二十二曲目『流花夢走』

 曲名を告げ、レイドを睨みつけながら俺は大きく息を吸い込んだ。

 そして、ため込んだ空気を全て吐き出しながら、マイクに叩きつけるようにーー歌う。


「斬り裂け 未来を覆う 雲を この魂は 大空を駆ける 流れる 流星のように 永久へ」


 この<流花夢走>はいきなりサビから入る曲。初っぱなから全力で歌い上げ、最後のシャウトに合わせるようにギターの歪んだ音、荒々しいドラム、重低音を響かせるベース、疾走感溢れるキーボードの音色が爆発したように奏でられる。

 その瞬間、俺たちの周りを取り囲むように無数の紫色をした魔法陣が展開された。

 出だしの爆発力から一転して落ち着いたメロディに変わり、マイクを握りながらAメロを歌い上げる。


「いつか見た夢 それは確かに 君がいたはず それはいつしか 朧気になり もう何もない」


 やよいが今の感情を表しているかのように激しくリズミカルにリフを弾くと、呼応するようにサクヤがキーボードを弾き鳴らした。


「どこかにいるはずなんだ 君が誰かも分からない いつか会えるそういつか 僕は何を探していたの?」


 Bメロを歌うと演奏を下から押し上げるようにウォレスがドラムでビートを刻み、追従するように真紅郎がベースを速弾きする。

 そして、一瞬の間を空けてから静寂を打ち破るように演奏が始まり、サビに入った。


「狂い咲け 未来で会える 花よ 君がいる場所 そこに咲いている 何処かに いるはずの 君へ」


 サビを歌っている途中で周囲に展開していた紫色の魔法陣が光り輝き、魔力をため込んでいく。

 左手を銃のように構えた俺は、レイドに向かって引き金を引くように左手を動かすとーー魔法陣から紫色をした魔力の刃が放たれた。

 流花夢走のライブ魔法での効果。それは、無数の魔力刃が敵を襲う……対軍殲滅魔法。

 一人に喰らわせるような魔法じゃないけど、レイド相手ならこれでも足りないぐらいだ。


「ククッ、アハハハハハハハハハハハハッ!」


 無数に放たれる魔力刃に、レイドは狂ったように高笑いする。楽しそうに、興奮したように笑い声を上げたレイドは剣を振り上げ、向かってくる魔力刃を斬り裂いた。

 一振りごとに突風を巻き起こしながら、魔力刃を斬り、いなし、躱す。絶え間なく襲いかかる魔力刃に対し、レイドは一歩も退かずに真っ向から迎え撃っている。


「もっとだ! もっと、もっともっと! こんなものでは私を倒すことは出来んぞ!」


 魔力刃を斬り裂きながら叫ぶレイド。

 いいぜ、だったら気が済むまで喰らわせてやるよ……ッ!


「背中に背負った 罪の証 重い足取り 目の前には 登り坂しか 見えていない」


 二番に入り、俺たちはより一層熱を入れて演奏を続ける。

 俺の体は、正直もう限界に近い。怒りとライブに集中することで体中に走る痛みを無理矢理に忘れさせているけど足は震え、前のめりになりながら剣を杖にしていないとすぐにでも倒れそうだ。

 魔力も底を尽きかけているけど、他のみんなが俺の魔力消費を肩代わりしてくれているおかげで、まだライブ魔法を継続出来ている。

 だけど、そこまで長くは持たないだろう。早く片を付けないと、限界を迎えてしまう。


「この罪に抗う 僕は止まってはいけない ねぇいつか会えるよね 僕は何をしていたの?」


 心を蝕む焦燥感を押し殺し、今も魔力刃をねじ伏せようと剣を振っているレイドを睨みながら、マイクに声を叩きつける。


「斬り裂け 未来を覆う 雲を この魂は 大空を駆ける 流れる 流星のように 永久へ」


 二番のサビに入ると、魔力刃の量が一気に増えた。

 体を覆い尽くすほどの量の魔力刃にも、怯むことなく速度を上げて対応してくるレイド。退くところかむしろ前に出て剣を振り続けていた。

 だけど、さすがにレイドは汗を流し、歯を食いしばって笑みが固くなってきている。

 もう少し。もう少しであの余裕そうな顔をぶっ飛ばせる。


「叫びたくなる衝動を 押さえつけるな 責め立てられる意識 そこから出よう ここは冷たいそんな場所」


 今までのメロディから転調し、Cメロに入ると演奏の色が変わる。ウォレスのドラムと真紅郎のベースがまるで嵐の前の静けさのように、落ち着いた音色を奏でていく。

 Cメロを歌い上げ、一瞬の静寂のあとにやよいのギターとサクヤのキーボードが駆け抜けるように演奏を始めた。


「狂い咲け 未来で会える 花よ 君がいる場所 そこに咲いている 何処かにいるはずの 君へ」


 ラストのサビ。ロウソクの最後の火のように一気に燃え上がった演奏そのままに、歌い続ける。

 演奏の盛り上がりに呼応するように、放たれる魔力刃が大きくなっていく。さっきまで前に出ていたレイドは、その場で立ち止まったまま魔力刃に向かって剣を振ると、その威力に一歩、また一歩と下がっていった。

 

「この魂は 大空を駆ける 流れる 流星のように 永久へ」


 もっと、もっとだ。

 俺たちの音楽は、まだやれる。まだいける。

 俺の感情に合わせて放たれた魔力刃が、とうとうレイドの頬を切り裂いた。

 鋭く頬に傷が走り、血が吹き出す。レイドは瞑目しながら頬にダラリと流れる血を手で拭うと、その表情から笑みが消えた。

 レイドの纏う雰囲気が変わり、背筋が凍る。また一

段階動きを速めたレイドは、雄叫びを上げながら体中に魔力刃が掠めても気にせずに前に出た。

 暴風のような剣戟の嵐と、無数の魔力刃が拮抗する。まだ速くなるのか……と、歯を食いしばりながら残った魔力を絞り出すように魔法陣に送り込み、最後のフレーズを歌い上げる。


「夢から 醒めてまた僕は 何処へ?」


 全力のシャウトが周囲に轟いていく。

 他のみんなも魔力を魔法陣に送り込み、今までで一番特大の魔力刃がレイドに放たれた。


「ヌ、オ、オオォォォォォォォォォォォォォッ!」


 放たれた特大の魔力刃にレイドは地面を砕きながら踏み込み、咆哮しながら剣を薙ぎ払う。

 重い轟音が響き渡ると、レイドの剣と魔力刃がせめぎ合っていた。

 歯を食いしばり、頬から血を流しながら受け止めていたレイドの足が少しずつ地面を滑りながら後ろに下がっていく。

 そこに、後押しするように放たれた魔力刃も合わさり、とうとう耐え切れずにレイドの剣が弾かれた。


 そして、レイドに向かって魔力刃が襲いかかり、爆発する。


 爆風と砂煙がこっちにまで吹き付け、思わず腕で顔を守りながら目を閉じた。

 同時に演奏が終わると、周囲に展開していた魔法陣が霧散する。すると、忘れていた痛みと疲労が襲いかかってきた。


「ぐっ……これで、終わっただろ……」


 地面に突き立てた剣に寄りかかりながら、勝利を確信して口角を上げる。これだけのライブ魔法を一人で受けて、立っていられるはずがない。

 音楽の力を甘く見てるから、こうなるんだよ……ッ!


「ハッハッハ! やったぜ!」

「あたし、もう限界……」

「……疲れた」


 汗だくで笑うウォレス、うなだれるやよい、指をプラプラと振るサクヤ。全力のライブ魔法にみんな疲労していた。

 その中で真紅郎だけは、銃口を砂煙に紛れたレイドに向けて鋭く睨みつけている。


「みんな、まだ油断しないで。相手は魔族……しかも、かなりの実力者。もしかしたら、ってことがあるよ」

「真紅郎。気持ちは分かるけど、さすがにもう……ッ!?」


 警戒し続けている真紅郎に声をかけた瞬間、気づいた。


 砂煙の中で、赤い光・・・が見えたことを。


 ぞわり、と背筋が凍る。頭の中で警鐘が鳴り響く。

 俺は反射的に残りわずかの魔力を剣身に集め、みんなを守るように前に出た。

 そして……砂煙を斬り裂くように、赤いレーザー光線のような物が薙ぎ払われる。


「ーー<レイ・スラッシュ!>」


 横から薙ぎ払ってくる赤いレーザー光線に向かって、反射的にレイ・スラッシュを放った。

 レーザー光線と魔力を込めた剣がぶつかり合うと、その威力に押し負けそうになる。

 マズい。これは、受け止めきれない……ッ!?


「ーーみんな、伏せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 すぐに全員に向かって叫んだ。

 みんな驚きながら即座に地面に伏せる。それを確認した途端、レーザー光線の威力が増した。

 踏みとどまろうとしても持ちこたえられない。一瞬の思考の末に、俺はレーザー光線を受け流すように剣を動かす。

 だけど、無理だ。威力を増したレーザー光線を受け流すことは出来ず、そのまま横に吹き飛ばされた。


「ガ、ハ……ッ!」


 薙ぎ払われた俺の体は、岩に激突する。岩に叩きつけられ、口から血を吐きながらズルズルと尻餅を着いた。

 レイ・スラッシュを使っていたおかげで、レーザー光線に切り裂かれることはなかったけど、ダメージが大きい。

 岩に激突したことで額を切ってしまい、流れる血が目に入る。

 片方の視界が真っ赤になりながら、レーザー光線が放たれた場所を見ると……そこには、剣を薙ぎ払った状態で立っているレイドの姿があった。


「ま、さか……」


 信じられない。俺たちのライブ魔法が直撃しても、まだ立てるっていうのか?

 呆然と見つめていると、レイドが持つ剣の峰にある銃口に浮かんでいた赤い魔法陣が霧散する。

 そして、レイドは剣を振るとニヤリと笑みを深めた。


「私が、この魔法を使うほどに追いつめられるとはな……」


 さっきの赤いレーザー光線は、どうやらレイドの使った魔法だったらしい。

 体中に走る傷、ヒビ割れた黒い鎧、もはや形をなしていないマント。全身がボロボロになり、肩で息をしながらも……レイドはまだしっかりと立っている。

 レイドは口から流れる血を腕で拭うと、楽しげに高笑いした。


「アハハハハハハハッ! 最高だ! 最高の気分だ! これほどまでに興奮するのは、初めてかもしれない! 素晴らしい! 貴殿らは本当に素晴らしい! 貴殿らこそ、本当の意味で勇者として相応しいだろう!」


 そう叫びながらレイドは剣を構える。


「だが、私はまだ立っているぞ? さぁ、次は何を見せてくれるんだ? どう私を楽しませてくれるのだ?」


 フラフラとレイドが俺たちに向かって歩き出す。

 本気で、まだやるつもりなのか……?


「ちく、しょう……ッ!」


 折れそうになる心を必死に堪えながら、剣を杖にして立ち上がる。

 俺たちにはもう、戦う力も切り札も残されていない。

 それでもーー。


「やるしか、ねぇだろ……ッ!」


 剣を引きずりながら、歩き出す。

 俺の目には、絶望しか見えなかった。

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