っていなかったのか、咄嗟に仰け反って避けようとしたレイドは反応が間に合わず、俺の剣はレイドの頬を掠めた。
頬から血を流したレイドは思わず手を離し、俺の足が解放される。
空中で体勢を立て直し、地面を滑りながら着地。すぐに剣を構えると、レイドは自分の頬に流れる血を手で拭いながら肩を震わせて笑っていた。
「く、クククッ、アハハハハハハッ! いいぞ、素晴らしい動きだ!」
「そりゃどうも」
楽しそうに高笑いしながら俺を褒めてくるレイドに、適当に返事をする。
レイドは心底楽しいのか三日月のように口角を引き上げながら笑っていた。
「改めて、貴殿の名を問う。名をなんと申す?」
「……タケルだ」
名前を聞かれたから答えるとレイドは「タケル、タケルだな」と何度も繰り返し呟くと、剣を構える。
「タケル、その名を我が心に刻ませて貰う。久方ぶりの強敵よ、私は貴殿を好敵手と認める……さぁ! 血湧き肉踊る戦いを、もっと続けようではないか!」
その瞬間、レイドの体から膨大な魔力が吹き出した。一気に空気が張りつめ、ピリピリと頬がひりつく。
そして、レイドの体はいきなり掻き消えたかと思ったら……目の前に現れていた。
「ーーなっ!?」
突然のことに驚愕する。その間にもレイドは振り上げていた剣を俺に向かって振り下ろしてきていた。
咄嗟に反応出来た俺は剣で防御しようとして、地面に叩きつけられる。
「がっ、は……ッ!?」
剣と剣がぶつかり合った瞬間、なんの抵抗も出来ずに押し潰された。体全体に襲いかかる衝撃に無理矢理肺から空気が吐き出される。
一瞬、気を失いそうになったけど口の中の血の味と砂利の感触で意識を取り戻し、それからすぐに頭の中で警鐘が鳴り響いた。
本能的にその場から転がって避けると、俺が倒れていた場所にレイドが剣を振り下ろす。
剣が地面に着弾すると、轟音と共に衝撃波が広がった。
「いっつ……ッ!」
突風と砂埃に俺の体はゴロゴロと地面を転がっていく。どうにか剣を地面に突き立てて止めた俺は、膝を着きながら前を向いた。
「嘘、だろ?」
思わず唖然とする。
レイドが振り下ろした剣は、地面に大きなクレーターを作り上げていた。
もしもあれが直撃していたら……と、思うと背筋が凍り付く。
レイドは剣を軽く振ると、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべていた。
「今の避けるとは、さすがだな」
そう褒めてくるレイドだったけど、実際のところ避けられたのは奇跡に近い。
今までとは段違いなスピード、そして威力。ア・カペラを使っているのに、その実力差は埋まるところか突き放されてしまっていた。
圧倒的な力の差に、足が震えてくる。恐怖が心の中を蝕んでいく。
「だからって、諦められねぇんだよ……ッ!」
震える足を叩きながら立ち上がり、恐怖を押し殺しながら剣を構える。
ここで負けたら、終わりなんだ。
俺は死ぬわけにはいかない。絶対に、元の世界に戻って……メジャーデビューするんだ。
気持ちで負けるな。心を折るな。戦え……頑張れ、俺!
「ほう、まだ戦う気概があるとは……血の滲むような努力が見える剣術、咄嗟の判断力、危険を察知する直感。その中でもどんな状況でも諦めない心……なるほど、貴殿の強さはその心の強さなのだな」
レイドは笑みを深めると、剣を構えて叫んだ。
「だが、まだ貴殿は余力を残している! 全力を見せていない! 私に貴殿の全てをぶつけてみよ! 私は、その攻撃を受け止めてみせよう!」
まだ余力を残していると、全力を見せろと叫ぶレイド。
そうか、そんなに見たいなら……ッ!
「やってやるよ、俺の……今出来る、全力をなぁッ!」
ここまで言われて臆するほど、俺は臆病じゃない。
ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせながら、剣を左腰に置いて居合いのように構える。
集中。レイドは俺の準備が出来るのを待っている。余裕からなんだろうけど、それが命取りだ。
「フゥゥゥゥゥ……」
集中しろ。紫色の魔力を剣身に集め、一体化させる。
剣身が紫色に発光していき、準備が整った。
右足を踏み込み、柄をギリギリと強く握りしめながら上体を低くする。
「ーーいくぞぉぉぉぉぉ!」
「ーー来いッ!」
軸足の左足で飛び込み、地面を踏み砕きながら一気にレイドに向かっていく。
剣身から紫色の光の尾を引きながら弾丸のように突撃した俺は、レイドの前で立ち止まり……居合いのように剣を薙ぎ払った。
「ーー<レイ・スラッシュ・
音属性の魔力を込めた、俺が出来る全力の攻撃を放つ。
ア・カペラを使いながらのレイ・スラッシュ・
「グウゥッ!?」
振るった剣を、レイドは剣で受け止めた。だけど、その威力に顔をしかめて堪える。
「なっ!?」
音属性の魔力が爆発し、音の衝撃波がレイドの剣を襲う。衝撃に負けたレイドがとうとう一歩足を退いた。
次に、二撃目の衝撃波が放たれる。レイドの剣が弾かれ、仰け反った。
最後の三撃目。受けきれずにレイドの体に音の衝撃波が直撃した。
「ガ……ッ!?」
苦悶の表情を浮かべながら、レイドの体が弾かれたように吹き飛ぶ。
地面をボールのように跳ねながら吹き飛んだレイドは、大きな岩に背中から叩きつけられた。
轟音が響き渡り、レイドの体が砂煙に消える。俺は剣を振り切った状態で肩で息をしながら、ガクッと力なく膝を着いた。
俺の体から吹き出ていた魔力が霧散し、体中に疲労感と痛みが走る。ア・カペラの使用限界時間が訪れてしまい、そのまま前のめりに倒れた。
「はぁ、はぁ……どう、だ、この野郎……ッ!」
地面に倒れ伏したまま、口角を上げて笑う。
ア・カペラ状態でのレイ・スラッシュ・
魔力をほとんど使い、体中を駆け巡る痛みはあるけど……どうにかレイドに一撃喰らわせることが出来た。
さすがにこの一撃を喰らって立ち上がれるはずがない。
そう、思っていたのに。
「ククッ、アハハ、アハハハハハハハハハハッ!」
砂煙の中から、狂ったような高笑いが聞こえてきた。
信じられないと愕然としていると、いきなり巻き起こった突風で砂煙が一瞬で晴れる。
そして、そこにいたのは剣を振り切った状態で立っている、レイドの姿があった。
「素晴らしい一撃だった。間違いなく、今まで戦った相手で一番強力だったぞ。だが……私を倒すには、足りなかったな」
身に纏っている黒い鎧にヒビが入り、綺麗な金色の髪が砂で汚れ、口から血を流しながら笑うレイド。
俺の攻撃を喰らって無傷とはいかなかったけど……それでも、レイドはまだ戦える。
それに対して、俺は魔力も体力も限界に近い。
これほどまでに、差があるってのかよ……ッ!
「もう終わりか、タケル? まだ私は戦い足りない。立って、剣を構えろ。私をもっと、楽しませろ……ッ!」
剣を構えながら倒れている俺に向かってくるレイド。震える体に鞭を打ち、上体を起こした俺は剣を地面に突き立てて杖にしながら、どうにか起き上がる。
だけど、立ち上がるのは難しい。ア・カペラを使っても指一本動かなかった以前に比べればまだいい方だけど……戦うのは無理だ。
歯を食いしばり、それでも立ち上がろうとすると、俺の後ろから紫色の魔力弾が横切った。
「む?」
まっすぐに飛んでくる魔力弾を、レイドは軽く剣を振って打ち落とす。
すると、後ろから真紅郎が叫んだ。
「タケル、下がって! みんなは協力して攻撃! ボクが援護する!」
全員に指示を出しながら、真紅郎は弦を速弾きして魔力弾の嵐をレイドに撃ち放つ。
向かってくる無数の魔力弾をレイドは笑いながら剣を振り、全て斬り伏せた。
「オラァァァァァァァァァッ!」
そこを駆け寄ったウォレスが飛び上がって両手の魔力刃を振り上げ、全体重を乗せて振り下ろす。
レイドは軽く後ろに下がることで躱し、反撃とばか
りに剣を振り上げた。
「オウッ!?」
魔力刃をクロスさせて受け止めたウォレスは、その威力に負けて宙を舞う。飛んでいるウォレスを掻い潜ってレイドの懐に入ったサクヤは、拳を振り上げた。
「ーーシッ!」
鋭く息を吐きながら拳を突き出すサクヤ。向かってくる拳を左手で受け止めたレイドは、そのまま腕を掴み取って軽々とサクヤを投げ飛ばした。
「……ぐっ!?」
「きゃっ!?」
投げ飛ばされた先にはいたやよいとぶつかり、二人は地面を転がる。
二人に向かって剣を振り下ろそうとしていたレイドは、すぐに振り返り様に剣を薙ぎ払って魔力弾を斬り裂く。
「いい連携だが、まだ甘いッ!」
そう叫んだレイドは地面に剣を叩きつけ、ウォレス、サクヤ、やよいの三人を衝撃波で吹き飛ばした。
三人は俺がいるところまで飛ばされ、そこに銃口をレイドに向けたまま真紅郎が駆け寄る。
全員が集まるとレイドは剣を地面に突き立て、叫んだ。
「個々の力はもう見極めた! 最後に、
「俺たちの、力……?」
「そうだ。クラーケンを葬り、スケルトンの軍勢の時にも使ったという、貴殿らの合体魔法のことだ」
もしかして、ライブ魔法のことを言っているのか?
それを自分に向かって使ってみろと叫ぶレイドは、剣をクルリと手元で回してから切っ先を俺たちに向けてくる。
「貴殿ら五人が一丸となって使う合体魔法……私はそれを見てみたい。どれほどの力なのか、興味が尽きないのだ! さぁ、やってみろ! 準備に時間がかかると言うのなら、それまで待っていよう! その上で、貴殿らの合体魔法……ねじ伏せてみせよう!」
そう叫びながら歯を剥き出しにして笑うレイド。
俺は、レイドの言葉に一気に心が冷め切っていた。
そして、沸き上がってくる感情はーー怒り。
レイドは、あいつは俺たちのライブ魔法……音楽
を、ねじ伏せようとしていた。
俺たちが心血を注ぎ、魂を込めて、人生の全てを賭けてやっている、音楽を……ッ!
「ふざ、けんなぁぁぁぁぁぁぁッ!」
感情が爆発し、怒りで疲労感と痛みが吹き飛んだ。
震える足を殴りつけながら無理矢理立ち上がり、剣を地面に突き立てる。
他のみんなも同じ気持ちなのか、怒りに顔を真っ赤に染めながら魔装を楽器として構えて定位置に着く。
「いいぜ、だったら見せてやるよ……ッ!」
あいつは俺たちの音楽を下に見た。甘く見た。
それは、俺たちにとって最大級の侮辱。許せるはずがない。
感情の赴くままマイクを握りしめた俺は、叩きつけるようにマイクに向かって叫んだ。
「挨拶すらいらねぇ! 魔族、レイド! 俺は、俺たちはお前を許さねぇ!」
ビリビリと空気を震わせながら、俺の叫びが周囲に轟いていく。
「俺たちの音楽を、ライブを、魂は! お前一人がねじ伏せられるほど、生半可なもんじゃねぇんだよぉぉぉッ!」
そんなに聴きたいなら、聴かせてやる。
俺たちの魂のライブを、お前になぁ……ッ!
「音楽で、ぶん殴ってやるよ! 音に狂え……<
俺たちのライブ魔法を今か今かと待っているレイドに向かって、俺たちはライブ魔法を発動させた。
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