十九曲目『空に伸びる黒き光』

 扉近くにあったスイッチを押すと天井に設置してあった幻光石が光を放ち、地下工房の全貌が明らかになる。

 巨大な機竜艇が丸ごと入っている地下工房はかなり広く、その構造はどんなことがあっても機竜艇を守れるように全て鉄で作られていた。

 その中央に鎮座している機竜艇に我先にと乗り込んだベリオさんは、一通り見回ってから小さく笑みをこぼす。


「ククッ……なるほどな」

「親方! 動きそう!?」


 興奮しているのか鼻息荒く聞いてくるボルクに、ベリオさんは首を横に振って答えた。


「いや、すぐには無理そうだな。部品がぶっ壊れているのもあれば、そもそも足りねぇ箇所もある」

「それじゃあ……飛べないのか?」


 ボルクが悲しそうにしていると、ベリオさんは豪快な笑い声を上げて自分の胸に拳を打ち付ける。


「ボル坊! 誰に物を言ってんだ! 俺に直せねぇもんはねぇ!」


 そう叫ぶベリオさんの目には情熱が燃えたぎっていた。

 ようやく見つけた機竜艇を前にベリオさんの心の火は一気に燃え盛り、やる気に満ち溢れている。

 ベリオさんの言葉にハッとしたボルクは、頬をパチンと叩いてから嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ごめん、親方! オレが間違ってた! 親方は世界一の職人……直せないはずがないよな!」

「当然だ! ボル坊、今すぐ使えそうなもん集めてこい! すぐに修復作業に入るぞ!」

「あいよ!」


 気合いの入った返事をしたボルクは、足早に外に向かっていった。熱い二人を見て思わず笑みを浮かべながら、ベリオさんに声をかける。


「ベリオさん! 俺たちは何すればいい!?」


 素人の俺たちだって少しでもベリオさんの夢を手伝いたい。だけど、何をすればいいのか分からないから指示を仰ぐと、ベリオさんは顎に手を当てながら考え始めた。


「……そうだな。とりあえず壊れている翼の長さを知りたい。それと、他に壊れていそうな部分を探してみてくれ」

「じゃあボクとウォレスで長さを測ろう。タケルとサクヤ、やよいは中を見て回ってくれる?」


 ベリオさんの話を聞いて真紅郎が振り分けると、ウォレスが「えぇぇ……」と渋い顔をする。


「オレも機竜艇の中を探索してぇんだけど……」

「ダメ。探索はあとでも出来るでしょ?」

「そうだけどよぉ……」

「ほら、行くよ」


 機竜艇の中を見たがっているウォレスの手を、無慈悲に引きずっていく真紅郎。残念だったな、ウォレス。


「ウォレスは真紅郎に任せて、俺たちも行くか」

「うん! 最初はあまり興味なかったけど、実物みるとスゴいね! テンション上がる!」

「……早く行く」

「きゅー!」


 翼の方は真紅郎たちに任せ、俺たちは機竜艇の中に足を踏み入れた。

 機竜艇の見た目は帆がない船のような形をしている。

 竜の顔を模した尖った船首、人が数十人乗れるほど広い甲板。鉄の装甲を身に纏った船体の両端には巨大な竜のような翼が伸び、後方にはジェットエンジンのような物があった。

 俺たちが今いるところは甲板。そこから前方にある操縦室に入ると、埃まみれだけど綺麗な空間が広がっている。

 前方百八十度見渡せる窓に、中央には立派な操舵輪があった。これでこの機竜艇を操縦するのか。


「……かっこいい」


 操縦席を見渡しながら目を輝かせるサクヤ。いや、これは男なら誰だって興奮するな。

 木の長テーブルに広がっているボロボロで掠れている地図が描かれている羊皮紙。他にもコンパスや定規、分度器などの道具が乱雑に置かれている。

 他にもズラッと並んでいる何に使われるのか分からない計測器やスイッチ、ハンドル。連絡を取り合うための伝声管。

 この操縦席で大昔の人は地図を広げ、広大な空を飛び回っていた。その事実に興奮からブルッと体が震える。


「これぞ、男の浪漫だな……ッ!」

「あたしにはよく分からない世界だなぁ……かっこいいのは認めるけど」


 やよいは首を傾げながら呟く。俺たちには分かるんだよ、と思いながら無言でサクヤと目を合わせて頷き合う。

 すると、操縦室の床下からベリオさんが顔を出した。


「こっちも見てみろ」


 言われた通りベリオさんを追って、床下にある階段を下りる。操縦室の下は人が暮らすスペースになっているようだ。

 そこから機竜艇の後ろ側に向かっていくと、色んな鉄製の管や機械が多くなっていく。どうやらここら辺は機関部になっているみたいだな。

 すると先頭を歩いていたベリオさんが立ち止まり、ため息を吐いた。


「これがこの機竜艇の心臓部だ」

「でっか……」


 ベリオさんが案内してくれたのは機竜艇の心臓部、エンジンになるところだ。

 見上げるほど大きな鉄の塊。そこから縦横無尽に管が張り巡らされ、機竜艇を動かすエネルギーを送り込んでるんだろう。

 ベリオさんは心臓部を撫でると、険しい表情を浮かべる。


「機竜艇はこの心臓部にあるどでかい鉱石……<炎竜石>の力を利用して飛ぶ」

「えんりゅう、せき?」


 聞き覚えのない鉱石の名前に首を傾げると、ベリオさんは困ったように後頭部を掻きながら教えてくれた。


「炎竜石ってのは、火山地帯にごくたまに発見される希少な鉱石。小石大でも衝撃を与えれば広範囲に炎を吹き出し、その姿が竜のように見えることから名付けられた物だ」

「えぇ!? 小石大でもそれだけ危ないのに、ここにあるのって……」


 ベリオさんの説明を聞いたやよいが、恐る恐る心臓部に目を向ける。

 見上げるほど大きな鉄の塊の中には、それと同等の大きさの炎竜石があった。もしも下手に衝撃を与えれば……俺たちは一瞬で焼け焦げるか、骨の一つも残らないだろう。

 すると、ベリオさんは鼻を鳴らした。


「フンッ、心配いらん。そうならないよう、ご先祖の技術で守られている」

「そ、そうなの? ならいいけど……」

「それよりも、問題がある」


 焼け焦げる心配がなくなりホッとするやよい。だけどベリオさんが言う問題はそこじゃなかったみたいだ。


「長年使われずに放置されていた炎竜石に火が点くかどうかが問題だ」

「……新しいのに、取り替える?」

「いや、それは無理だ。これほどの大きさの炎竜石、見たことがない。だが、これぐらいの炎竜石がないと機竜艇は動かないだろう」

「代用出来るものとかないの?」


 ベリオさんは静かに首を横に振った。新しい炎竜石は手に入らないだろうし、代用出来る物もない。どうしたらいいのか、知識がない俺たちには分からないな。

 困っているとベリオさんが鼻を鳴らしながらニヤリと笑みを浮かべる。


「まぁ、まずは火を入れてみないことには分からんな。もしかしたら起動するかもしれん。幸いなことに心臓部に傷一つない……それどころか、ここまでほぼ完璧な状態で残されていること事態が奇跡のようなもんだ」


 そう言ってベリオさんは心臓部を優しく撫で、嬉しそうに笑みを深めた。


「見つかったとしても全壊していると思ってたからな。最悪、構造を研究して一から作ろうとしていたが……片翼が壊れているぐらいで、中身はほとんど損傷はない。これならば、修理にさほど時間はかからんだろう」

「てことは、近い内に機竜艇が空を飛べるのか!?」


 思わず大きな声で問いかけると、ベリオさんは鼻を鳴らす。


「フンッ、それはこの心臓部が動くかどうかにかかっているな。まぁ、火を入れれば目が覚めるだろ。長いこと寝てたんだ、そろそろ叩き起こしてでも起きて貰わんな」


 つまり、機竜艇がまた大空を駆けれるかどうかは、心臓部次第ってことか。可能性は五分五分かもしれないけど、近い内に空を飛ぶ姿が見られるかもしれない。

 これは楽しみだな、とワクワクしていると……。


「た、大変だ! タケル兄さんたち!」


 そこに、血相を変えたボルクが慌ただしく地下工房に入ってきた。

 その声色から何か起きたと察した俺たちは、急いで機竜艇から出る。


「そ、外! 外を見て! アスワドが向かって、それで……ッ!」

「ちょ、ちょっと待てボルク。少し落ち着け」


 混乱しているのかボルクの言っていることは要領を得ない。とりあえず外で何かが起きて、目を覚ましたアスワドが動いたことだけは分かった。 すぐに外に出てみると……俺たちは驚愕し、足を止める。


「あれは……ッ!?」


 空に向かって伸びる、赤い稲妻を纏った宵闇のように黒い光線。

 それを、俺たちは一度見たことがあった。

 エルフ族とケンタウロス族が住む、セルト大森林。そこで赤いワイバーン、クリムフォーレルとの戦いの時だ。

 

「ヘイ……あれって竜魔像の、だよな?」


 愕然としながらウォレスが掠れた声で呟く。

 そう、あの光線は竜魔像が放つ物。エルフ族が誰にも悪用されないように守っていた、兵器・・としての側面を持つ竜魔像の力。

 それこそが、今空に向かって伸びている光線だった。


「どうして……ッ!」


 突然放たれた光線に、ギリッと歯を食いしばる。すると、ようやく落ち着いたボルクが説明し始めた。


「オレが資材を集めてる時に、いきなり現れたんだ! そしたら、工房からアスワドが飛び出してきて、あの光線が放たれてるところに走っていったんだよ! まだ怪我も治ってないってのに!」


 どうやら何かを察したアスワドはあの光線が放たれてるところに向かい、シエンとアラン、ロクも一緒に追いかけていったらしい。

 俺はすぐにアスワドがどうして向かったのか、分かってしまった。


「……あそこに、魔族がいる」


 確信を持って、俺は口に出す。

 この国の竜魔像は、魔族が盗み出した可能性が高かった。魔族が狙っているのが竜魔像なら、その使い方も知ってておかしくない。

 それに、竜魔像が放つ光線はかなりの魔力を消費する。普通の人なら全部の魔力を使っても、放つことは出来ないはずだ。


 だけど、魔族なら……常人と比べ物にならないほど膨大な魔力量を持つ魔族だったら可能だ。


 アスワドは魔族との戦おうとしていた。だからこそ、魔族がいると察したアスワドは我先に向かったんだろう。


「アスワドたちが危ない! 俺たちも行くぞ!」


 魔族の実力を、俺たちは痛いほど知っている。アスワドと黒豹団たちでは太刀打ち出来るはずがないし、ただでさえ怪我が治っていないアスワドが勝てる訳ない。

 俺の言葉に全員が頷き、光線が伸びている街から離れたところへと走り出した。

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