十八曲目『先祖が残し遺産』

 アスワドの勝利に観客たちが盛り上がる中、俺たち全員で闘技場に走る。

 闘技場ではフラフラとしているアスワドに駆け寄ると、アスワドはベリオさんを見つめながらニヤリと笑みを浮かべた。


「よう、おやっさん……勝ったぜ?」

「……ありがとう、アスワド」


 頭を下げるベリオさんにアスワドは鼻を鳴らすと、グラッと前のめりに倒れ込む。

 そのまま地面に倒れる前に、ベリオさんががっしりと受け止めた。


「ちょっとばかし……疲れ、た……少し、寝るわ」

「あぁ。ゆっくり休め」


 その言葉を最後に、アスワドは目を閉じてイビキをかき始める。体力的にもう限界だったんだろう。

 本当ならさっきアスワドが見せた技……俺の必殺技、レイ・スラッシュと同じものを使ったことを聞きたかったけど、今は無理そうだな。


「お疲れ、アスワド」


 眠っているアスワドに声をかける。返事はないけど、アスワドは頬をわずかに緩ませていた気がした。

 こうして地下闘技大会はアスワドの優勝で終わり、ベリオさんは貴族の位を手に入れることが出来た。

 俺たちは眠っているアスワドを工房に運び、ベッドに寝かせる。すると、工房の扉からノックする音が聞こえてきた。


「失礼。本日の優勝者、アスワド様並びにベリオ様にお話があって来ました」


 工房を訪れたのは、審判をしていた仮面の男。男は仮面を取ると、二十代ぐらいの柔和そうな顔で笑みを浮かべて頭を下げる。


「私はムールブルク国高官、フウラと申します。優勝商品の貴族の位……崖上の土地の権利書をお持ちしました」


 どうやら仮面の男、フウラはこの国の高官だったようだ。この国でお尋ね者になっている俺たちは慌てて隠れ、フードを目深に被ってから話を聞く。

 ベリオさんとテーブルを挟んで向かい合ったフウラは、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。


「こちらが権利書となっております。そちらに署名をして頂ければ、ベリオ様は晴れて貴族の仲間入りとなります」


 言われた通りベリオさんは羽ペンを走らせ、署名する。それを確認したフウラは頷くと、羊皮紙を丸めて懐に仕舞い込んだ。


「たしかに。ベリオ様はどこの土地にするかをお決めでしょうか?」

「……この辺りで頼む。二年前に廃鉱になった鉱山の近くだ」


 ベリオさんは地図を広げ、機竜艇が眠っている可能性が高いと目星をつけていた場所を指さす。すると、フウロは目を丸くして意外そうにしていた。


「そこ、ですか? 貴族街から離れてますし、不便かと思いますが……」

「いいや、ここでいい。ここが、いいんだ」

「……そうですか。いえ、申し訳ありません。どこに住むかはご本人の自由ですね。かしこまりました、ではそちらの土地はベリオ様の物として登録しておきましょう」


 意志が固いと察したのか、フウロはサラサラと羊皮紙にメモを取りながら登録する。

 そして、フウロは笑みを浮かべながら話を続けた。


「では、次にですが……どのようなお屋敷を建てましょう? 周りに住人はいませんし、資金次第では大きなお屋敷が建てられますが……」

「いらん」

「はい?」


 屋敷の相談を持ちかけたフウロは、はっきりと断ってきたベリオさんにきょとんとする。

 鼻を鳴らしたベリオさんは顎に手を当て、ニヤリと口角を歪ませた。


「そうだな、ここみたいな小屋を一つ建てておいてくれ。それで構わん」

「え、小屋? このボロ小屋を、ですか?」

「あぁ」


 広大な土地を所有する貴族の家が、屋敷じゃなくて小屋。信じられないのか目を白黒させて聞き返すフウロに、ベリオさんは力強く頷いて返す。


「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」


 フウロの驚愕の叫びが響き渡る。こんなこと初めてだったんだろう。

 だけど、ベリオさんが求めているのは貴族の位でも豪華な暮らしでもない。

 求める物は、ただ一つ。機竜艇だけだ。

 驚くフウロにニヤリと笑って返すベリオさん。前代未聞の貴族に頭を抱えながら、フウロが工房から去っていく。


 そして、次の日。


 崖の上に来たベリオさんは、手に入れた広い土地に立ち尽くしながら感慨深そうに空を見上げていた。

 元々暮らしていたのよりかは綺麗になった新たな小屋の前で、ベリオさんは手に持っていたツルハシを掲げる。


「ーーこのどこかに機竜艇が眠っているはず! 全員、気合いを入れろ!」


 ベリオさんの言葉に、俺たちは同じようにツルハシを掲げながら雄叫びを上げた。

 俺たちRealizeの五人とボルク、ベリオさんを入れて七人でこの土地のどこかにあるはずの機竜艇を探し出す。ようやくベリオさんの夢に協力出来るな。


「んじゃ、オレは寝てる兄貴の様子を見てるから、みんな頑張るッスよぉ」


 欠伸混じりにシエンが手を振って俺たちを見送る。アスワドは今も爆睡してて起きる様子がなかった。まぁ、あれだけの激戦の後だからな、ゆっくり休ませてやろう。

 ついでに、他の黒豹団……アランとロクはこの周辺の警備をしてくれている。作業中に誰かが近づいてきたら、すぐに知らせてくれるらしい。

 お尋ね者になっている俺たちがベリオさんと一緒にいたら、迷惑がかかるからな。ありがたい。


「よっしゃ! やるか!」

「ハッハッハ! 宝探しだぁぁぁぁ!」

「ちょっとウォレス。誰もいないからってあまり叫ばないでよ?」

「あたし、力仕事嫌なんだけどぉ」

「……頑張る」

「きゅきゅー!」


 ここまでお膳立てされたら、気合いを入れて探し出すしかないな。

 気合い充分のウォレスを窘める真紅郎、辟易とした表情を浮かべるやよいに、ムンッとツルハシを構えるサクヤ。そして、やよいの頭の上でキュウちゃんが応援するように前足を上げる。

 約一名を除いてやる気を出した俺たちは地面にツルハシを突き立て、穴を掘っていく。

 額に汗を滲ませ、音属性魔法の筋力強化エネルジコを使って一気に掘り進めていくと……。


「ーーあいだッ!?」


 ツルハシを地面に振り下ろした瞬間、ガキンッと堅い部分に当たった。ビリビリと痺れる手を振りながらツルハシが当たったところをよく見てみると、何か鉄のような物が見える。


「これって、扉か?」


 土を払ってみると、それは頑丈そうな鉄の扉だった。

 もしかして、と思った俺は離れたところで作業しているベリオさんに叫んだ。


「ベリオさん! なんか見つけた!」


 俺の声に気づいたベリオさんは慌てた様子で駆け寄ってくる。そして、鉄の扉に全員が集まると、ベリオさんはゴクリと喉を鳴らした。


「……間違いない。これだ」


 ベリオさんはそう言うと慎重に土をどかし、扉の全貌が明らかになる。

 ハンドルが付いた傷だらけの大きな鉄の扉。そこに書かれていた文字をベリオさんが読み上げる。


「<空に憧れし同士のため、これを残す。ザメ・ドルディール>」

「ドルディール!? 親方、それって……ッ!」


 書かれていた名前に驚愕するボルクに、ベリオさんは目を輝かせながらゆっくりと頷いた。


「あぁ、間違いない……俺の、ご先祖だ」


 ベリオさんは優しげな笑みを浮かべると、鉄の扉を静かに撫でる。


「爺さんが言っていた機竜艇を作った先祖の名前は、ザメだ」

「てことは、この扉の向こうに?」


 俺の問いにベリオさんは頷いて答える。

 ベリオさんのご先祖で機竜艇を作ったザメって人は、この扉の向こうに機竜艇を隠していたようだ。

 俺たちは急いで錆びて固くなっているハンドルを無理矢理回し、重い鉄の扉を開け放つ。そこには下に続く階段が伸びていた。

 松明を片手に持ったベリオさんを先頭に階段を下りていく。足下に気を付けながら階段を進んでいくと、広い空間に出た。

 そして、ベリオさんは松明で空間を照らすと、目の前に巨大な物体が姿を現す。


「見つけたぞ……ようやく……ッ!」


 松明の明かりが壁に反射し、その全貌が明らかになる。


 見上げるほどでかく、鉄の装甲を身に纏ったその姿は……船だ。

 両端にあるドラゴンのような翼を広げたその姿。後方にジェットエンジンのような物がある、空を駆ける船。

 ボロボロで、片方の翼が折れてなくなっていようとも……威厳までは失っていない古代の遺産。


 その名を、機竜艇。

 大昔、ドラゴンのように空を飛び回っていた伝説の船が、現代に再びその姿を現した。


「初めましてだな、ザメ・ドルディール。俺の名はベリオ・ドルディール……あんたと同じ、空に憧れたバカだ……ッ!」


 ベリオさんは目に涙を浮かべながら、機竜艇を撫でる。

 あるはずがないと、夢物語だと嗤われ続けた数十年。それでも諦めず、愚直に、本当にあるかも分からない機竜艇を探し続けたベリオさんの努力は……今ここに、実を結んだんだ。


「ほら、言っただろ? 親方の夢は、本当だったんだってさぁ……ッ!」


 涙を流しながら、ボルクは笑う。

 そうだ、本当にあったんだ。見上げればそこには間違いなく、機竜艇の姿がある。

 あとはこれを、空に飛ばすだけだ。

 空を自由自在に駆け巡る機竜艇の姿を幻視した俺は、思わず笑みをこぼすのだった。

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